護るべきもの




子供が産まれたのは5月5日、こどもの日だった。その日は任務が終わって、報告の為に高専に向かっていた。移動中の車内で私のスマホに小春から着信が入り、陣痛が始まった為病院に向かっていると。補助監督に事情を告げ、行き先を病院に変えてもらう。今までにない程の心拍数の高鳴り。

「飛ばします!」
「頼みます。事故らない程度で。」
「了解です!」

幸い病院と近い所にいた事もあり、30分程で到着した。受付で名前を告げ、小春の部屋へ案内される。私の両親も来ていた。小春の祖父母も今向かっているらしい。私の焦る顔を見た小春が、痛みに耐えながらも笑顔を作った。

「建人さん、おかえりなさい…、」
「ただいま、小春。体は、」
「…へへ…だいじょ……あれ…なんか、破水…しちゃったかも…、」
「あら、本当だわ!ナースコールするわね!」

破水…破水?は、破水…という事は、まもなく生まれるということだろう。母が慌ただしくナースコールを押しているのを見ながら、小春の手を握り締めた。

「小春、大丈夫です。傍にいます。」
「…へへ、心強いです…っ、」
「七海さーん、大丈夫ですかー?」

看護師数人が様子を見に来た。小春のお腹の状態を確認したらしい。すぐに小春を分娩室に運び、私も付き添いを申し出た。小春の腰をさすったり、手を握ったり、名前を呼んで励ましながら、気付くと、

「おめでとうございます、元気な男の子です。」
「…よかった、」
「…小春…、ありがとう…。」
「建人さんも…ありがとう…、雄人…生まれて…来てくれて…ありがとう…、」

座敷童子のお陰だろうか、小春は陣痛から1時間の超絶スピード出産、そして母子ともに健康的な、安産だった。そして、座敷童子の言う通り生まれたのは男の子。小春の考えた通り『雄人』と名付けた。

「ビックリです。教科書に載せたいくらいですよ。初めての出産は何日も陣痛が続く人もいるんですから。いやぁ〜すごい。」

主治医がこの超絶スピード出産に感激していた。初めて抱いた我が子はとても小さく、私に似て金髪だ。

「雄人…パパですよ。」

自分の事をパパと呼ぶのは少し照れくさかった。処置を終えた小春は疲れて眠ってしまったらしい。

「お疲れ様でした、小春。ゆっくり体を休めてください。」

病室に移ってすやすやと眠る小春にキスをして、彼女の荷物を準備する為に帰宅する。ソファーに座り大きく息を吐いた。ふと、テレビ台に置かれた2つの写真立てが目に入る。その内1つを手に取った。

「…灰原、驚いた事に…私は父親になった…。…私は…っ、とても幸せだ…。」

流れる涙を指で拭いながら、柄にもなく1人で声を上げるほど泣いた。

『おめでとう、七海!』

灰原がそう言ってくれた気がした。




...




小春が退院したのはそれから1週間後。その日は勿論仕事は休んだ。病院に車で迎えに行くと、退院手続きを済ませて小春の荷物を預かる。小春は体調も安定しているようだ。雄人を抱き抱えた小春の瞳は優しさに富んでいて聖母を思わせた。

「雄人、パパがお迎えに来ましたよー?」
「雄人、パパですよ。」
「ふふ、建人さんのパパ呼びも可愛いですね!愛してますよー、パパ?」
「…小春はもうママですからね、自覚してください。」
「はーい、ふふ!」
「それと、私も愛してます。小春の事も、雄人の事も。」

後部座席に設置したチャイルドシートに雄人を乗せ、その隣に小春が座る。…空いた助手席に少しだけ寂しさを覚えながらも、ミラー越しに幸せそうに微笑む小春を見ると私の頬も緩んだ。家に着くと小春をソファーに座らせ、荷物を片付けた。

「小春、本当にお疲れ様でした。」
「ありがとうございます、建人さん。雄人も元気に生まれてきてくれてありがとうね。座敷童子さんのお陰ですね!」
「…そうですね。…明日は仕事ですが、なるべく早く帰ります。1人では大変でしょうから、私の母も手伝いに来ると言っていました。」
「ありがとうございます。…そうだ、私も今度高専に行きたいです!五条さん達に雄人を会わせたいですし、灰原さんの墓前にもお名前をお借りしましたって報告したいですし。」
「…ええ、是非。皆喜びます。」




――――――
超絶スピード出産一時間は多分あり得ないと思いますが、そこは座敷童子パワーという事で…。



 


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