優しい味




結局その日、建人さんは帰ってこなかった。起きてすぐに気付いた、隣にない温もり。スマホを見れば、

『今日は帰れなくなりました。朝食食べれず残念です。また連絡します。』

とメッセージが来ていて、肩を落とす。呪術師のことは私はさっぱりだけど、命懸けの大変な仕事には変わりない。

『建人さん、おはようございます。今日もお仕事気を付けてくださいね。ちゃんとご飯食べること!連絡待ってます。』

そう送って、隣で眠る雄人の寝顔写真を送った。すぐに既読になったそれを見て、思わず笑みを浮かべる。すぐに電話がかかってきて、通話ボタンを押した。

「もしもし、建人さん?」
『おはようございます、小春。帰れなくてすみません。』
「おはようございます、建人さん。今日も愛しています。」
『…フッ、私も愛しています。』
「うふふ。」

ほんの少しでも建人さんの声が聞けたことが嬉しくて、頬が緩む。電話をしながら雄人を揺り起こし、テレビ電話に切り替える。建人さんの顔が映って、私はカメラに向けて小さく手を振った。

「雄人、ほらパパから電話だよ。」
「んぅ…、ぱぱぁ?」
『雄人、おはようございます。』
「ぱぱぁ…、」
「ふふ、まだ眠たいみたいです。」
『雄人、起きてください。』
「ん…。」

ゆっくりと体を起こして目を擦る雄人を抱きしめ、カメラを向ける。画面にはサングラスを外して微笑む建人さんと、小さく映った私と雄人。

「今日は帰れますか?」
『…いえ、今のところ何とも言えません。厄介な呪いです。…昨日、少し怪我をしました。』
「え!?大丈夫でしたか?」
『脇腹を少し負傷しましたが、すぐに家入さんの治療を受けました。傷も残らず治してもらったので安心してください。』
「…心配です。」
『…私が必ず祓います。なるべく怪我のないように努めますから。』
「…はい。必ず帰って来てくださいね?」
『ええ、勿論そのつもりです。』







その日の夜、建人さんは帰って来た。玄関を開けるとそこにいたのは建人さんと、

「あら、悠仁君…?」
「…こんばんは、」
「いらっしゃい、どうぞ上がって?」
「…お、お邪魔します。」
「建人さん、お帰りなさい。」
「ただいま、小春。」

悠仁君をリビングに通して、建人さんの部屋で彼の脱いだジャケットとネクタイを預かる。それをハンガーに掛けながら、建人さんの背中を見つめた。

「…突然虎杖君を連れ帰ってすみません。」
「え?いいえ、大丈夫です!それよりもお腹空いてますよね?すぐにご飯作りますから!」
「…小春、」

ハンガーをクローゼットに掛けたところで後ろから建人さんに抱きしめられた。ぎゅうっときつく苦しいくらいに抱きしめられて、私は建人さんの腕に自分の腕を重ねる。…何か、あったんだと思った。

「建人さん、お帰りなさい。帰って来てくれてありがとう。」
「…小春、愛しています。ただいま、小春。」
「…ふふ、建人さんが甘えたなんて珍しいですね?」
「小春、」

頬にキスをされて顔を向けると、今度は唇にキスをされる。舌が割り込んできて、私もそれに応えるように舌を絡めた。キスをしながら私の頬や髪を撫でる建人さんの手がくすぐったくて、小さく笑う。離れた唇に触れるだけのキスをすると、建人さんの頬を両手で包んだ。いつもよりも少し疲れたように見える。

「さ、ご飯にしましょ?」
「…手伝います。」
「建人さんはお客様の相手をしてください?」
「…そうでした。」

クローゼットを閉じて部屋を出ようとしたとき、建人さんが私を呼び止めた。振り返ると、いつもの優しい笑みを浮かべる建人さん。

「ありがとう、小春。」
「どういたしまして、建人さん。」

建人さんの部屋を出てリビングに向かうと、悠仁君はテレビ台の端に置かれていた写真立てを見ていた。

「悠仁君、お待たせしてごめんなさい。とりあえずお茶とお水、どっちがいい?」
「あ、じゃあお茶お願いしゃす!」
「はーい。」

麦茶をグラスに注いでテーブルに置くと、悠仁君はソファに座り直した。

「ご飯、まだ?」
「…あ、そういえば…、」

グゴゴゴゴゴゴゴ…と凄い音がして、私も悠仁君も噴き出して笑った。

「すぐにご飯作りますね、嫌いなものとかある?アレルギーとか、」
「……っ、ないっス…、」

悠仁君が言葉に詰まる。私は彼のピンクの髪に手を乗せた。ゆっくり優しく髪を撫でると、悠仁君はびっくりした顔で私を見上げていた。けどすぐに涙を浮かべて、それでも泣かないように歯を食いしばっていた。

「…泣きたいときは、泣いていいんだよ、悠仁君。」
「…っ、」
「大丈夫、私は何も見てないし、聞いてないから。」
「…ごめんっ…ごめん、俺…っ、」

悠仁君が私のお腹にぎゅっと抱き着いた。ちょっとビックリしたけど、私は悠仁君の背中を優しく撫でて、静かに彼が落ち着くのを待った。悠仁君が落ち着くと冷蔵庫の中身を確認して、明日の夕飯にしようと思っていた食材を取りだす。今日は建人さんの分のおかずしか残っていないから、追加でおかずを作ろうと思う。建人さんがお風呂を済ませて出てきたらしい。スウェット姿でリビングに戻ってきた建人さんを見て、悠仁君が何かはしゃいでいた。

「はい、お待たせしました。」
「うおぉ〜!美味そうっ!!」
「ご飯もお代わりあるから、好きなだけ食べてくださいね。」
「いただきます!!」
「小春、今日もありがとうございます。いただきます。」
「はい、どうぞ召し上がれ!」

2人が食事をする姿を微笑ましく眺めていると、寝室の方から音がした。様子を見に行くと、雄人が起きたらしい。

「雄人?」
「ままぁ…おちっこ…、」
「はいはい、トイレ行きましょうね。」

雄人をトイレに連れてリビングに戻る。建人さんの姿を見つけた雄人が嬉しそうに彼に駆け寄った。

「パパー!」
「ただいま、雄人。起こしてしまいましたか。」
「おしっこした!」
「そうですか。」
「ん、雄人!」
「…ゆーじ?」
「応!」
「わぁあ!ゆーじ遊ぼう!」
「雄人、食事中ですから、遊ぶのは後で。」
「雄人、あとで遊ぼうぜ!」
「遊ぶ!」
「ふふふ、」

微笑ましい光景に私が笑うと、建人さんも柔らかい表情で雄人の頭を撫でながら笑った。悠仁君が口いっぱいにおかずとご飯を頬張っている。

「悠仁君、急いで食べなくてもご飯は逃げないよ?」
「小春さんの手料理超美味いっス!!!五条先生に自慢しよっかな。」
「虎杖君絶対にやめなさい。」
「え、なんで?」
「五条さんがうちに押しかけて来るからに決まっているでしょう。」
「あ、ハイ。」
「うふふ、」



 


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