楽しい共犯




「そろそろいいかな、君達。」

家入さんの声にハッとして、そっと小春を離す。振り返ると家入さんと五条さんがニヤニヤと私達を見ていた。

「その顔止めてください。」
「いやぁ、小春さんには悪いけど切羽詰まった七海の声が聞けて面白かったよー。」
「…はは、」
「治療、しようか。」

家入さんが小春の傍に立つと、私は彼女を抱えて車に向かう。伊地知君が後部座席のドアを開けてくれたので小春の体をそっと車に乗せた。家入さんも小春の隣に座り、反転術式で治療をしてくれている間。五条さんに夏油さんに会った事を伝えた。そして彼が小春を殺そうとしていたこと。突如現れた白い孔雀が彼を吹き飛ばしたこと。

「夏油さんは目で追えないほどのスピードで吹き飛びました。」
「マジで?ウケるね。」
「生死は不明です。」
「ま、アイツなら生きてるだろうねえ。…その孔雀だっけ?多分だけど■■神社の御神体的なのだろうね。流石にアイツにも罰が当たったんじゃない?」
「…小春は、」
「心配しなくても大丈夫だよ。何なら夜蛾学長に頼んで呪骸でも持たせる?それか、呪霊を寄せ付けない札とか、探せばあるっしょ。」

五条さんの提案に考えを巡らせる。夏油さんが今後も小春を狙わないとは言い切れない。私も呪術師として働いている以上、彼女の傍に付きっきりでいれるわけではない。

「本人に呪力があれば何かしら対策の取りようはあるんだろうけどさ、ないんだよね…。全くと言っていい。」
「橘家の呪いと関係が。」
「恐らくだけど、橘家の人間は蛇蟲で呪いに呪力を吸収されてる。呪い自体は無くなったから、一般人並みの呪力が戻ってもおかしくないんだけど、小春さんの場合は生まれつきだろうね。天与呪縛ともちょっと違うみたいだし、呪いはともかく呪力そのものに耐性がない。」
「…呪霊を寄せ付けない方法は。」
「それはほら、七海の愛の力♡」
「冗談はやめてください。」
「ま、意図して憑けない限り呪霊は寄ってこないっしょ。心配なら学長に頼んで、呪力を感じると音が鳴る呪骸でも作ってもらおうよ。キーホルダーサイズなら問題なく持ち運べるでしょ。」
「…そうですね。」

家入さんが車から出てきた。治療が済んだのだろう。小春に駆け寄る。

「小春、」
「えへへ…指が折れてました!反転なんとか?ってすごいですね!ビックリしました!ふふ!」
「…笑い事ではない。」
「七海、心配しなくても全部治したよ。」
「ありがとうございます、家入さん。」
「礼は酒ね。高いやつ。」
「あ、僕は高級菓子ね。」
「五条さんはともかく、家入さんの方は考えておきます。」
「あ゛ぁん!?」

車から降りようとする小春の手を取り、立ち上がった彼女の頬を両手で包むように手を添えた。顔に傷は残っていないだろうか。家入さんの治療が信用できないわけではない。自分の目で確かめたい。私の行動に小春が楽しそうに笑っている。

「小春の顔に傷が残らなくてよかった…。」
「家入さんのおかげです。ありがとうございます!建人さんも、助けてくれてありがとう。」
「…いえ、助けたの私ではなく藤波さんの、」
「でも、建人さんも戦ってたんですよね?じゃあ建人さんも私の事を助けてくれたってことですね!ありがとう、建人さん!」

小春の屈託のない笑みに私は言い返せなくなる。そうだ、彼女が生きていることに意味がある。小さな体を抱き寄せて腕の中に閉じ込めれば、安心したように私の背中に腕が回る。

「…この夫婦さ、僕たちがいること忘れてるよね。」
「いいじゃないか、幸せそうで。」
「…帰るか。」
「あ、家入さん、五条さん、わざわざありがとうございました。今度お礼させてくださいね!」

小春の言葉に五条さんがひらりと後ろ手を振った。二人が車に乗って走り去るのを見届けて時計を見る。

「…小春、午後の勤務時間が、」
「え、もうそんな時間ですか!?お、お昼…、」
「…今日は私の家に帰って来てください。夕飯を用意しておきます。」
「いいんですか?」
「ええ。小春が食べたいものを作りますよ。」
「嬉しい…、どうしよう…迷いますね!」
「決まったらメッセージを。」
「分かりました!…あ、制服が…、」

よく見れば彼女の制服は所々破れ、ストッキングも伝線している。

「失礼、私としたことが…。」

すぐに背広を肩にかけ、彼女の手を握る。

「予定変更です。小春は事故に遭ったという事で、今日は帰りましょう。」
「え!?」
「病院に行くとでも言えばいいでしょう。」
「傷もないのにですか?」
「では頭を打ったという事にして、」
「なんか、建人さん必死ですね?うふふ、面白い。」
「…小春と離れたくないだけです、当然でしょう。」

そう言うと、小春はまたおかしそうに笑った。その笑顔を見ながら、私もつられる様に笑った。

「仕方ないなぁ、建人さんったら。じゃあ、階段から落ちて頭をぶつけた、って事にしましょう!」
「いいでしょう。共犯ですよ。」
「はーい。」



 


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