狐につままれる




もう一度の続き
※パン屋の店員の名前は公式表記ありませんので勝手につけました※




高校を卒業して、私はパン職人になるために大学に通い始めた。そこで出会ったのは、あのパン屋の店員さんだった。山崎さんというらしい。彼女も前世の事を覚えていて、私達は意気投合。すぐに大学で一番の親友となった。授業は、実習でパンやお菓子を作り、座学では衛生、栄養学についてなどを学んだ。本当は高校を出てからパン屋さんで働くという手もあったけど、お店をやるために必要な知識をきちんと身につけておきたかったので、迷わず進学した。実習はかなり大変だった。貧血で倒れる事が減ったとはいえ、体力がなかった私はかなり苦労した。でも実習をしている内に力もついたし、体力もついた気がする。山崎さんとはよくパン屋さんの話をした。どこのパンが美味しかったとか、あそこのパンの値段が安いとか。教えて貰ったパン屋さんには休日に建人さんと一緒に買いに行ったりもした。建人さんとの新居は、私の通う大学と、建人さんの働く高校の、丁度中間あたりにした。結婚指輪は実習中はチェーンに通して首に掛け、それ以外はきちんと左手の薬指に嵌めている。授業が終わって山崎さんと一緒に、私が働いていた喫茶店でお茶をしていた時だった。

「おい、どうなってるん!」

私の後ろの席で突然大声を出した男の人。振り返ると、金髪にピアスを付けた若い男の人と目が合った。

「…何見てん、見せもんちゃうぞ!」
「あ…、すみません。」
「チッ、」

すぐに脹相さんが男の人の席に向かうのが見えた。

「…オマエは、」
「あ゛?オマエ…、」
「…一先ず話を聞こう。」
「…虫や。」
「虫?」
「よぉ見ろや!ここ!!虫入ってるやろ!!」
「……チッ、」
「おい、今舌打ちしたな?どうなってるんやこの店ぇ!」
「騒ぐなら表に出ろ。」
「上等や!」

脹相さんがキレている。もしかして、前世で関りがあった人なのかな?

「…小春さん、大丈夫ですかね…?」
「…どう、だろう?」

心配した山崎さんが声を掛けて来たけど、私も正直心配だ。脹相さんと男の人が互いに胸ぐらを掴んで睨み合っている。店長が慌てて出てきた。男の人が脹相さんを殴って、脹相さんの体が私達のテーブルにガシャンと突っ込んだ。

「きゃっ!?」
「…すまない小春、怪我はないか。」
「あ、私は大丈夫ですけど、」
「…なんや、オマエ等知り合いか。」
「小春は俺の妹だ。手を出すな。」
「妹?」
「あ、えっと、妹的な関係というかなんというか、」
「……オマエ、名前なんや。」
「え?」
「言わなくていい。」
「え、」
「オマエに聞いてへん。俺はその女に聞いたんや。」
「えっと、」
「お、お客様、落ち着いて下さい!すぐに新しいものにお取替えいたします!」
「フン!」
「脹相君!すぐにお下げして!」
「…分かった。」

ざわざわと店内が騒がしくなって、私と山崎さんは気まずく目を合わせた。

「騒がしくしてすまなかったな。小春、会計の時は俺がレジにつく。迷惑を掛けたから俺の奢りだ。」
「え、そんな悪いですから!」
「オマエも、俺が奢る。小春が世話になっている礼だ。」
「え、私ですか!?」
「帰る時は呼んでくれ。」
「あ、はい、」
「…い、いいんですかね、私まで?」
「…どうなんだろう?」

それからしばらく、山崎さんから前世でのパンの話や経営についての話を聞いて、帰り際に言われた通り脹相さんに声を掛けた。

「また来ますね、脹相さん。」
「ああ、頑張れよ小春。それと、俺の妹を頼んだぞ。」
「あ、はい!ご馳走様でした!」
「ご馳走様でした、脹相さん。」
「お兄ちゃんと呼んでくれ。」
「あ、はい、お兄ちゃん。」
「小春ー!!!」
「え、ちょっと、脹相さん!?」

言われた通りお兄ちゃんと呼んでみれば、脹相さんはその場に膝をついて泣きだした。ギョッとする私と山崎さん。

「…本当に兄妹なんですか?」
「あ、いや、私が働いてた時に色々教えて貰って、あと前世でも少し、」
「あ、なるほど…。」
「小春、絶対にまた顔を見せに来い。」
「分かりましたから、泣き止んでください脹相さん。店長が見てますよ?」
「…ぐすっ、」
「おい、会計終わったならちゃっちゃと退けや。」

振り返ると、さっきの金髪の男の人がいた。すみません、と声を掛け、山崎さんと店を出ようとした。

「俺の妹に、」
「脹相さん、私は大丈夫ですから!ご馳走様でした。」

脹相さんに声を掛け、金髪の人にも視線を向ける。

「あの、すみませんでした。脹相さんは悪い人じゃないので、またこの店使ってください。美味しい料理もありますら。」
「…フン、」
「それじゃあ、失礼します。」

ぺこりと頭を下げて、山崎さんに声を掛けて店を出た。スマホを見れば18時。建人さんが帰ってくる前に家に着くだろうか?

「山崎さん、また明日!」
「小春さん、気を付けて!」
「ありがとう、山崎さんも!」
「じゃーねー!」

お店の前で山崎さんと別れてひとりバス停まで歩きだした。帰りに近くのスーパーに寄って夕飯の材料を買って、と頭の中で考えていると、

「おい、」
「はい?」

さっきの男の人がいた。…なんだろう?

「オマエ、名前は。」
「……えっと、」
「…早よ名乗れや。」
「…七海小春です。」
「…ふーん、」

名前を聞いておいて、ふーん?男の人は腕組みをして、私の上から下へと視線を向けた。…なんか、失礼…。

「…顔も体も悪ぅないな。」
「え?」
「おい、スマホ出せ。」
「…あの、急に何でしょうか。」
「ええから早よスマホ出せ。」
「…あの、あっ、」

手に持っていたスマホを奪い取られ、私は慌てて手を伸ばした。

「なんなですか!?」
「おい、ロック番号言え。」
「返してください!」
「オマエ、今日から俺の女にしたる。分かったら早よロック外せ。」
「ちょっと、急に失礼です!それに私、結婚してます!」
「は?」
「もうっ、」

ぽかんと口を開けたその人からスマホを取り返す。男の人は私の左手をがしりと掴んだ。

「痛っ、」
「…ホンマや…、指輪…、」
「離してください、」
「……おい、」
「なんですか?名乗りもせずに失礼です!」
「…禪院直哉。名乗ったやろ。早よ連絡先寄こせや。」
「私、旦那にしか興味ありませんから。手を離してください、」

段々怖くなってきて体が震えた。禪院直哉と名乗ったその人は、私の反応を見て手を離した。私は距離を取ろうと後退る。

「ちゃうねん、仲良うなろうとしただけや。」
「…無理矢理すぎます。」
「歳いくつや。俺は27。」
「…18です、」
「若っ、」
「もういいですか?私これから行く所が、」
「家まで送ったる。」
「結構です。失礼します!」

バス停に向かって早足で向かった。バス停に着くと丁度家の方向へ行くバスが停まり、私はそれに乗り込んだ。

「あー乗りますー。」
「え?!」

禪院さんもついて着た。私を見てニッと笑った禪院さんに、私は溜め息を吐いた。建人さんに連絡しよう。空いた座席に座ってスマホを操作する。

『変な人に声を掛けられました。今バスに乗ってます。』

私はとりあえずそう送った。すぐに既読がついて、建人さんから返信が来た。

『迎えに行きます。適当な場所で降りて、位置情報を送ってください。』
『はい。』

禪院さんは私の隣に座ってきた。肩を組まれて、私は彼から離れようとするのに、体を引き寄せられる。なんて馴れ馴れしい人なんだろう。私は彼の手を払い除けた。また肩にに手が乗った。…もう!

「離してください、」
「旦那歳いくつ?」
「今年で28です。」
「俺とタメやん。そやかて俺の方が男前やろ?」
「旦那の方が男前で紳士です。離してください、」
「写真見してや。」
「嫌です。」

次のバス停で降りよう。私はボタンを押して、建人さんに降りる場所と、その近くにあるコンビニで待つ事を伝えた。スマホを覗き込まれそうになったので、彼の体を押し退ける。バスが停まり、私は急いでバスから降りた。禪院さんもついて来た。もう…、

「いい加減にしてください、怒りますよ!」
「怖ないで、小春ちゃん。」
「私よりも旦那の方が怖いですから!知りませんからね、」
「なぁ、俺といっぺんだけでええからデートしてみいひん?」
「しません!」

バス停の近くのコンビニに着くと、駐車場で建人さんを待った。その間も禪院さんが色々と話し掛けてきたので、無視することにした。建人さんの車が見えて、駐車場に車が停まる。私は建人さんの元へ駆け寄って、運転席から降りてきた建人さんに抱き着いた。建人さんは私を抱き留めて、優しく頭を撫でてくれた。…落ち着く。

「小春、無事ですか。」
「建人さん、あの人が、」
「……どこかで見たことがありますね。」
「あー、オマエ、確か百鬼夜行で見たことある。」
「確か…禪院家の方でしたね。」
「建人さん、お知り合いですか?」
「いえ、直接的な知り合いではありません。それより、私の妻に何か用ですか。」
「ちぇっ、ほんまに人妻やったんか小春ちゃん。俺の事あんなに弄んどいて、」
「は?」
「そんなことしてません!大体、勝手にスマホを触ってきたり、後を付けてきたのはあなたです!」
「…私の小春に触れた事、後悔させます。」
「ごめんちゃい♡」
「ひっぱたく。」
「堪忍したってや。俺まだ死にたないし。ほなまたな、小春ちゃん。」

そう言って禪院さんは去って行った。

「…一体何がしたかったんですかね、あの人。」
「理解する必要はありません。それより帰ってすぐに消毒を。」



 


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