とろける




飲んだら乗るなの続き




私は昨晩作ってラッピングしたそれを紙袋に入れて家を出た。家の前で待っていた悠仁君に挨拶をして、紙袋から1つラッピングされた小さな袋を差し出す。

「ハッピーバレンタイン!」
「え、いいの!?」
「いつも私と建人さんの事見守ってくれてありがとう、悠仁君。」
「小春さん…!よっしゃー!毎年ありがとう、小春さん!」
「建人さんにバレたら怒られるかもしれないから、内緒にしてね?」
「あ…うん、絶対バレないように今食っていい?」
「うん、」

悠仁君は袋を開けて、一口サイズの生チョコを口に含んだ。…どうかな?

「ぅんめぇ!はぁ…最高の口溶け…!!」
「良かった!」
「あ、俺も、はい、ナナミンにバレたら殺されそうだから、義理!」
「ふふ、ありがとう。」

悠仁君がくれたのはチロロチョコ。悠仁君がチョコを食べるのを見ながら、私は建人さんに連絡を入れた。今家を出ました、と。建人さんからぺこりと頭を下げるクマのスタンプが返ってきた。

『気を付けて来てください、学校で待っています。』
『はい!あとでチョコを渡したいので、今日のお昼も準備室に行ってもいいですか?』
『ええ、勿論。楽しみにしています。』

私はハートを持った猫のスタンプを返した。学校についてHRまでに伏黒君と野薔薇ちゃん、灰原さんにもチョコを渡した。HRが終わるとクラスの女子たちが建人さんの元にわらわらと集まっているのを見て、私はちょっとだけもやっとした。

「七海せんせー、チョコあげるー!」
「校則違反です。学校に必要ないものを持って来ないでください。それと、愛する妻がいますので受け取れません。」
「えっ!?七海先生結婚してるの!?」
「…してはいけませんか、」
「えぇ…ショックぅ…!」

建人さんの言葉に、私はもやっとした気持ちはどこへやら。にやける口元を両手で覆って、建人さんを見つめた。建人さんが一瞬だけ私に目を合わせて小さく笑った。…嬉しい…。

「ごじょせんとげとせんは受け取ってくれたよ〜?」
「あの2人には私から厳しく言っておきます。あなた達も、バレンタインで浮かれるのはいいですが、学生の本分は勉強です。授業の準備をしてください。それでは、」
「あー、七海せんせー!」

建人さんが教室を出て行き、私は1限目の準備をしながらにやけが止まらなかった。1時限目は数学で、五条さんの授業。

「じゃ、問1…小春ちゃん!」
「あ、はい、」

当てられた私は黒板にチョークで答案を書く。

「正解!流石学年トップ!ご褒美に僕の手作り本命チョコをプレゼント☆」
「え、」
「いいなあ、橘さん!」
「ごじょせん私にもチョコちょうだあい!」
「残念だけど、僕小春ちゃんの分しか準備してないから!メンゴ!」
「「「ずるい!!」」」
「じゃ、小春ちゃん席に戻っていいよ〜。」

五条さんが私の頭を撫でて、私は受け取ったチョコを見ながら首を傾げる。…何で私だけ?手作り?その時間私はずっとクラスの女子からの視線が刺さって痛かった。授業が終わって、私は五条さんにいつもお世話になってるお礼に、とチョコを渡した。

「マジ?」
「あの、義理ですが…、いつもお世話になってるので、」
「やったー!大事に食べるね?」
「あの、五条先生もチョコありがとうございます。」
「どういたしまして!」

五条先生は両手一杯に女子達から貰ったチョコを持って教室を出て行った。次は夏油さんの古文の授業。私は席に戻って授業の準備をした。悠仁君が準備を終えたのか私の机に来た。

「五条先生が小春にチョコ渡すって、どうしたんだろ。」
「うん、私もびっくりしちゃった…。」
「…ナナミンにバレたらヤバいんじゃない?」
「…私もそんな気がする…。」

建人さんの名前を出す時は、悠仁君はこそこそと声を潜めて話してくれる。私もそれに小声で返した。古文の授業が始まると、夏油さんからの視線を感じて私はまた首を傾げる。授業が終わって夏油さんにもお世話になってるので、と義理チョコを渡した。

「いいのかい?」
「あの、義理ですが…、」
「義理でも嬉しいよ、ありがたくいただくね。…はい、私からは、本命。」
「え?」
「他の女子達には内緒だよ、あと…七海にも。」
「え、あの、」
「それじゃあ、またね。」

夏油さんも私に本命だと高級そうなチョコをくれた。夏油さんも両手一杯にチョコを持って去っていった。私はまた首を傾げる。…なんで2人共本命?私は貰ったチョコを鞄に仕舞った。鞄の中には五条さんと夏油さんに貰ったチョコ。…どうしよう…。3限目は歴史の授業で、伊地知さんの授業。伊地知さんにも授業の後にチョコを渡した。

「伊地知先生、これ、義理なんですが…いつもお世話になってるので、」
「えっ!?いいんですか…?!」
「…前世でもたくさんお世話になったので、そのお礼も兼ねてます。」
「ありがとうございます…!大事に頂きます…!」
「こちらこそ、いつもありがとうございます。」
「…私もその、義理ですが、良かったら七海さんとどうぞ。」
「え、あ、ありがとうございます、」

伊地知さんも私にチョコをくれた。鞄の中にチョコが増えた。伊地知さんが教室を出て行くと、私は次の授業の準備をした。次は化学、建人さんの授業で化学室に行く。私は悠仁君と一緒に科学室に向かった。授業の準備をしている建人さんの周りにはまた女子生徒達が集まっている。…いつもの事だけど、やっぱり少しもやもやした。

「ナナミンナナミン〜、」
「七海先生、です。何でしょう。」
「チョコ受け取ってよー。」
「私も本命作った!」
「私も〜!」
「ですから、学校に関係のないものを持って来ないでください。私は受け取りません。」
「「「え〜!」」」
「…そろそろチャイムが鳴りますから、座ってください。」

建人さんの授業中、私はじっと彼の目を見つめた。丸い眼鏡を時折指で押し上げながら、白衣を着た彼は黒板に綺麗な文字を書いていく。…好き…。カッコいい…。

「…では、ここを橘さん、」
「は、はい!」
「次の問題は…では、虎杖君、お願いします。」
「応!」
「虎杖君、返事ははいです。」
「あ、ハイ!」

当てられた私と悠仁君が黒板に化学式の答案を書く。建人さんは私の答案を見て小さく頷いて、フッと笑った。

「橘さん、流石ですね。虎杖君、ここは…、」
「え、俺間違えた?!」
「授業は真面目に聞くように。こっそり漫画を読んでいるのはバレていますよ。」
「すんませんっした!!」

クラス中がくすくすと笑いに包まれる。悠仁君が恥ずかしそうに頭を掻いた。

「お2人共席に戻ってください、ありがとうございます。」

科学の授業が終わって、私は黒板を消している建人さんの元に行く。科学室には私と建人さんしか残っていなかった。

「建人さん、お弁当持ってきますね。」
「ええ、待っています。」

私は教室に戻って、建人さんと私の分のお弁当と、建人さんの分のチョコが入った鞄を手に教室を出た。人が周りにいないのをしっかり確認して、準備室のドアをノックした。建人さんがドアを開けて私を出迎えてくれた。

「……周りに誰もいませんね、どうぞ入ってください。」
「失礼します、」

準備室の中は綺麗に整理されていて、流石建人さんだと思った。棚で隠れるように置かれたソファに座って鞄からお弁当箱を出す。建人さんは外から見えないようにカーテンを閉めた。空調がついてるから窓も閉まっている。ここは私と建人さんが毎日密会するための秘密の場所。他の生徒達に知られてはいけない場所。私は自分の分と一緒に建人さんに毎日お弁当を作っている。2人でお弁当を食べて、今日の夕飯の献立を決める、それが日課。お弁当を食べ終えて鞄に仕舞おうとした時に、がさりと鞄の中から零れ落ちた箱。…あ、

「…小春、これは何でしょう。」
「…あの…五条さんから頂きました…。」
「………。」
「あの、授業中に貰って、お返しできなくて、」
「…もしかして、他にも誰かからチョコを受け取ったんですか?」
「あ、あの、」
「出しなさい、小春。」
「…ごめんなさい、建人さん。」

私は正直に貰ったチョコを机の上に置いた。悠仁君からの義理チロロチョコ、五条さんからの手作り本命チョコ、夏油さんからの本命チョコ、伊地知さんからの義理チョコ。建人さんの眉間に皺が寄っていく。私は肩身を狭くして建人さんの様子を見つめた。

「……私にはないんですか、」
「あります!皆さんには義理チョコを、いつもお世話になってるので配っただけで、建人さんには本命チョコを、」
「…では、これらは没収します。私から返しておきますので、」
「あ、はい、」

建人さんは私が貰ったチョコを机の隅に寄せた。私は鞄から皆に配ったものと同じものを取り出して、建人さんに渡した。

「本命チョコは家の冷蔵庫に冷やしてるので、帰りに一度取りに行ってもいいですか?」
「ちなみに、何を作ったのか聞いても?」
「生チョコムースです。」
「それは楽しみですね、では帰りに寄りましょう。他にも受け取った物は私が預かります。」
「これだけです。」
「よろしい。では、小春が作ったチョコを頂きます。」

建人さんが私の作った生チョコのラッピングを開けた。建人さんがチョコを口に含んで、私の顎を掴んだ。建人さんの口の中で溶けたチョコが私の口の中に流れ込む。建人さんの舌が私の口の中を舐めるように動いて、チョコが溶けきると今度は唾液が流れ込んできた。私はそれを飲み下して、彼の目を見つめる。目が合ってフッと笑った建人さんの色気にくらりと眩暈がした。

「美味しいです、とっても。」
「…っ、私も、美味しかったです、」
「もうひとつ、」
「んっ、」

生チョコを食べきるまで、建人さんと一緒にキスをしながらゆっくりと時間をかけて食べた。昼休みが終わる頃には私は息が上がってしまい、建人さんは私の頬を撫でてフッと笑う。

「今日はケーキも小春も頂きます。いいですね?」
「…建人さんのえっち、」
「小春にだけです。」
「愛してます、建人さん。チョコと一緒に私も食べてください、」
「私も愛してますよ、小春。言われずともそのつもりです。」
「…明日が土曜日でよかったです。」
「そうですね、好きなだけ小春を食べられる。」

そう言って建人さんは私にキスをして、唇についたチョコを舐めとった。……これはあとで聞いた話だけど、五条さんと夏油さんの本命チョコは建人さんが2人の目の前でごみ箱に捨てたらしい。



 


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