寝込んだ日




「お帰りなさい、建人さん…、」
「小春…どうしたんです。」
「ごめんなさ…、風邪ひいちゃって…。」

小春が熱を出した。出張から帰った私を出迎えたのは、頬を赤く染めた小春だった。私にうつすといけないから、とマスクをつけて辛そうにゲホゲホと咳をしている。雄人は昨日から私の両親の家に預けたらしい。

「どうして風邪を引いたこと教えてくれなかったんですか…。」
「だって…お仕事の邪魔をしちゃいけないから…。」
「病院には?」
「…まだ、行けてなくて…熱が下がらないから…一人で出歩くのもって…。」
「悪化してしまえば余計出歩けないでしょう。病院に行きますよ。」
「…でも、疲れて、ますよね…?」
「私よりも小春の体の方が心配です。保険証は財布ですか?」
「…はい…、ごめんなさい、建人さん…。」
「謝罪はいりません。」
「…ふふ、ありがとうございます…。」
「全く…。これではキスの一つもできないでしょう。早く治してください。あなたに触れるのを我慢するのは辛いですから。」
「はい…。」

辛そうに微笑む小春の体を支えながら、必要な荷物を持って部屋を出る。車の助手席に小春を乗せると、シートベルトを付けた。ボーっとした顔で辛そうに息をする小春の額に手を当てて、その熱さに驚いた。急いで車を発進させ、出来る限り安全運転で近くの病院を目指した。病院に着けば小春は少し安堵したような表情を見せた。小春の体を支えながら病院の中に入る。受付で小春の代わりに手続きをし、呼ばれるまでソファで座って待った。小春が私に凭れる。手をしっかりと握り締めるが、その手はかなり熱い。肩に凭れた小春の頬もとても熱く熱を持っている。受付で借りた体温計は38.7度と示した。かなり辛いだろう。診察室に呼ばれると、小春の体を支えながら中に入る。小春が医師の質問に辛そうに答えるのを聞きながら、帰り際に必要な物を買わなくてはと頭の中でリストアップした。

「解熱剤出しておきますんで、指示通り飲んでください。ただの風邪だから、すぐに治りますよ。」
「はい…。」
「よかった…。」

診察を終えて会計を待つ間、小春の肩を抱きながらその頭を撫でた。会計が終わり処方箋も受け取ると、ドラッグストアに向かう。小春を車で休ませてスポーツドリンクとゼリー、熱さまシートなど必要な物をカゴに詰める。急いで車に戻ると、小春は少し眠っているようだった。起こさないように車に乗り込み、静かに運転する。駐車場に着く頃小春が目を覚ました。歩くのは辛そうだ。荷物をまとめて小春の体を横抱きに抱える。小春が私に申し訳なさそうに小さく呟いた謝罪の声。

「礼はあなたの風邪が治ったらたっぷりその身体で払って貰いますから。」
「…もう…、建人さんのえっち…。」
「小春にだけです。」

エレベーターの中で小春の額にキスをする。部屋に着くと、真っ先に小春をベッドに下ろす。クローゼットから小春のパジャマを取り出し、着替えを手伝った。赤く染まった胸元に生唾を飲み込みながら、脱いだ洋服は洗濯籠に入れる。袋から熱さまシートを取り出して熱い額に貼ってやると、小春は気持ちよさそうに息を吐いた。

「食事は出来そうですか?お粥やうどんなどが無理なら、ゼリーを買ってあります。」
「…ゼリーで、お願いします…。」
「今持って来ます。」

袋からフルーツゼリーを取り出し、スプーンを取って寝室に戻る。小春が少し体を起こしていたので、ベットサイドに椅子を持って来てゼリーの封を開けた。スプーンで掬ったゼリーを小春の口元に運ぶ。小さく開かれた口にゼリーが吸い込まれるのを見届けた。

「ん…美味しい…。」
「ゆっくり無理せず、食べれる量だけ食べてください。」
「建人さんが、食べさせてくれるなら、全部食べます…。」
「食欲があって安心しました。食べたら薬を飲んで休んでください。」
「…はい…。」

小春にゼリーを食べさせ終え薬を飲ませて寝かせた。小春が眠るのを隣で手を握って見届けると、出張で使った荷物を片付ける。食べ物のお土産はひとまず冷蔵庫に。母親の携帯に電話を掛けると、すぐに繋がった。雄人の様子を尋ねれば、小春を心配して泣いているらしい。雄人に代わってもらえばぐすぐすと鼻を啜る雄人の声が聞こえた。

「雄人、パパです。」
『パパ…?ママは?』
「今はお薬を飲んで眠っています。ママのお熱が下がったら一緒に迎えに行きますから、ママはパパに任せてください。ばあばの言う事をきいて、いい子にして待っていればママもすぐ良くなりますから。いいですね?」
『…うん…。』
「雄人が大きくなったら、ママが大変な時はパパの代わりにママを助けてください。今はまだ、パパがママを助けますから。」
『…わかったぁ…。』

電話が終わると、小春の様子を見る。すやすやと眠る寝顔にキスをして、私は浴室に向かった。入浴を済ませると、手早く寝支度を済ませて布団に入った。明日は久し振りの休みだ。小春の看病と、家事を代わってしようと考えながら、小春の体を抱き締める。小さく唸って私にすり寄る小春の額にキスをして、早く治ってくれと願いながら、私も目を閉じた。

「…おやすみ、小春。」

翌日。目を覚ますと、小春はまだ私の腕の中にいた。額の熱さまシートはカラカラに乾いている。起こさないようにシートを剥がして額に手を当てる。昨日よりは熱が下がっているらしい。安心して息を吐く。

「…ん…?」
「起こしてしまいましたか。」
「…建人さん…?」
「今新しい熱さまシートを貼ります。」

ベッドサイドに置いておいた新しいシートを小春の額に貼る。ついでに体温計も取って小春に渡した。

「少しは下がっているようですが、今日は一日安静に。家の事は私がやりますから、小春は体を休めて。」
「…はい…。」

体温計が示した数字は37.5度。昨日よりは下がったとはいえ、治りかけは油断できない。

「何か食べれそうですか。」
「…今は、建人さんの腕の中がいいです…。」
「…治ったら、覚悟するように。」
「ふふ、分かりました…。」

小春の体を抱き寄せて、再び聞こえた寝息に私も目を閉じる。今日はやはり、小春の傍にいよう。そう思いながら微睡に身を任せた。



 


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