もう一度




思い出をなぞるの続き



小春から貰った誕生日プレゼントのネクタイピンを付けて仕事に向かう。前世と似たようなそれを見た時、私は嬉しくて泣きそうになった。私の誕生日は丁度休日だったため、1日中小春と一緒に過ごすことができた。昼間はランチデートをして、夜は小春の手料理を振舞って貰った。前日の内に焼いておいたというケーキも一緒に。次の日も休日だった為、その日は小春を優しく抱き、翌日は2人でのんびり家で過ごし、夜には小春を家に送り届けた。それから毎日、彼女に貰ったネクタイピンを使っている。私は彼女の17の誕生日に指輪の箱と婚姻届けをプレゼントした。その日の内に婚姻届けに名前を書き、後日改めて両家に挨拶に行く事を約束すると、オーダーメイドの店に結婚指輪を注文しに向かった。私も小春も前世と同じデザインにしようという意見だった為、デザインはすぐに決まった。少しして互いの家に挨拶をし、婚姻届けの証人の欄に記入をして貰うと、その年のハロウィンの日、小春と共に役所に婚姻届けを提出した。小春が卒業してからでも良かったのだが、やはり早く彼女を私の妻として迎えたいと思い、その年にしたのだ。そして今日授業の合間に、指輪が完成したという連絡を貰った。小春は3年生になっていた。大学受験、就職活動などが始まるため、3年生は忙しくなる。うちの学校は3年間クラス替えなし、担任も変わらない。それ故に私は3年間彼女の学校生活を一番近くで見守ることができた。今日は3年生になって初めての進路希望調査の日。

「お配りしたプリントは、進路希望についてです。来週末一度回収し、その後2者面談をします。今はまだ具体的に進路を絞れていなくても構いません。自分のやりたい事、就きたい仕事について、進みたい大学について、思いついたものを書いて下さい。分からなければ相談を。HRは以上です。忘れ物、帰り道にはお気を付けて、寄り道をせず帰ること。部活のある方はしっかりと励むように。以上です。今日も一日お疲れ様でした。」
「きりーつ。気を付けー、礼。」
「「「「「さようならー。」」」」」
「皆さんさようなら。日直の方は日誌をお忘れなく。」
「はーい。」

HRが終わり、教室を出て行く生徒たちの姿を暫く見送る。日直の生徒から日誌を受け取り、小春に視線を向けた。小春は進路希望調査のプリントを手に悩ましい顔をしていた。

「…橘さん、どうかしましたか。」
「…あ、えっと、」

小春は教室に残った生徒を気にしている。私は彼女の元へ歩み寄る。

「…後で、相談してもいいですか?」
「…ええ、勿論です。私も後で話があります。」

小声で会話を交わし、小春はプリントを鞄に仕舞った。教室から誰もいなくなり、私と小春だけになると小春は小さく笑う。

「今日はアルバイトの日なので、終わったら連絡しますね!」
「ええ。それと、指輪が出来たと連絡がありましたので、次の土曜日に一緒に取りに行きましょう。」
「はい!楽しみですね!」
「ええ、とても。」

小春の頭をひと撫でし、一緒に教室を出て途中まで一緒に歩いた。小春と別れると職員室に向かい、日誌を確認し、仕事を終わらせる。小春はあれからアルバイトを続けている。少し体力がついたと言っていたが、これから彼女はどうするのだろう。私としては小春が望むように過ごして欲しいと思ってはいる。大学進学なり、専業主婦なり、小春の人生を好きに過ごして欲しい。が、やはり心配もある。大学と言えばサークル活動、先輩や友人との交流、それにレポート課題。小春がもし大学に進学したとして、アルバイトを続けるかどうかも問題だ。無理が祟ってまた倒れるようなことがあっては、昔に比べて職場を離れる事ができない私としては心配でその内胃に穴が空いてしまうだろう。

「七海ぃ〜、七海のクラスも配った?進路希望。」
「ええ、勿論。」
「小春ちゃんどうするか言ってた?」
「…まだ何も聞いていませんが、何故五条さんが気にするんですか。」
「え〜だって気になるじゃん。小春ちゃんが大学生になったら絶対やばいって!サークルとか入ってみ?モッテモテよ?」
「それは間違いないだろうね。」
「…夏油さん、」
「しかもそのサークルが飲みサーだったりヤりサーだったらどうするよ?小春ちゃんが見知らぬ男達に「ありえません。」
「七海、そう言い切れるのかい?」
「小春はあなた達とは違い真面目ですから。」
「分かってないねぇ〜、傑君。」
「分かってないねぇ〜、悟君。」
「「真面目だからこそ断れない。」」
「………、」
「今ちょっと確かにとか思ったでしょ?」
「思ってません。」
「私としては小春ちゃんが専業主婦になっても心配だねぇ。」
「あー分かる。」
「近所に住む男が小春ちゃんが1人なのを狙って押し掛けてきたり、」
「宅配業者の男が小春ちゃんが1人なのを狙って襲い掛かってきたり、」
「「なあいいだろぉ奥さん!」」
「………、」
「今ちょっと確かにとか思ったんじゃないかい?」
「思ってません。」
「七海ぃ〜、小春ちゃんの進路希望真面目に考えた方がいいよ〜?」
「言われずともそのつもりです。それに、大学進学や専業主婦だけが候補じゃないでしょう。就職する可能性だってあります。」
「就職しても心配でしょう!」
「先輩とか上司にセクハラされたりしてね。」
「給湯室に連れ込まれていや〜んな事になったりしてね。」
「飲み会の席で断れずに飲まされ…、」
「酔った小春ちゃんをラブホテルに連れ込み…、」
「あなた達はさっきから何の話をしてるんですか。」
「「ありそうなシチュ。」」
「如何わしい動画の見過ぎです。お先に失礼します。」



...




「お待たせいたしました、アイスコーヒーをご注文のお客様。」
「あ、俺でーす。」
「失礼いたします。アイスティーをご注文のお客様。」
「はーい。」
「失礼いたします。…ごゆっくりどうぞ。」

注文されたドリンクを運び終えてバックヤードに戻ると、脹相さんがシルバーを磨いていた。脹相さんは建人さんにアルバイトしている事が見つかってから、よく私を心配してくれるようになった。なんでも、悠仁君のお兄ちゃんだから、悠仁君の幼馴染の私も妹と思って大事にする、とか何とか…。あとなんでか知らないけどお兄ちゃんと呼ぶように言われた。流石に仕事中にそんな呼び方は出来ないので未だに呼んだことはないけど。この喫茶店でのアルバイトも、1年が経ってかなり慣れてきた。体力面が心配だったけど、今のところ倒れるようなこともなく、むしろ少し体力がついた気がする。

「小春、」
「はい、」

そうそう、脹相さんは私を名前で呼ぶようになった。お兄ちゃんだから名前で呼ぶのは当然だ、とか何とか。

「さっき悠仁から連絡が来たんだが、進路希望の時期らしいな。」
「ああ、はい。今日配られたんですけど、悠仁君は何か言っていましたか?」
「サッカーで特待を受けたいとか何とか言っていた。まあ、悠仁の運動神経の良さならプロになるのは間違いないだろう。」
「そうなったら、脹相さんも私も鼻が高いですね!」
「そうだな。小春は進路どうするつもりだ。」
「…んー…迷ってます。進学も就職も、前世と同じで体が弱いこともあって…、」
「…結婚したのだろう。専業主婦でもいいんじゃないか。」
「そうですねぇ…。」
「なにか悩みがあるなら相談に乗ろう。」
「ふふ、じゃあお言葉に甘えて。実は『ピンポーン』…あ、オーダー行ってきます。」
「ああ。」



...




小春がアルバイトの今日は、1人でいつものパン屋に行き、明日の朝食のパンを買った。1人で夕飯を食べ、小春からの連絡を待つ間に入浴を済ませる。時間が余れば科学雑誌を読み、アルバイトの終わる時間が近付くと家を出て車で小春の働く喫茶店に向かう。駐車場に車を停め、小春から来ていた連絡に外にいると返信をした。

「建人さん、お待たせしました。」
「お疲れ様です、小春。」
「建人さんもお疲れ様です。今日もお迎えありがとうございます。」
「いいえ、好きでしているので。動きますよ。」
「はい、お願いします。」

車を走らせる間、小春から今日の出来事について聞くのも最近では悪くない日課になっている。次の土曜日の待ち合わせ時間を決めると、気になっていた話題を振った。

「小春は進路、どうするつもりですか。」
「その事なんですけど…、建人さんはどうして欲しいですか?」
「私ですか?」
「はい。」
「私としては、小春の人生ですから小春の希望を優先して欲しいと思っています。就職するのも、大学進学するのも、専業主婦になるのも、小春が進みたいと思う未来を私は応援しますよ。」
「………私、進みたい学校があるんです。」
「では進学を希望しているということですね。」
「はい、あの…また、パン屋さんをやりたいなって…思って…。」
「パン屋さん…。」
「前世では雄人と一緒にパン屋をやりました。凄く大変でしたけど、美味しいと言ってパンを買いに来てくれる常連さんや、楽しそうにパンを選ぶお客さんの顔を見るのが好きだったんです。それに、雄人がパン屋さんになりたいって言ってくれた時も、すごく嬉しかったから…。」
「私はいいと思いますよ、パン屋さん。」
「本当ですか?」
「ええ、勿論。私も生きている内に小春や雄人の焼いたパンを食べたかった。あの世では1つしか食べれませんでしたが、とても美味しかったですよ、雄人の焼いたカスクート。」
「そうですね、とっても美味しかったです。」
「生まれ変わってまたこうして小春と出会え、結婚し、共に過ごしていく時間が前世より増えたのも嬉しいですし、またあなた達が焼いたパンを食べれるのなら、私はもっと幸せです。ですから、いいと思います。」
「…そう言って貰えて、とても嬉しいです。ありがとうございます、建人さん!」
「どういたしまして、小春。勿論、店の名前はもう決まっているのでしょう?」
「はい!『ベーカリー ナナミン』です!」
「それは最高だ。」
「ふふふっ、最高ですね!」

次の土曜日、小春と共に指輪を受け取りに行った。デザイン通りの指輪を受け取り、互いの左手の薬指に嵌め、私達は再び夫婦としての証を手に入れた。その後、私は毎日指輪を嵌めて出勤。小春はまだ学生なので私の家にケースに入れて指輪を保管している。休日出掛ける際は指輪を嵌めて嬉しそうにそれを撫でる小春に、私は愛おしさを込めて愛を囁きキスをした。小春の進路希望調査のプリントには、都内にある調理系の大学の名前が書かれ、受験間近まで小春はアルバイトを続けた。成績も申し分なく、小春は受験に合格。小春の卒業までに2人で家を探し、春には引っ越しが決まった。そして、

「卒業証書授与。」

小春は高校を卒業した。これから彼女は、橘小春ではなく七海小春として、私の妻として、再び私と共に人生を歩むことになる。

「小春が大学を卒業したら、パン屋を建てましょう。」
「いいんですか?」
「そして私も一緒に店を手伝います。」
「建人さん…、教師を辞めるんですか?」
「ええ。私も小春と一緒にパンを焼いて、私達の焼いたパンを喜んでくれるお客さんの顔が見たい。」
「…建人さん…、嬉しい…!」
「ですから、それまで私は教師として、あなたは大学生として励みましょう。」
「はい!」
「それから結婚式ですが、今年のハロウィンに間に合わせましょう。」
「ふふっ、楽しみですね!また皆で仮装してお祝いしましょうね!」
「ええ、勿論。とても楽しみです。愛していますよ、小春。」
「私も、建人さんを愛してます。」



 


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