やさしいキスをして
「小僧、せいぜい噛み締めろ。」
意識が体に引き戻されると、俺の頭に流れ込んできたのは、
「う、うゔゔゔゔゔゔううぅううぅぅうゔぅえ゛っ、」
『なんで俺が死刑なんだって思ってるよ。』
「死ねよ。」
『自分の死にざまはもう決まってんだわ。』
「自分だけ!!自分だけぇ!!」
『オマエは大勢に囲まれて、』
「死ね!!今!!」
『人を助けろ、人を、』
『オマエがいるから――、』
『私は悠仁君の幸せを願ってるよ。』
…小春さん…、
「行かなきゃ。」
このままじゃ俺は、ただの人殺しだ。
「戦わなきゃ。」
『…小春さん、ナナミンのことこれでもかってくらい幸せにしてよ。そしたら俺、ナナミンの幸せを守るために戦う。小春さんと雄人のために、ナナミンを守るから。』
小春さんと雄人の為に、ナナミンの為に、
...
「フー…マレーシア…。そうだな…マレーシア……クアンタンがいい。」
なんでもない海辺に家を建てよう。買うだけ買って手をつけていない本が山程ある。一ページずつ、今までの時間を取り戻すようにめくるんだ。小春と雄人と三人で、そこで静かに暮らそう。
『建人さん。』
『パパ―!』
違う、私は今、伏黒くんを助けに…、真希さん…、直毘人さんは?二人はどうなった…?
『建人さん、帰りを待ってますね。』
…疲れた、疲れたな。そう、疲れたんだ。もう充分やったさ。小春、雄人、
「……いたんですか、」
「いたよ、ずっとね。ちょっとお話するかい?君には何度か付き合ってもらったし。」
灰原、私は結局何がしたかったんだろうな。逃げて、逃げたくせに、やり甲斐なんて曖昧な理由で戻ってきて。
「虎杖、」
「ナナミン!!」
駄目だ灰原、それは違う、言ってはいけない。それは彼にとって“呪い”になる。それに私は、
「虎杖君、」
私は、帰らなくてはいけないのだから。
「後は、」
家族のもとに―――、
「頼みます。」
...
チリン、音がした。目の前で起こったことに頭が一瞬追いつかなかった。ナナミンが、
『そしたら俺、ナナミンの幸せを守るために戦う。小春さんと雄人のために、ナナミンを守るから。』
なにが、なにが、なにが…!!!何が守るだよ!!!
「……オマエは、なんなんだ!!真人!!」
「デケェ声出さなくても聞こえてるよ!!虎杖悠仁!!」
…
「…建人さん?」
玄関が開いた音がして目が覚めた。隣にはすやすやと寝息を立てる雄人がいる。起こさないようにリビングに向かった。消していたはずの廊下の電気がついている。
「建人さん、帰ったんですか?」
返事はなかった。着替えてるのかな?建人さんの部屋のドアを開ける。電気はついていない。
「建人さん…?」
電気をつけて家中を探し回った。もしかして私を驚かせようとしてるの?だから隠れてるのかも?
「建人さん、お帰りなさーい?どこにいるんですかー?」
相変わらず返事はない。…どうしたのかな?
「…ままぁ、」
「あ、雄人、ごめんね、起こしちゃった?」
「ぱぱがね、」
「ん?」
「ママをたのみます、って。」
「…え?」
パキン、音がした。テレビ台の横に置いたビードロの、
「…けんと、さん…?」
「ママぁ、パパまだお仕事なの?」
雄人が私に抱き着いた。それを優しく抱きしめ返す。そしてふわりと香った、建人さんの香水の香り。
「…建人さん…、お帰りなさい、」
「ママぁ?」
「雄人…っ、雄人…ぅっ、ふぅっ、」
「ママ、泣かないで、痛い痛いの飛んで行け!」
「はっ…、ぁ、りがと、雄人、ありがと、」
「パパが、」
「…建人さん、いるの…?」
「ママの事、愛してるって、」
「…はっ…、あぁ…っ、私も、愛してる…っ、建人さん…っ、」
『ただいま、小春。』
第四部 完