答え合わせ




自分の部屋に着いたのは、何時だったかな。何とか高専から車の通る道まで出ると、通り掛かったタクシーに乗って最寄り駅まで向かった。結構郊外の方にいたらしい。普段使った事のない駅に降り立つと、スマホで乗り換え検索をして電車に乗った。電車に揺られながら建人さんの事を思い出す。私を危険な目に遭わせたくないって思う気持ちも分かる。私が逆の立場でもそう思うから。けど私は、彼の選択は間違ってない、と伝えたあの日から覚悟を決めている。彼が呪術師としていつ死ぬかも分からない覚悟。私が何かで彼を残して死ぬかもしれない覚悟。何が起きても彼を信じて受け入れる覚悟。何も知らない私には、それしかできないから。

「…私の覚悟、建人さんには届いてないのかな…。」

スマホの画面を見る。建人さんからの連絡はない。…私から連絡するのもなんだか癪だ。彼には私の覚悟を分かってほしい。ポスリ、ベッドに体を倒した。明日も仕事だ…お風呂に入らないと…。ゆっくりと起き上がると、スマホをテーブルに置いて浴室に向かった。シャワーでお湯を出しながら、服を脱いでいく。浴室に入るともわりと湯気が体を包んだ。

「…ふぅ…。」

シャワーを浴び終えて寝る支度が済んだ頃、時刻はもう0時を回っていた。スマホを充電器に繋ぐと画面が光って、通知が来ていることに気付いた。…建人さんから不在着信が来ていた。私はそれを押して折り返す。すぐに電話は繋がった。

「…もしもし、建人さん?」
『…夜分遅くにすみません。』
「いえ、まだ起きてましたから…。」
『…少し、話をしたいのですが、いいですか。』
「…いいですよ、私も建人さんに話したいことがあります。」
『では、』

そこでインターホンが鳴った。電話口からも聞こえたその音に、私はハッとすると玄関を開けた。そこにはスマホを耳に当てたまま立っている建人さんがいた。

「…答え合わせに来ました。」

そして私は彼の腕の中にいた。

「…あ、の、」
「もう少し、このままで。」

きつくなった腕の力に私は黙って従った。少しして、漸く私を離した建人さんを部屋に上げる。

「なにか飲みますか?」
「…いえ、今は結構です。」
「…どうぞ座ってください。」
「失礼します。」

面接みたいなやり取りをして、二人で並んでベッドを背凭れにして座った。

「答え合わせって言ってましたけど、何を答え合わせしてくれるんですか?」
「…まずは、私の気持ちについて。」
「…どうぞ。」
「…今日、呪われた小春を見た時、私は怖かった。小春がこのまま…私の腕の中で冷たくなっていくのではと、動かなくなってしまうのではないかと思うと、…怖かったんです。だから、目を覚ましたあなたを見て心底安心しました。もう大切な人を失いたくない。…だから、護ると誓ったあなたを…危険な目に遭わせた自分を許せなかった。小春を私たちの世界に巻き込みたくなかった…。」

建人さんがぽつりぽつりと話すのを、私は黙って聞いていた。

「呪術師などに復帰せず、小春と二人で平凡に生きればよかった、…そう思いました。」
「…また、逃げるんですか?」
「…そう、ですね…逃げればよかった…。」
「…でも、もう逃げたくないんでしょ?」
「…ええ、そう誓いましたから。」

建人さんが私を見て微笑んだ。

「私は、あなたの強さが羨ましい。」
「…私は強くなんてないですよ、ただの意地っ張りですから。」
「充分強い心を持っています。私よりも色々と考えているのでしょう。」
「…どうでしょう。正直に言うと、私は建人さんが生きて帰ってきて欲しいとしか思ってません。呪術師なんて辞めて一緒に幸せに暮らそう、って言ったところで、私には見えないモノを建人さんは見続けて苦しむんでしょう?…それなら、あなたが少しでも苦しまない道を選ぶのが、私の中の正しい選択です。」
「…やはり、小春は強い。」
「覚悟してるからですよ。」
「…覚悟…。」
「…建人さんが呪術師に戻りたいって言った時、覚悟を決めました。建人さんが…死んじゃうかもしれないって覚悟と、私に何かあって…あなたを置いていくかもしれない覚悟と、…何があっても建人さんを信じて、待つ…覚悟…。…だって、私達、夫婦じゃないですか…。」

ぽたり、音がして、ああ、折角覚悟を決めたって話してるのに泣いちゃったら意味ないじゃんって思った。でも、もう一度ぽたりと音がして、それは隣から聞こえて、私は建人さんを見た。…建人さんも泣いていた。

「…私の覚悟の方が、甘かったようです。」

そう言うと、建人さんは私を優しく抱き締めた。私も彼の背中に腕を回した。

「私が呪われちゃったせいで、建人さんを苦しませてごめんなさい。心配かけて、ごめんなさい。」
「…小春が生きていてよかった…。」
「私は建人さんを置いていきません。絶対に。」
「…私も、必ず小春の元に帰ります。生きて、必ず。」
「約束ですからね?」
「ええ、約束です。」



 


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