ゆりかご




4回目の結婚記念日である今日、毎年恒例の魔女の仮装をした私と、カボチャの仮装をした雄人で、建人さんを見送った。夕飯を食べている最中、高専からの連絡で建人さんが呼び出されたのだ。食事を終えた私は片付けをしながら時計を見る。時刻は20時を過ぎていた。雄人をお風呂に入れなきゃ、と思っていると、私のスマホが着信を告げた。

「渋谷、ですか?」
『ええ。何やら面倒なことになっているようです。今日は帰れるか分かりません。折角の記念日なのにすみません。』
「いえ…。あの…建人さん、雄人と待ってますから、必ず帰って来てくださいね。」
『勿論です、小春。愛しています。』
「私も愛してます。建人さんが怪我しないように願ってます。」
『…ありがとう、小春。必ず帰ります。いってきます。』
「…はい、いってらっしゃい。」



...




「“一般人のみが閉じ込められる帳”です。一般人は侵入のみ“窓”には個人差が。術師は補助監督役含め出入りが可能です。」
「電波は?」
「断たれています。連絡は“帳”を出て行うか、補助監督の足を使って下さい。」
「随分と面倒なことになっていますね。」

高専からの呼び出しに応じた私は渋谷に来ていた。

「妻と子供がうちで待っています、早く終わらせたい。」
「七海さん、すみません…今日は結婚記念日でしたのに…。」
「いえ、伊地知君が謝る事ではありません。」
「伏黒、伏黒っ、“帳”…、結界の効力の足し引きに使える条件っていうのはな、基本“呪力にまつわるモノ”だけなんだ。ざっくり言うと、人間・呪霊・呪物だな。」

フー、と息を吐く。渋谷に着いてすぐ報告を聞くと、私は小春に電話を掛けた。今日は帰れないかもしれないことを伝えると、不安そうに私の名前を呼んだ小春。

「それで、五条さんは?」

上は五条さん一人でこの件を処理させたいらしい。待機を命じられていた私達は、改造人間が非術師を襲い始めたと報告を受け、待機を止め突入の指示を受けた。対応が後手に回りすぎている。猪野君と伏黒くんに一般人の保護を命じると、私達は帳の中に足を踏み入れた。が、それもすぐに、

「ナ、ナ、ミーーーン!!!ナナミンいる――!?」

この声は…、

「五条先生があっ封印されたんだけどー!!」
「!!」
「封印!?」
「2人共、予定変更です。すぐに虎杖君と合流します。もし封印が本当なら、」

『建人さん、』
『パパー!』

「終わりです。この国の人間全て。」

虎杖くんと合流した私達は、虎杖君の耳についたメカ丸君から詳しい報告を受けた。去年の百鬼夜行で五条さんが祓ったと聞いた夏油さんが、一枚噛んでいると。

「緊急事態だ、マルチタスクで頼ム。」

四の五の言ってる場合ではないか…。

「1級でしか通らない要請がいくつかある。外に出て伊地知君とそれらを全て済ませて来ます。3人にはその間に“術師を入れない帳”を解いてほしい。猪野君、日下部さんや禪院特別1級術師もこの“帳”内にいるハズです。合流できた場合、現状を伝えて協力を仰いで下さい。」
「了解!!」
「それから、2人を頼みます。」
「…はい!!」

3人と別れて急いで伊地知君のいる場所まで戻った。己の不甲斐なさに腹が立つなどということは、今までもそしてこれからも私の人生では有り得ない。そう思っていた。…小春に出会うまでは。小春に出会って彼女の呪いを解いた時も、小春が夏油さんに命を狙われた時も、ただひたすらに、この現実を突き付けてくる諸悪を、ただひたすらに、

「ナメやがって。」

だからこそ私は、彼女の幸せを守るために、愛する妻を、息子を守るために、再び呪術師になった。

「いいんだっけ、黒じゃないスーツも殺して。」

腕時計と小春に貰ったブレスレットとネクタイピンは外してポケットに入れた。今日の私は常に時間外労働、時計など見る必要はなかった。そして小春に貰ったブレスレットも、ネクタイピンも、

「仲間の数と配置は?」
「知らない。」

コイツらの返り血で染めたくない。

「仲間の、数と配置は?」
「…知らな、」
「仲間の、数と配置は?」
「だから知ら、」
「させねぇよ!!」
「空気読めよぉ!ん゛え!!」
「ここに来るまで、何人もの補助監督が殺されていました。アナタですね?」
「くっ…ははっ、ご、ごめんなさ、」



...



「雄人?」
「ママはねんねしないの…?」
「ママもねんねするよ。」

雄人と2人で布団に入る。建人さんがいない広いベッドに雄人を招いて、小さな体を抱きしめた。建人さんが命懸けで戦っているかもしれない時に、私は何もできない。私にも呪力があって、建人さんみたいに呪いを祓う力があったなら、少しは彼の大変さを理解できただろうか。

「雄人は、大きくなったら何になりたい?」
「んー…パパみたいになる!」
「パパみたいに?」
「うん!パパみたいにママを守る!」
「…ふふ、ありがとう、雄人。」

眠そうに欠伸を漏らす小さなヒーローを抱きしめて、私も目を閉じた。



 


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