花のよう




日常が過ぎるのはあっという間で、遂に建人さんの部屋に引っ越す日が来た。引っ越し業者は11時に来ると連絡があったので、建人さんにもそれを伝えておいた。建人さんはお仕事が休めなかったらい。でも、やっと一緒に住むことができるという事に二人でただ喜び合った。業者が到着してテキパキとまとめた荷物を運んでくれた事もあって、あっという間に部屋は空っぽになった。不動産会社の人も最後の点検に来てくれたので、建人さんから返して貰った合鍵と、自分が使っていた鍵を返却した。特に汚したり傷つけるほど住んでいなかった部屋なので、点検はあっという間に済んだ。部屋を出ると、トラックが到着するまでに電車に乗って建人さんの部屋に向かう。今日から彼の部屋が、私の帰る家になる。…すごく嬉しい!にやける頬が制御できない程に嬉しくて、駅に着くと思わずスキップしてしまったくらいだ。部屋に着くと、引っ越し業者の到着を待った。建人さんにメッセージを送って、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して喉を潤す。暫くすると引っ越し業者が到着したと連絡をくれたので、オートロックを開ける。荷物を部屋まで運んでもらうと料金を支払った。彼に貰った部屋に私の荷物がある。早速荷解きを始めた。家電製品や家具は建人さんの家に揃っている為、綺麗に掃除してリサイクルショップに売った。違約金で寂しくなった貯金の足しになればと思ったけど、そこまで大した金額にはならなかった。残念…。ベッドも彼の部屋にある大きなベッドを一緒に使おうという話になったのでリサイクル業者に売った。残った私の荷物は服、コスメ、パソコン、本、美容器具…くらいと言ってもいいかもしれないほど少なかった。荷ほどきが終わって部屋を見渡す。思わず笑みが零れる。さて、今日は引っ越し祝いに外食をしようと言う話になっていたので、時間まで近所を探索することにしよう。

「わ、野良猫だ!おいでー。…あ、行っちゃった。」

近所を探索しながら、待ち合わせの二時間前に一度部屋に戻った。化粧や髪を整えて、折角だからラフな格好から可愛い格好に着替えよう。薄ピンクのシフォンワンピースに着替えて、いつもはストレートな髪も今日は巻いてみた。鞄も整理して忘れ物がないか確認して家を出る。待ち合わせ場所は渋谷。建人さんから今から向かうと連絡が来たので、私も向っていることを伝えた。

『ハチ公の前で待ってますね!』
『私ももうすぐ着きます。輩に気を付けてください。』

「輩って…、建人さんたら心配性だなぁ…。」

『はーい!』

渋谷は人で溢れていた。ハチ公の周りにも待ち合わせをしている人が多いようで、皆スマホを見つめていた。建人さんに到着した事を伝えると、駅の広告を見たりモニターを眺めたりして時間を潰していた。ふと誰かが近付いて来たのでちらりと視線を向ける。知らない男の人が二人さらに近付いて来た。

「お姉さん、暇なら俺達とご飯行かない?」
「…いえ、待ち合わせしてるので。」
「えー誰と?彼氏?」
「旦那です。」
「え、結婚してんの?指輪とかなくね?噓でしょ?」
「行こうよー、いいとこ知ってんだよ俺達。」
「あの…、本当にごめんなさい。私の旦那さん怖い人なので、早く逃げた方が…、」
「大丈夫だって、俺たち喧嘩強いし、」
「そういうハッタリとかいいから、ほら行こうよ。」

しつこい二人に腕を掴まれてしまった。男の人の握力に敵うはずもなく、引き摺られるように連れて行かれそうになり、体が竦んでしまった。ど、どうしよう、お、大きな声出さなきゃ、

「私の妻に何か。」
「建人さん、助けて…!」
「げ、マジで男いたの?」
「ですから、さっきからそう言って、」
「でもこいつも指輪してないし、嘘だろ?」
「…汚い手を離せ、と言っているんです。」

ヤバい、…建人さんがキレてる。私の頬を冷や汗が伝った。建人さんが二人の腕を捻り上げて私を庇うように立った。うぅ…かっこいい…。

「ってぇな!」
「警察に行きますか、それとも病院に。」
「あーあ、これ骨折れちゃったよ、どうすんの?慰謝料貰わなきゃな?」
「あなた達、早く逃げないと痛い目見ちゃいますよ…?私、忠告しましたからね?」
「小春、こんなクソみたいな男たちを心配する必要はありません。私の妻に触れたこと、後悔させます。」
「建人さん、あんまり騒ぎになっちゃうのも…交番近いですし…、」
「その時はその時で。正当防衛です。」

男二人が建人さんに殴りかかった。ビックリしている私をよそに、建人さんはいとも簡単に拳を避けて、男たちの顎を軽く殴った。カクン、と膝をついた男たちに、建人さんがサングラスを外しながら大きく息を吐く。

「今後同じような事をすれば警察に突き出します。それとも、今から行きますか。」
「す、すみませんした…、」
「も、もうしません…。」
「…無事ですか、小春。」
「建人さん…素敵すぎてますます惚れちゃいました…!ありがとうございます!」

建人さんの胸に飛び込むように抱き着くと、大きな手が私の頭を撫でてくれた。男たちはふら付きながら逃げて行った。

「今日は一段と美しいですね。…やはり家で待たせておけばよかった。」
「ふふ、建人さんとお出掛けだと思って、張り切っておめかししちゃいました!」
「…巻き髪も似合いますね。小春の色気が増して虫が寄って来たのでしょう。間に合ってよかった。」

チュッと額にキスをされる。

「失礼、掴まれたところは平気ですか。」
「大丈夫です。」
「…消毒しましょう。」

そう言って建人さんが優しく私の腕を撫でた。少しくすぐったいけど、彼の優しさと愛情を感じて、嬉しくなって頬が緩んでしまう。

「店に着いたら石鹸でしっかり洗ってください。」
「そんな、ばい菌みたいに、」
「私以外の男に触れられることは許しません。いいですね。」
「ふふ、はぁい。」

建人さんの大きな手に指を絡めて、私達は予約していたお店に向けて歩き出した。私の歩幅に合わせてくれる建人さんが、時折私を見て微笑むのを私は知っている。なぜなら私も彼の横顔を盗み見ては、頬が緩んでしまうのだから。



 


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