家族の時間




「建人さん、大丈夫ですか?」
「勿論です。」
「…本当にごめんなさい…。」

小春の看病、そして行為をした翌日。私は仕事を休んだ。額には、つい昨日まで小春が使っていた熱さまシート。申し訳なさそうに眉を落として私を見つめる小春に、愛おしさを感じて手を伸ばす。小春が私の手を取って、両手で握り締めた。

「小春の風邪が治って良かった。」
「でも、建人さんに移ってしまいました…。」
「私はあなたよりタフなつもりです。すぐに治ります。」
「建人さん、」
「大丈夫、ただの微熱です。熱さまシートも貼っていますから、すぐ下がるでしょう。それより雄人が心配です。」
「お義母さんに電話してみますね?建人さんは何か欲しいものはありますか?」
「…小春と雄人と過ごす時間です。」
「…も、もう、建人さんったら…!」

私の言葉に嬉しそうに微笑む小春。うっすらと染まった頬。いつまでも初々しさの残る彼女に、私はいつも胸を躍らせる。小春がスマホを操作して、電話を始めた。私の母に掛けたのだろう。電話越しに小さく聞こえた母の声。

「もしもし、お義母さん小春です。雄人がお世話になってすみません。…ええ、私はもう大丈夫です、はい。…はい、ありがとうございます。ご迷惑をお掛けしてすみません。…それが、建人さんに、「小春、」え…?」

私に風邪が移ってしまった事を言わないように、と人差し指を唇に添えた。

「あ…、いえ、何でもありません。雄人を迎えに行きますね?…はい、はい、すみません、ありがとうございます。ではまた後程、はい、失礼します。」

電話を終えた小春が私を見つめる。

「どうして止めたんですか?」
「たまには3人でのんびり過ごす時間が欲しいでしょう。私まで熱があると知れたら、雄人はまだ帰らせてもらえないでしょうから。」
「雄人に移らないですか…?」
「意地でも移しません。」
「…ふふ、」

花が綻ぶような小春の笑顔。小春の小さく柔らかい手を取って、その甲に頬を摺り寄せた。私に比べて少し冷たいその手に愛おしくキスをする。

「雄人を迎えに行きましょう。」
「はい。」

服を着替えて家を出る。小春と手を繋いでエレベーターを待ちながら、雄人が帰って来たら何をして遊ぼうかと頭を悩ませた。小春が私を見上げて首を傾げる。小さく笑ってキスをすれば、小春がまた笑った。

「小春、愛しています。」
「うふふ、私も建人さんを愛してます!」

エレベーターで駐車場まで降りると、小春が私に助手席をすすめた。

「流石に体調が悪い時に運転は危険です!私も免許を持っていますから、今日は大人しく座っててください?」
「…わかりました。」

小春が運転席に座るところを見るのは初めてだった。助手席から眺める小春の横顔は新鮮だ。小春がハンドルを握っている姿を目に焼き付けるように見つめる。

「…そ、そんなに見られと緊張します…!」
「安全運転でお願いします。」
「は、はい、頑張ります!」

小春の運転で私の実家に向かった。インターホンを押す前に額の熱さまシートを剥がしてポケットに入れる。小春にもしっかりと口止めをした。

「ママー!パパー!」
「雄人、いい子にしてた?」
「うん!」
「雄人、帰りますよ。」
「パパ、お帰りなさい!」
「ただいま、雄人。」

玄関を開けると、駆け寄って来た雄人を抱き上げて優しく抱き締める。両親に礼を告げて再び車に乗った。今度は後部座席でチャイルドシートに座る雄人の隣に。

「雄人、帰ったら何をして遊びましょうか。」
「ウルトラマンごっこ!」
「いいですよ。」
「うふふ、」

私と雄人の会話を聞いて小春が笑う。幸せな時間だ。部屋に戻ると、三人で洗面所に向かった。手洗いうがいをして、小春が昼食の準備をする間に雄人と遊んだ。

「しゅわっ!」
「うおお、やられたー…、」
「パパよわーい!」
「雄人が強くなったんですよ。」

雄人が笑いながら私に抱き着く。それを受け止めて抱き締め返すと、キッチンから遠巻きに私達を見ていた小春が微笑ましそうに笑っていた。私もその笑顔を見て笑う。どうやら、私の熱も下がったらしい。こんなに幸せな時間を邪魔されたくないと、体が頑張ったのだろう。

「お昼ご飯できましたよ、手を洗って?」
「雄人、行きますよ。」
「うん!」

雄人を連れて手を洗う。部屋に戻ればテーブルに料理を運ぶ小春を手伝った。

「ありがとうございます、建人さん。」
「こちらこそ、料理を任せてしまいました。ありがとうございます。」
「雄人を見ててくれたじゃないですか。」
「食べていい?」
「いただきますをしてください。」
「雄人、おててを合わせて?」
「いただきますっ!」
「いただきます。」
「召し上がれ。いただきます。」

三人で昼食を食べるのも久し振りだった。小春と二人で雄人の食事を見守りながら、他愛のない話をする時間が、幸せだ。家族とは、幸せとは、いいものだ。



 


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