座敷童




朝食を済ませて互いに身支度を整えると小春の出勤時間に合わせて一緒に家を出た。昨日の夏油さんの一件もある為、極力彼女を送り迎えしようと思う。手を繋いで駅まで向かい、満員電車では彼女を庇うように壁になった。会社の前で手を振って別れ、高専へ向かう為にタクシーに乗った。夜蛾学長に夏油さん襲撃の件を伝え、彼女を守る為の呪骸を作ってもらうつもりだ。五条さんから報告を受けていたのだろう。高専に着くとすぐに学長室へ呼び出された。

「聞いたぞ、嫁さんが傑…いや、呪詛師夏油に襲われたそうだな。悟から報告を受けて、昨日の内に作っておいた。」

そう言って渡されたのは手のひらサイズの呪骸のキーホルダーだった。呪力を帯びたものが近付くと音で知らせるらしい。距離によって音量が変わるらしく、距離が近付くにつれて音は大きくなるそうだ。

「メンテナンスの為に毎月持って来てもらう必要はあるが、ないよりはマシだろう。」
「ありがとうございます。」
「…嫁さんが無事でよかったな。」
「ええ…。」

呪骸を受け取ると、そのまま任務へ。小春の退勤までに間に合うように、日帰りの任務を引き受けた。伊地知君の運転する車に乗り込み、東京駅に向かう。

「伊地知君。」
「はい。」
「昨日はどうもありがとうございました。」
「あ、いえいえ、間に合ってよかったです、はい。」
「そうですね。」

彼との会話はそこまで。理由は単純。小春からメッセージが届いたから。スマホを見れば、今日は受付の先輩と飲みに行く事になったとの連絡だった。私の顔色が変わった事に伊地知君が小さく息をのんだのが分かった。女性二人で飲む分には構わない。しかし、私が気にしているのはそこではない。小春は酒に強いわけではない。万が一酔った小春を他の男が目にするというのは…。

「許せませんね。」
「ひ、す、すみません!」
「いえ、伊地知君ではなく。」

小春へ返事を打つ。お店が決まったら必ず連絡すること。終電までには必ず終わること。私が迎えに行くまで店を出ないこと。最後に、

『飲み過ぎないこと。』
『建人さんったら過保護ですね?』
『酔ったあなたの可愛さは私が一番知っています。他の男には見せたくない。』
『女二人で飲むのにですか(笑)』
『店には他の客もいるでしょう。』
『建人さん、愛してますよ♡』
『それで誤魔化しているつもりでしょうが、無駄です。ですが私も愛してます。』
『昨日の件もあるので、なるべく早く帰れるようにしますね!』
『連絡待っています。』

小春から届いたスタンプにスタンプで返す。スマホを仕舞うと深く息を吐いた。

「伊地知君、いちいちビビらないでください。」
「す、すみません。」

任務内容はとある旅館に出るという呪霊を祓う事だった。その旅館には座敷童が出るらしい。座敷童自体は言い伝えでは幸せをもたらすと言われている。しかし、座敷童に会いたいという人々の願望から、会えなかった事で不満に変わり、座敷童ではなく呪霊が出現。宿泊客が襲われたと。東京駅に着くと新幹線に乗って旅館のある県に向かう。駅弁の写真を撮って小春に送れば、すぐに既読が付いた。そろそろ向こうも昼休みだろう。小春はあのパン屋に行くのだろうか。数十分後、小春から送られてきたのはどこかのレストランのパスタだった。あの先輩と一緒にランチを食べに行ったらしい。

『今からお仕事ですか?建人さんが怪我しませんように。』
『ありがとう。小春も気を付けてください。暫くは高専関係者が傍にいます。』
『はい!いってらっしゃい!』
『いってきます。』

新幹線の窓から外の景色を見ながら、いつか小春と一緒に旅行でもと考えた。…旅行以前に、普通に出掛けたこともない気がする。近い内に彼女と二人で出掛けよう。そう思いながら、流れる景色を楽しんだ。旅館に着いたのは14時ごろ。旅館は臨時休業中で、出迎えたのは旅館の女将と亭主。被害のあった部屋へ案内して貰う。座敷童が出るという部屋は不気味な雰囲気を醸し出していた。

「お二人は外へ。あとは私一人で十分です。」
「は、はい、どうぞお気を付けて…。」

二人が部屋を出て行き、気配が離れたのを確認して帳を下ろす。出てきたのは一級呪霊。座敷童…と言っても、実物を見たことはないが、それを真似た格好だろう。血に染まったこけしのような姿をしていた。

「私の術式はどんな相手にも強制的に弱点を作り出すことができます。7:3。対象の長さを線分した時、この比率の“点”に攻撃を当てることができればクリティカルヒット。フー…、今日は早く帰りたい。…一分で片を付けます。」

術式の開示を済ませ、なまくら刀を構える。飛び掛かってきた呪霊を7:3で両断すると、その身体は塵のように消えた。帳も上がり部屋を出ようとした時、ふと背後に気配を感じる。呪霊とは違う気配に、ゆっくりと振り向く。

<…ありがとう!>

着物を着た小さな子供が立っていた。

「…いえ、仕事ですので。」

そう言いながらサングラスを指で押し上ると、子供の姿は消えていた。…あれが座敷童。

「…いずれ、妻と泊まりに来ます。」

部屋を後にすると、背中に投げかけられた言葉に、私はハッとした。

<たのしみにしててね!>



 


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