ぼくのおとうさん




ぼくのおとうさん
1ねん2くみ ななみ ゆうと

ぼくのおとうさんは、じゅじゅつしです。じゅじゅつしは、わるいおばけをたおすしごとです。ぼくのおとうさんは、わるいおばけをたおすために、いつもたたかっています。ぼくは、そんなおとうさんがカッコよくて、だいすきです。おとうさんは、いつもおかあさんをだいじにしています。ぼくも、おかあさんがだいすきなので、おとうさんみたいにだいじにしたいです。ぼくはいつか、おとうさんみたいにつよくてカッコイイおとなになって、おかあさんをしあわせにしたいです。おかあさん、いつもありがとう。おとうさん、はやくかえってきてね。






俺の母さんはとっても優しい人だった。名前は七海小春。父さんは、俺が3歳の時に亡くなったらしい。俺の名前は七海雄人。父さんの名前と、父さんの大事な友達の名前から付けたって、母さんが言ってた。俺は父さんのことあんまり覚えてないけど、母さんが言うには俺は父さんそっくりらしい。身長も180センチは超えてるし、髪の色も日本人離れした金色で良く染めてるのかって聞かれてた。あ、でも目の形は母さんに似てるんだって。母さんの目は優しい。俺の目も優しいって。母さんはよく父さんの話をしてくれた。出会ったきっかけっていうか…馴れ初め?も、聞き飽きるくらい何度も聞いた。聞く度に思っていた。きっと二人の出逢いは、運命的なものだったんだろうと。

「雄人、お母さんはね、あなたが長生きしてくれたらそれで十分幸せ。彼女の事、大事にね?」

いつだったけ。…ああそうだ、俺が初めて彼女が出来た時に言われた言葉。母さんはいつだって正しい事を言っていた。

「人の事を悪く言ってはいけません。人を呪わば穴二つ、って言うの。必ず自分に返ってくるのよ。」

母さんは…というか、母さんの家系はずっと呪いというものに苦しめられていた。母さんは人の悪口を言ったりしないし、俺がつい友達の愚痴を零すとそう言っていつも注意した。じゃあ人の事を嫌だと思ったら?そう聞けば、嫌なら関わらなくていいのよ、って。ま、今考えてもこれは難しい話だと思う。俺が中学を卒業する頃、一人の男が家を尋ねてきた。五条さんとかいう人。背が高くて顔も良くて、どっかで会った事ある人だって思ってたら、俺の顔を見て一言。

「ハハッ、ホントに高専時代の七海そっくりに育ったね。懐かしいなぁ。…あ、でもやっぱり目は小春さん似だね。」

母さんはいつもテレビ台に飾った父さんの写真を見ていた。五条さんの言う通りで、まるで俺が写ってるのかと勘違いするくらい俺と父さんは似ている。父さんと五条さんは“呪術師”という仕事をしていたらしい。聞いた話だけど、俺には呪力がない。母さんもないらしい。高校は調理系の高校に通って、パン作りを学んだ。俺の物心着く頃から母さんは、父さんが好きだったパンを毎年その日に焼いていた。だから俺もパンを好きになった。あんまり覚えていなかった父さんを思って、毎年母さんと一緒にパンを焼くようになった。それからパン作りに興味を持って、いずれパン屋さんになりたいって思った。母さんにそれを伝えると泣いて喜んで、父さんにも食べさせたいって言った時は俺も泣いた。

母さんは老衰で亡くなった。皺くちゃなお婆ちゃんになっても毎日化粧して、身なりも綺麗にしていた。聞けば「建人さんが天国で見てるでしょ?恥ずかしいじゃない。」って。亡くなる前から少しずつ呆けてきて、よく俺のことを「建人さん」って呼んだ。俺はその度に、母さんの名前を呼んだ。そうすると、母さんは本当に嬉しそうに、幸せそうに笑った。母さんは最期、俺の顔を見て、俺の手を握って、

「雄人、こんなお母さんでごめんね、ありがとう…愛してる、」

きっと母さんは、自分が俺を父さんと間違えてることに気付いてたんだと思う。俺は母さんが喜んでくれるならと思って、父さんのフリをしていたけど、最後に俺の名前を呼んでくれた時はすごく嬉しかった。そして、凄く寂しかった。母さん、俺も母さんのこと愛してるよ。天国で父さんと仲良く過ごしてね。おやすみなさい。俺は母さんの棺の中に、2人が好きなカスクートを…2人が食べてくれるようにって、作って、入れた。






――――――
・七海建人(享年28歳)
東京都立呪術高等専門学校を卒業後、一般企業に勤める。その後橘小春と結婚。後に呪術師に復帰。2018年10月31日、渋谷事変にて殉職。多額の貯金を七海小春、七海雄人宛てに残す。

・七海小春(享年97歳)
結婚記念日兼、七海建人の命日である10月31日、毎年雄人と共に仮装をして、カスクートとパンプキンパイを焼いた。七海建人の遺書に同封されていた「姻族関係終了届(亡くなった相手と離婚する届)」は提出せず、死別後恋人もなく独身を貫く。

・七海雄人(享年91歳)
調理系の専門学校に進み、卒業を機に小春と共にパン屋を経営。店の名前は「ベーカリー ナナミン」カスクートとパンプキンパイが人気メニュー。何度かテレビや雑誌に載ることもあった。28で結婚、2人の娘に恵まれる。その後、妻子と共に店を切り盛りし、娘2人が店を継いだ。
――――――






「小春、」

私を呼ぶ声がする。懐かしい声が。

「小春、起きてください。」

私はゆっくり目を開けた。目の前には、愛してやまない、恋焦がれた建人さんの姿。

「小春、会いたかったです。」
「…建人さん、」

建人さんが微笑む。昔と変わらない素敵な笑顔だった。これは、夢かしら。私は建人さんに手を伸ばして、

「…やだわ、私ったら、こんなに皺くちゃになっちゃって、見ないで建人さん…。」

皺くちゃな手を見て両手で顔を覆った私。

「小春、あなたはいくつになっても美しい私の妻です。約束を守ってくれてありがとう。おかげでとても待ちました。」
「…建人さん、夢じゃないのよね、これ、」
「はい、小春。これでようやく、自分の口で言えますね。ただいま、小春。」
「…っ、お帰りなさい、建人さん、ずっと、待ってたんですよ…、」
「私も、ずっと待ちました。」

建人さんが私を抱きしめた。その胸に体を預けて、私はもう子供のようにわんわんと泣いた。建人さんは私を抱きしめながら、静かに涙を流した。

「…これ、」

落ち着いたころ、建人さんが小さな紙袋を持ち上げた。中にはカスクートが2つと、手紙が入っていた。

『父さんと母さんへ 2人で食べてください。育ててくれてありがとう、愛してる。 雄人』

「そうだ、建人さん、雄人はパン屋さんになったんですよ!」
「その様ですね、紙袋に店名が書いてあります。「ベーカリー ナナミン」…また懐かしい名前ですね。」
「悠仁君が建人さんの事をそう呼んでたでしょう?だから、そこからとろう、って雄人がつけたんです。テレビや雑誌にも載ったんですよ、」
「小春、ゆっくり聞かせてください。時間はたっぷりありますから。」

建人さんがそう言って、私の頬を撫でて微笑んだ。昔と変わらないその顔に、私は涙を流して頷いた。気付けば皺くちゃだった手は昔の若い頃の肌に戻っていて、私達は二人で目を丸くした。

「凄い、何が起きたんですかね?」
「分かりません。でも、これで過ぎた時間を感じず寂しくないですね。」
「ふふ、そうですね。愛してます、建人さん。今も昔も、生まれ変わっても。」
「私も小春を愛してます。あなたと出逢ってからも、死んでからも、ずっと。生まれ変わっても、また私と結婚してください。」
「勿論、喜んで。」

2人で額を合わせて、涙を流しながらキスをした。それから私達は、雄人の作ったカスクートを食べながら、思い出話と、私が見てきた雄人の話を建人さんに話した。生まれ変わる、その時が来るまで。



―――七海建人の結婚記録―――
完結

長い間ご愛読ありがとうございました。




 


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