幼魚と逆罰




「もしもし、建人さん?」

高専に行ったその日の夕方、建人さんから今日は遅くなるとの連絡が入った。

『すみません、少々厄介な事件のようで、今日は帰りが遅くなります。報告書なども済ませてから帰ります、先に寝ていてください。』
「分かりました。夕飯はどうしますか?」
『適当に済ませます。明日の朝食だけお願いしても。』
「はい。建人さん、帰りを待ってますから、どうか気を付けて。」
『勿論、必ず帰ります。愛してますよ、小春。』
「はい、私も愛してます、建人さん。」

電話を終えると途中だった洗濯物を畳む。これが終わったら掃除機をかけて、買い物をして、と頭の中で算段付けながら、教育番組に夢中な雄人に笑みを浮かべた。










『人間だよ。いや、元人間と言った方がいいかな。映画館の3人と同じだな。呪術で体の形を無理矢理変えられてる。』
「それだけなら初めに気づけますよ。私達が戦った2人には呪霊のように呪力が漲っていた。」

映画館での変死事件の調査で対峙した2体の呪霊。その正体は元人間だった。スピーカーにした通話。映画館の職員用の控え室で虎杖君と聞きながら、厄介な案件だと心の中で舌打ちをする。

『そうだ、虎杖は聞いてるか?』
「あ、ウス、」
『コイツらの死因はザックリ言うと、体を改造させられたことによるショック死だ。君が殺したんじゃない。その辺り履き違えるなよ。』
「はい…、」

通話を終え、スマホをスーツの内ポケットにしまう。

「どっちもさ、俺にとっては同じ重さの他人の死だ。それでもこれは、趣味が悪すぎだろ。」

この子は他人のために本気で怒れるのだな。

「あの残穢自体ブラフで、私達は誘い込まれたのでしょう。相当なヤリ手です。これはそこそこでは済みそうにない。気張っていきましょう。」
「応!!」
「…その前に、腹ごしらえを。」
「あえ?」
「失礼、妻の作った弁当を無駄にしたくないので。」
「あ、ハイ、」

保冷バッグに入れられた弁当箱を取りだす。机に弁当箱を広げると、虎杖君に目を向ける。

「虎杖君、お昼は。」
「あ、さっきコンビニで弁当買った!」
「では食べましょう。」

弁当箱の蓋を開ける。虎杖君もガサガサと袋から出した弁当を机に置いた。手を合わせていただきますをすると、まずは…、

「うっわ、すっげぇ旨そうじゃん!小春さんめちゃくちゃ料理うまい!?」

弁当箱を覗き込んで目を輝かせる子供。何時ぞやの五条さんを思い出し、弁当箱を自分の方へ引き寄せた。

「…あげませんよ。」
「俺の弁当のおかずと交換してよ!1個だけ!卵焼きとか!」
「…以前もそういって五条さんが私の弁当に手を伸ばしてきたことがありました。」
「え、五条先生も!?まあでも、すげぇうまそうだし、食べたくなる気持ちわかるわ。」
「ムカついたのでひと月口を利きませんでした。」
「…マジ?」
「ですからあげません。」
「ちぇー。」

諦めてコンビニ弁当を食べ始めた虎杖君を見ながら、私も茄子の豚バラ巻きを箸で摘まんで一口。豚バラの脂を吸ってしんなりと柔らかくなった茄子と、絡められた甘塩っぱい醤油ダレがご飯をそそる。すぐに白米で追うと、噛み締めるように咀嚼した。旨い。

「…何か。」
「…いや、やっぱすんげぇ旨そうだなって。愛情籠ってる証拠だ!」
「…愛情はもちろん籠っているでしょう。それ以前に彼女の腕前がいいのですから美味しくて当たり前です。」
「七海先生って小春さんのどんなとこが好きなの!?こういうのって恋バナ!?」
「恋バナかどうかは知りません。子供相手に話すことでもないでしょう。」
「俺恋バナしてみたかったんだよ!で、どこが好きなの!?」
「…全部ですが、何か。」
「うわあああ!すげぇ!これが恋バナ!?」
「知りませんよ。いいから早く食べてください。」
「じゃあ小春さんの得意料理!あ、得意料理は本人に聞く方か。小春さんの料理で一番うまいのは!?」

目を輝かせながら私を見上げる虎杖君に、私はフーと息を吐く。

「どれも美味しいです。が、しいて言うならハンバーグですね。」
「おぉ!!肉料理上手い女子っていいなぁ〜あこがれるぅ!」
「肉汁が溢れてとても美味です。ソースも。」

結局、聞かれたことに話せる範囲で答える。なんせ小春の話だ。愛する妻の話題を無下にできるわけもない。勿論、子供相手に話せる内容でしか話してはいない。

「御馳走様でした。」
「ごっそーさん!」
「では改めて、気張っていきましょう。」
「応!!」

そして私は小春に電話をした。夕飯は食べれないこと、帰りが遅くなることを伝えて車に乗り込む。伊地知君の運転で向かった貸会議室。伊地知君に頼んでおいたマップをホワイトボードに貼り付ける。

「ここ最近の失踪者、変死者、「窓」による残穢の報告をまとめました。これである程度犯人のアジトが絞られます。」
「おっし!!乗り込むか!!」
「いえ、まだまだ“ある程度”です。私は調査を続けますので、虎杖君には別の仕事を。映画館にいた少年、吉野順平。彼は被害者と同じ高校の同級生だそうです。映画館の監視カメラにはスクリーンに続く通路のみでしたが、佇まいからして彼が呪詛師である可能性は低いと考えていました。ただ、被害者と関係があるとなれば話は別です。」
「ジュソシ?」
「悪質な呪術師のことです。手順は伊地知君に任せてあるので、2人で吉野順平の調査をお願いします。」
「オス!!」

会議室を出て行く虎杖君の背中を見ながら、一人壁に背を預けて息を吐く。伊地知君が私を見て、虎杖君が去ったのを見届けて口を開いた。

「ある程度ではなく、もう分かっているんですよね?犯人の居場所。」
「勿論。犯人はその気になれば残穢なんて残さずに現場を立ち去れるハズです。私達はまた誘い込まれています。単身乗り込むリスクと虎杖君を連れて行くリスク、前者を選んだまでです。彼はまだ子供ですから。」

子供、そう言って思い浮かんだ雄人の笑顔。

「七海先生ー!!言い忘れてた、気を付けてね。」
「虎杖君、私は教職ではないので先生はやめてください。」
「じゃあ…ナナミン…!」
「ひっぱたきますよ?」



 


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