危険な男




「…次に、例のお坊さんについて話をしても。」

そう言うと、小春は抱き合っていた体を離し私の手を握って頷いた。

「彼の名前は夏油傑。呪詛師です。」
「呪詛師って…あの住職みたいな悪い呪術師でしたっけ?」
「そうです。彼は…高専時代の私の先輩。そして五条さん、そして家入さんと同期でした。」
「…どうして、呪詛師に?」

私は知っている事を小春に話した。呪詛師、夏油傑。呪霊操術の使い手。2007年9月旧■■村の住民112名を殺害。その後逃走。呪術規定に基づき処刑対象となり、現在も逃走中である。小春の体と、病院に残った残穢から、“お坊さん”の正体が“彼”だという事が分かった。それと、彼が最後に言っていた言葉を五条さんから聞いたことがある。

「術師だけの世界を作る、と。」
「…。」

彼女の手に力が籠った。

「夏油傑は危険です。今後見掛けても決して近寄らず、すぐに私に連絡してください。」
「…はい。」
「万が一、逃げられない状況に陥った時は私の名前を出してください。五条さんでもいい。少しでも彼の気を他に逸らして、時間を稼いでください。それと、スマホの位置情報を私と共有してください。小春を探す手掛かりになる。」
「…分かりました。」

俯いた小春は唇を噛んでいた。自分がどれほど危険な人物に目を付けられたのか悟ったのだろう。

「…その夏油って人が私を殺そうとしたから、建人さんは怒ったんですか?」
「…ええ。」
「…胡散臭い人だとは思ってたんですけど、本当に危ない人だったんですね。…そうとも知らず私…、建人さんに酷いこと言ってごめんなさい。」
「…私の方こそ、初めからきちんと話しておくべきでした。…恐らく小春の…、橘家の呪いを取り込むためにあなたの事を探していたのでしょう。いざ小春を見つけてみれば、解呪後だった為用済みとなり殺そうとした…と、推測しています。暫くは高専関係者が小春の周辺を監視することになりました。不便をかけることになりますが、小春の命を守るためであるという事を分かってください。」
「はい…。その夏油って人、早く捕まればいいですね…。」
「…そうですね…。」

少しの沈黙の後、小春は私に体を向けた。

「…建人さん、絶対怒らないって約束してほしい提案があるんですけど…。」
「…内容によります。」
「…その…私を囮に「却下です。」…最後まで聞いてください。」
「聞くまでもないでしょう。危険です、絶対に止めてください。」
「…はい。」

時計を見るともうすぐ2時になろうとしていた。小春は立ち上がり、伸びをして私を見下ろす。

「建人さん、泊まっていくでしょ?」
「ええ、ではお言葉に甘えて。」
「お風呂、好きに使ってください。すみませんが、私は先に寝させてもらいますね。」
「…わかりました。」

私も立ち上がり、小春を抱き締める。触れるだけのキスをして、小春が私の背広をハンガーに掛けてくれた。ネクタイも外して渡すと、小春の部屋に泊まるように置いておいた寝巻と着替えを用意し小春が布団に入るのを見届けた。浴室に向かい、外した腕時計を洗面所の棚に乗せ、シャワーを出しながら服を脱いで大きく息を吐いた。夏油さん、いや、夏油傑が何を考えているのか分からない。推測しかできない今、私ができることはただ一つ。絶対に小春を護ること。相手は特級とは言え、怖気付いてはいられない。

「…何をする気だ…、」

頭から熱いシャワーを浴びながら、考えを巡らせた。シャワーから上がると寝支度を済ませて部屋に戻る。薄暗い部屋の中で小春の寝息だけが音を立てていた。彼女の傍に座る。幸せそうに眠る小春の顔を目に焼き付けながら、私も小さな彼女のベッドに横たわった。私が入ったことで狭くなったにも関わらず、彼女は私にすり寄るように身を捩った。さらりとした髪を撫でながら、その頬と、額と、唇にキスを落とすと私も目を閉じた。願うは、彼女の安全と平和を。

「おやすみ、小春。愛しています。」




...





「もう少しで殺せたのに…おしいな。一級呪霊じゃ力不足だったかな?」
「夏油様、例の橘の娘について、新しい報告が。今日憑けた呪霊を祓った呪術師の名前が分かりましたわ。」
「なになに?……へぇ、七海って、あの七海かー。懐かしいなあ。」
「ご存じで?」
「ああ、まあね。高専時代の後輩なんだ。面白くなってきたね。」
「まあ、悪い顔ですこと。」
「あはは。猿はさっさと殺さないと。」



 


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