渦巻くもの




「…おはようございます。昨日倒れた方から何か連絡は?」
「あ、昨日の…。」

辛うじて聞き取れた『ポケット』という単語から、御守りを見つけた事で何とか一命を取り留めた彼女は、到着した救急車で病院に搬送された。その場は一時的に騒々しくなったものの、すぐにいつもの会社の空気に戻る。日常とはそんなものだ。昨日彼女と一緒にいた受付嬢に声を掛けると、受付嬢は私を覚えていたらしい。

「彼女…橘さんは、一応大事をとって明日まで休みになりました。入社したてだし、いつも緊張してるっていうか…気を張りつめた感じだったし、そういうストレス?とかで倒れたのかもって本人は言ってましたけど…。あ、あとあなたの事を知りたがってましたよ!お礼をしたいって。」
「いえ、礼は結構。それより、彼女は橘さんといいましたね。下の名前は分かりますか。」
「あ、はい。橘小春さんっていうそうです。字は確か…こうだったかな。」

受付に置かれたメモ帳には橘小春の文字。私はそのメモ紙を受け取るとポケットに入れた。

「他に、彼女から何か聞いていますか。」
「他に…?んー…何か持病があって、発作が出ると身体が動かなくなるらしいですよ。初日にそれを聞いて、自分になにかあったら御守りを持たせてくれって。最初は言ってる意味が分からなかったから深く考えて無かったんですけどね…。あ!もしかして昨日のもその持病と関係あったんですかね?でも普通は、薬を持ち歩いてるとかですよね?それなのに御守りって、なんかワケアリ?って感じですよね。」
「…ありがとうございます、聞きたいことは聞けました。仕事の時間なので私はここで。」
「え、あ、ちょっと!」

橘小春。彼女に巣食う呪いについて、少し調べてみようと思った。…本当はもう呪術師なんてやりたくない、関わりたくないと思っていた。何故なら私は…逃げたから。




...




ポケットの中で震えたスマホを取り出すと、懐かしい名前が表示されていた。てっきりもう、僕の連絡先は消してると思っていたけど…、そうじゃなかったらしい。通話ボタンをスライドしてスマホを耳に当てれば、小さく息を呑んで『五条さんですか』と聞こえた懐かしい声。ちょっととぼけてやろうか、なんて…意地の悪い思考に笑いを堪える。

「そうだけど?」
『七海です。』
「あれー、七海じゃん。どうしたの?」
『…お久し振りです。少し調べて欲しい事があります。』

僕の背後に、グチュグチュと奇妙な音を立てながら忍び寄る呪霊。伸びた触手が無限に拒まれて、ビタリと留まる。そんな音なんか立てて、バレてないつもりかよ。呪力を込めた右足で呪霊の本体を蹴り飛ばすと、吹き飛んだ呪霊はそのまま木っ端微塵に消え去った。

「調べて欲しい事?言っておくけど、高くつくよ?」
『承知の上です。少々厄介なモノに呪われた方が職場にいましてね。』
「ふーん、仲良いの?」
『いえ、ただの新入社員の受付です。』
「じゃあ受付嬢ってやつ?マジ?可愛い?それとも美人系?いやぁ、七海は美人物って言うより可愛い系が好きそ『その話、長くなるなら切ります。』冗談だって。ていうか、頼みごとがあるのは七海なのに切るなよ。」
『はぁ…。話を続けても?』
「七海、今僕の事めんどくさいって思ったでしょ?」
『その女性の名は橘小春。「ちょっと、無視?」…呪霊は恐らく特級相当です。その上、なるべく早く祓わなければ、彼女は死にます。』
「久し振りに話すのに、無視するなんて酷〜い。」
『…、』
「ま、僕はいいんだけど…七海さ、自分で祓えばいいじゃん。」
『…、』
「なーんてね。いいよ、調べてあげる。今回は特別ね。」

通話が終わってすぐ、七海から送られて来た橘小春という女性の履歴書のデータ。橘…か…。聞いたことあるな。

「橘…橘…なんだっけなぁ…。」

腕を組んで顎を掴むと、うんうん唸りながら記憶を掘り起こしていく。なぁんか昔、五条家の古い資料で読んだ覚えが…。

「あ、もしかしてあれか?」

思い当たる資料の記憶通りなら、七海の予想通り、早い内に祓わないと…。履歴書の証明写真を拡大して見てみれば、幸薄で華奢そうな娘が写っていた。…かわいそうに、とんでもないモノに呪われたもんだね。上に知られたらどうなることやら。頭の固い年寄り共なら、即行私刑とか言って騒ぐんだろうなぁ。めんどくさ。

「でもま、可愛い後輩の為だ。一肌脱ぎますか!」



 


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