ハートの大きさ




「同窓会…ですか。」
「はい。参加しようか迷ってるんです。雄人のこともありますし、建人さんもお仕事忙しいだろうから…、」
「…そうですか。」

虎杖君との一件も終わり、高専は今京都姉妹校交流会中だ。日帰りの任務だったその日、帰宅した私は小春と雄人と共に夕食を囲んでいた。相変わらず小春の手料理は絶品で、フォークで纏めたカルボナーラを口に運ぼうとした最中、小春が「高校の同窓会に誘われた」と。雄人の口元についたソースをティッシュで拭き取りながら、小春はそう言った。

「仲の良かった友人などに、会いたいのでは。」
「そうですねぇ…、幼稚園から高校まで一緒だった女の子がいるんですけど、その子も参加するって聞いて…。それでちょっと迷ってます。」
「…いつ、ですか?」
「来週の土曜日だそうです。場所は新宿にある大きい居酒屋さんで、」
「スケジュールを調整します。行きたいのでしょう。」
「いいんですか…?」
「積もる話もあるでしょうし。雄人は私が面倒を見ますから。」
「…建人さん、ありがとうございます。愛してますよ。」
「ええ、私も愛してます。くれぐれも羽目を外さないように。」
「ふふ、はぁい。」

酒に酔った小春の可愛さを他の男に見せるのは、正直癪だ。出来ることなら同窓会に参加させたくはない。が、普段雄人の世話や家の事を任せることも多く、友人と会うことも少ない小春に、折角なら楽しい時間を過ごして欲しいというのも本音だ。

「何としても休みを取ります。あと送り迎えも。」
「そこまでして貰うのは申し訳ないですけど、折角なのでお言葉に甘えますね。」

華やかに笑う小春の笑顔が愛おしい。同窓会か…。

「同窓会?えー、小春ちゃん大丈夫?」
「何がです。」

翌日、高専で伊地知君と五条さんに会った。これから交流会2日目の個人戦をするらしい。初日は未登録の特級呪霊が高専に奇襲をかけたとかで慌ただしかったそうだ。私は日帰りとは言え県外にいたため、五条さんから今報告を受けた。伊地知君に来週の土曜日はどうしても開けて欲しいと調整をお願いした。それを聞いていた五条さんに質問攻めに遭い、仕方なく話せばこれである。

「だって七海ぃ〜同窓会よ?酒の席よ?酔った小春ちゃんをどこぞの馬の骨が狙っちゃうんじゃないのぉ〜?ほら、実は昔好きだったんだーってそのままホテルに行って不倫とか、よくあるじゃん。」
「ドラマの見過ぎです。小春に限ってその様なことはありません。」
「え〜?でも酔った小春ちゃん絶対可愛いじゃん。僕だったら絶対誘っちゃうね。元が良いから尚更。それに気遣いも出来るいい子でしょ?ほっとく男はいないよ。」
「あの五条さん、そろそろ…、」
「伊地知、僕今大事な話してるから。」
「えぇ?!」
「酔った小春が可愛いのは認めます。ですがそれを理由に彼女のプライベートを縛る理由にはならないでしょう。」
「…ホントにそう思ってる?」
「……。」
「嫌なら嫌って言えよ、七海。顔に書いてるよ。」
「……。」
「小春ちゃん、きっと学生時代もモテたんだろうね。学校のマドンナだったりして?狙ってる男も多かったんじゃないの?」
「……。」
「七海、もっと自分に正直になれよ。じゃ、伊地知行くよー。」
「は、はい、では七海さん、スケジュール調整しておきますので。」
「…お願いします。」

学校のマドンナ?…確かに、そう言われてもおかしくないほど小春は愛らしく美しい女性だ。彼女に惹かれる男の気持ちも分かる。何故なら私も、結婚しても尚彼女に惹かれ続けているのだから。

「…同窓会…、」

同窓会当日。私は結局彼女に行くなとは言えず、休みを取って家にいた。小春は同窓会に向けて身支度をしている。雄人は普段とは違う小春の姿にはしゃいでいる様子だ。が、私は心中穏やかではない。何故なら五条さんの言葉が頭の中をぐるぐると回っているからだ。普段の私服よりも着飾った小春は、それはもう美しかった。髪も美容院で綺麗にしてもらったらしい。荷物の整理をする小春を後ろから抱きしめる。嗅ぎ慣れた化粧品の香りと一緒に、私とお揃いのシャンプーの香りがした。

「建人さん?」
「…スミマセン、いつも綺麗ですが、今日は一段と綺麗なのでつい。」
「ふふ、ありがとうございます。」
「…小春、愛してますよ。」
「建人さん、私も愛してます。雄人のこと任せちゃってすみません、おねがいします。」
「…私こそ、いつも雄人の事や家の事を任せきりですみません。いつもありがとう。」
「建人さんがお仕事に集中できるように努めるのが、妻としての私の仕事ですから!」
「小春、」

行かせたくない。

「そろそろ時間でしょう。送ります。」
「はい、お願いします。」

雄人を連れて貴重品だけを持つと、小春の手を引いて駐車場へ向かう。車に乗って同窓会の会場がある新宿まで送り届けた。

「終わったら連絡しますね?建人さんも何かあったら遠慮なく連絡してください。」
「ええ。楽しんできてください。」
「はい、いってきます!」

普段は私が言うことの多い言葉。

「…いってらっしゃい。…早く帰って来てください。」

今日は私が見送る側だった。

「はい、なるべく早く帰りますね!」

小さく呟いた私の声を、彼女は拾った。眩しい笑顔で私に手を振る小春を見送って、雄人と家に戻った。教育番組を見る雄人の背中を見ながら小春を思い出す。

『建人さんいってらっしゃい!必ず帰って来てくださいね。』
『いってらっしゃい、今日も帰りを待ってます。』
『建人さん、今日も気を付けて。いってらっしゃい。』

ああ…、見送る側とは、こんなに寂しい気持ちになるのだな。暫くして、夕飯の食材を買いに雄人とスーパーに向かった。食材を選びながらも、小春がいないことに寂しさと物足りなさを感じる。いつもは雄人と手を繋いで私の隣に、

「パパ?」
「ああ…失礼、夕飯は何が食べたいですか?」
「ママは?」
「今日は、ママは帰りが遅いので、私と雄人の2人です。」
「うぅ…ママぁ…、」
「雄人、泣かないでください。」
「ママに会いたいぃ、」

泣き出した雄人を抱っこして宥めるも、中々泣き止みそうにない。困った…。雄人はいつも小春と2人の時も、私がいないことに泣いてくれているのだろうか。それとも…。すぐに買い物を終わらせて車に戻るとスマホを取り出す。

「雄人、ママに電話しましょう。」
「…うぅ…、」
「今掛けますから、泣き止んでください。」

スマホを操作して小春にビデオ通話を掛ける。…出ない。まさか、男に絡まれたりしてないだろうか。もう一度掛ける。6コール程で繋がった。

「もしもし、小春。」
『はぁい、どうしましたぁ?』
「…酔ってますか?」
『建人さん、あ、雄人ぉ?』
「酔ってるんですか、と聞いてるんです。」
『まだ、そんなに飲んでないですよぉ?』
「ママぁ…、」
『あらら、雄人が泣いちゃったんですねぇ、すみません建人さん。』
「…小春、」
『あれ、橘?』
『え、永井くん?わー久し振りぃ!』
『橘めっちゃキレイになった?最初誰かわかんなかった。』
『そんな事ないよぉ、ありがとぉ。』
「小春、」
『はぁい、』
『あ、ごめん、電話中だった?』
『うん、ごめんねぇ、子供が泣いちゃって。』
『マジ?!橘子供いんの!?マジかぁ…!』
『今は七海だよぉ。見てぇ、私の旦那さん!建人さぁん、雄人ぉ?』
「…小春、迎えに行きますから早く帰って来てください。」
『え、旦那さん外国人?子供も金髪じゃん!かっけぇ…!初めまして、永井でーす。』
『そうなのぉ、建人さんカッコいいのぉ!雄人も建人さんに似ててね、可愛いの!』
『橘めっちゃ惚気るじゃん、妬けるわぁ。俺橘のこと好きだったからさぁ、結婚してたなんてショックだわ…。』
『嘘ぉ!?知らなかった!ありがとう!けど私は建人さんと雄人が大事なのぉ、ごめんなしゃい。』
「小春、」
『はぁい、建人さん。雄人も心配なので帰りますよぉ?』
「すぐに迎えに行きます。」
『はぁい、待ってますねぇ。』
『橘、迎え来るまで一緒に飲もうぜ。』
『ごめんねぇ、亜紀ちゃん待たせてるから、』
「小春、電話は切らないでください。」
『建人さん、ヤキモチですかぁ?うふふ、可愛い…、』
「…これ以上私を…いえ、雄人に代わります。」

テレビ電話を繋いだまま雄人にスマホを渡すと、車を走らせた。雄人と小春の声が聞こえて、バックミラー越しに後部座席に座る雄人の様子を窺う。時折小春以外の男女の声が聞こえて胸がざわついた。数時間前にも来た居酒屋の近く。

「小春、着きました。帰れそうですか。」
『はーい、今行きますね。じゃあごめんなさい、お先に!』
『橘さんもう帰っちゃうの!?』
『小春ちゃん、連絡先教えてよー。』
『ごめんね、旦那さん待たせてるから!』

小春が居酒屋から出て車に向かって歩いてくる姿を見ながら、私は自分の目頭を押さえた。自分はなんて小さい男なんだ。

「建人さん、お待たせしましたー。雄人、ごめんねぇ、寂しかった?」
「ママぁ…!」
「小春、」

後部座席に座った小春に振り返る。小春はアルコールで少し赤らんだ顔で私を見てにっこりと笑った。

「ただいま、建人さん、雄人。」
「おかえりなさい、小春。」



 


back

 

top