すれ違い




「お待たせしました、帰りましょう。」

あれからどのくらい時間が経ったのか。医務室のベッドでうとうとしていると建人さんが戻って来た。その手には私の荷物を持っていて、あのパン屋の紙袋もある。

「建人さん、お疲れ様でした。」
「…小春、体調は。」
「もう自分で動けそうです。」

そう言ってベッドから出ると、ベッドの下に置いてあったパンプスを履いた。建人さんが私の肩に手を添えて支えてくれる。家入さんの姿はなく、挨拶もできないままその場を後にした。…建人さんは無言だった。…もしかしたら自分の事を責めてるのかな…。

「…カスクート、無事でしたかね…?」
「…確認しますか。」
「はい。」

紙袋を受け取って中のパンたちを覗き込む。カスクートは少し具材が潰れているものの、袋は破れてないみたいで安心した。建人さんは相変わらず無言だ。私は彼の前に立ち止まって、両手を広げた。

「建人さん、ストップ!」
「…なんでしょう。」
「…何をそんなに怒ってるんですか。」
「…怒っていません。」
「いいえ、怒ってます!プンプンしてます!怒りのオーラが滲み出てます!」
「…私が怒っているのは、私自身です。小春には関係ない。」

あ、今の…カチンときた。

「どうして建人さんが自分に怒るんですか?」
「…あなたの呪いを解いたにも関わらず、また同じ目に遭わせてしまったからです。」
「私の呪いは…橘家の呪いは、建人さんとは関係ない所で始まったのに、どうして今回の事で建人さんが自分を責めるんですか?」
「…言っても小春には分からないでしょう。」
「違います。言ってくれなきゃ分かりません。私は呪いも見えない、祓う力も、方法も知らない、ただの一般人ですから。けど、建人さんが私を助けてくれたから今生きてる。今回の事も、建人さんが私を助けてくれたから、」
「そういう事じゃない。」
「じゃあ、ちゃんとハッキリ言ってください。私、このままあなたの家に帰りたくない。」

そう言うと、建人さんが「フー。」と息を吐いた。私は彼をじっと見つめる。私は彼の本音を聞きたい。彼が言いたいことはなんとなく分かってる。私を護るって言ったのに、危険な目に遭わせてしまったって、きっとそう思ってるはず。でもそれは違う。私があのお坊さんに呼び止められなければ、こんな事にもならなかったんだから…悪いのは彼じゃなくて私の方。

「…小春を危険な目に遭わせた自分に腹が立っています。」
「…建人さん、あのお坊さんのこと知ってるんですか?」
「…知っています。」
「教えてください。」
「……言いたくありません。」
「…そうですか。じゃあ、いいです。今日は自分の部屋に帰ります。荷物、ありがとうございました。」
「…。」

彼の手から自分の荷物を取って、パン屋の紙袋を押し付けた。建人さんは何も言わなかった。止めもしなかった。出口がどっちかも知らないまま、私はただ真っすぐ歩き続けた。ポロポロと零れる涙もそのままに、私はただ、歩き続けた。

「…追って来てよ、建人さんのバカ。」



...




押し付けられた紙袋を見ながら、私は彼女の言葉を思い出していた。今回の呪いは橘家の呪いとは違う。彼女個人を狙った呪いだ。病院、そして彼女の体に残った残穢は、紛れもなくあの男の者だった。なぜあの男が小春を狙うのか理由が分からない以上、余計な心配をさせたくはない。それに、

「護ると誓っただろう…。」

また失うのが怖かった。冷たくなった彼女を抱えた時、彼女まで…小春まで失ってしまうのかと思うと、怖くて堪らなかった。

「追い掛けなくていいのか?」
「…家入さん。」
「小春さん、多分泣いてると思うよ。」
「…巻き込みたくないんです。呪術界に…。」
「それは今更だと思うけどな。…一つ、七海に女心を教えてあげよう。女はな、答え合わせが好きなんだ。分からないままってのが嫌なのさ。…好きな相手の事なら尚更な。」
「…答え合わせ…。」
「じゃ、私はもう上がりだから。またな。」

ひらひらと手を振り去る家入さんの背中を見ながら、私はまた呟いた。

「…答え合わせ…。」



 


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