大きな蹄




※来世の2人、小春が高校時代の話※



「あー!ナナミン指輪してるう!!」

小春との結婚指輪が完成し受け取りに行った後日、私は学校にも指輪を嵌めて行った。HRの途中で一番前に座っていた女子生徒が私の左手に嵌められた指輪に気付いたらしい。

「結婚してるってほんとだったんだ…ショックぅ…。」
「どれどれ!?」
「うわ、マジじゃん!」
「七海せんせー、奥さんの写真見せてー!」

それを皮切りにざわざわと生徒達が騒ぎ始め、私は手を2度叩く。

「お静かに。以前も妻がいる事はお話ししたでしょう。それと、妻の写真を見せる事はしません。プライバシーに関わるので。」
「え〜!」
「先生結婚式挙げたの?」
「招待されてなーい!」
「式はこれからですが、子供は招待しません。話を戻します。」

小春にちらりと視線を向ければ、小春は両手で口元を覆っていた。目は笑っているためにやける顔を隠しているのだろう。可愛い人だと思いながら、途中だった話を再開した。HRが終わり、わらわらと集まってきた女子生徒達。

「せんせー、指輪見せてー!」
「いくらぐらいするの?」
「わ、すごっ、金じゃん!」
「授業の準備があります。あなた達も私の事は気にせず準備を始めてください。」
「ナナミン〜、」
「七海先生、です。では私はこれで。」

教室を出て一度職員室に向かう。必要な荷物を整理して化学室に行き、授業の準備を始めた。今日の実験で使う備品を用意しながらふと、先程の小春の顔を思い出して頬が緩む。教材を持って化学室に入ってきた生徒達に挨拶をしながら、私は表情を引き締めた。授業も滞りなく進み、昼休み。化学室の片付けをしながら小春が来るのを待つ。…今日は遅いな。腕時計を見ていつもならもう来ている筈なのに、と少しばかり不安になった。化学準備室に入り、いつものように窓とカーテンをきっちりと閉め、小春を待った。スマホを見て連絡が来ていないかとソワソワする。…何かあったのだろうか。5分程してようやく小春が来た。

「遅くなりました!」
「何かあったのかと思って心配しました。大丈夫ですか。」
「ちょっと呼び出されちゃって…。」
「…誰にです。」
「同じクラスの萌部山もぶやま君です。…建人さん、」
「…もしや、告白でも、」
「はい…。ちゃんとお断りしたんですけど、諦めないからって言われました…。どうしましょう。」
「…萌部山君とは席が近かったですね。」
「私の左後ろです。」
「帰りのHRで席替えをします。」
「そこまでしなくても、」
「いえ、します。」

小春から受け取った弁当箱を開け、一緒に食べ始める。アルバイトをしながら毎日お弁当まで作ってくれている愛する妻に、集る虫は1匹残らず排除せねばならない。

「どこも触られたりしていませんか。」
「はい、それは大丈夫です。お付き合いしてる人がいるって言ったんですけど、しつこくて…。悠仁君に頼んで、私と悠仁君が付き合ってることにしてるんですけど、」
「…虎杖君と、」
「あ…だめでしたか?流石に教師と生徒が付き合ってます、とは言えないので…。」
「いえ、仕方がありませんから、そこは大目に見ます。何かあればすぐに私に、」
「はい。」

お弁当を食べ終えると、いつものように小春を抱き締めて残りの時間を過ごした。…面倒な事にならなければいいのだが…。



...



昼休みになっていつものようにお弁当を入れた鞄を手に教室を出ようとした。

「橘さん、」

声を掛けられて振り返る。同じクラスの萌部山君だった。緊張したように首元を掻く彼に、私はちょっと嫌な予感がしてしまう。早く建人さんの所に行きたいのに…。悠仁君はお昼を買いに売店に行ってしまったし…、

「ちょっと話あるんだけど、着いてきて。」
「…あ、えっと、」
「すぐ終わる!」
「…はい、」

彼の後について渡り廊下まで来た。萌部山君は私の左後ろの席の男子生徒で、確か野球部だったはず。甲子園を目指してるとか言ってたの聞いたことがあった。萌部山君が私に振り返り、突然ガバリと頭を下げた。

「好きです、付き合ってください!!!」

突然大きな声でそう言われ、私は驚いて反応が遅れてしまった。…やっぱり、告白だった…。そう思っていると、渡り廊下の向こう側に同じ野球部のクラスメイトがこそこそと見ているのが視界に入った。

「あの、萌部山君…ごめんなさい。」
「え、」

私も頭を下げて、しっかりとお断りをした。

「私、お付き合いしてる人がいるので、ごめんなさい。」
「…誰?」
「え…、」
「相手誰?うちの学校?」
「あ…その、」
「小春ー、何してんの?」
「あ、悠仁君!」

私の後ろから悠仁君の声がして、私は助かった、と一人胸をなでおろす。建人さんとお付き合いしている事は公にできないから、私は困ったときは悠仁君を頼るようにしている。悠仁君、伏黒君、野薔薇ちゃんが私の元にやってきた。3人とも、他の生徒がいるときは私の名前を呼び捨てにして、同い年の友人として接してくれている。

「何、また呼び出し?」
「それが…、あの、悠仁君。」
「ん?どったの小春。」

私は悠仁君の傍に行き、ちょいちょいと手招きをした。悠仁君に、萌部山君に告白されたことを耳打ちすると、悠仁君はまたかぁ、と頭を掻いて困ったように笑った。

「おし、俺に任せて!」
「虎杖、もしかして…、」
「ごめん萌部山、俺と小春付き合ってるから、諦めて。」
「…マジかよ。」
「マジ。家隣で幼馴染でさ、中学の時から付き合ってんだわ。」
「萌部山君、ごめんなさい。」
「……ホントに付き合ってんなら、ここでキスしてみろよ。」
「えっ!?」
「うっわぁ〜、ないわアイツ。」
「これは俺も同感。」
「…なんつーか、俺、小春とそういう事するの他の奴に見せたくないんだよね。だからごめん、普通に諦めて。」
「良く言ったわ虎杖。I」
「相手のこと思うなら潔く諦めろよ。I」
「伏黒君と野薔薇ちゃん、それ何処から出したの?」
「橘さん!」
「は、はい、」
「俺諦めねぇから!」
「え…、」

萌部山君はそう言うと、渡り廊下の向こうに走って行ってしまった。残された私達はぽかんとその背中を見送る。

「マジで何だったのアイツ。ああいう男ホント無理!押し付けにも程があるでしょ!」
「まあまあ釘崎、」
「悠仁君、助けてくれてありがとう。」
「無問題!俺もナナミンと小春さんには幸せになって貰いたいし、これくらいならお安い御用!」
「今から準備室ですか?」
「うん。ちょっと遅くなっちゃった…。皆はまた屋上?」
「はい。」
「今日も天気いいから、気持ち良さそうだね。」
「小春さん、準備室まで一緒に行きましょ。」
「そうした方が良さそうです。野球部の奴等、小春さんの事まだ見てますよ。」
「え…困るなぁ…。」

3人のお言葉に甘えて、私は3人と一緒に準備室へ向かう。3人も周囲に誰もいないことを確認してくれて、私はお礼を言って準備室に入った。お昼休みが終わると、建人さんに周りを確認してもらって準備室を出た。その後は萌部山君に絡まれることなく帰りのHRの時間に。

「たまには気分転換に席替えでもと思うのですが、皆さんはどうでしょう。」
「席替えしたーい!」
「えー、私ここがいい!」
「俺もー!」
「席替え賛成の人手ぇ挙げて〜!」
「はーい!」「さんせ〜!」
「…賛成派が多いので、席替えをします。くじを作るので少し待っていてください。それと、視力の弱い方で前の席を希望する方はいますか。」

私は建人さんの言葉に少し悩み、手を挙げた。私の他にも数人が手を挙げている。

「…では、今手を挙げた方はお好きな前の席を話し合って決めてください。」

そう言ってくじを作り始めた建人さんに、私は立ち上がる。

「今手を挙げた人、後ろで話し合いましょう?」
「はーい、」
「俺も。」

私の他に3人が立ち上がった。私が希望するのは教卓の目の前。建人さんが一番近くに見える席だ。

「俺前の列ならどこでもいいです。」
「私も見えればどこでも。」
「私もー。」
「…じゃあ、私教卓の前でもいいですか?一番授業に集中できそうなので。」
「どうぞどうぞ。」
「橘さん真面目〜。」

席が決まってホッとする。建人さんはくじを作り終えて、黒板に席を見立てた表を書いた。

「では、前の席を希望する方、希望する席に名前を書いてもらいます。…クラス委員にお願いしましょう、橘さん。」
「はい。」

私は黒板に向かい、白のチョークを掴む。さっき話し合った3人の希望する席を聞いて名前を書くと、教卓の前のマスに“橘”と書き、チョークを置いた。

「ありがとうございます。」
「はい。」

眼鏡の奥で小さく細まった建人さんの目に私も小さく笑顔を返す。席に戻っている間に建人さんが表に数字を適当に書いていった。

「では、くじを引いてもらいます。出席番号順にどうぞ、虎杖君からです。」
「応!俺こういうの緊張すんだよなぁ。…これ!ゲッ、前じゃん!」
「虎杖どこー?」
「小春の隣!」
「おいおい、マジかよ〜!」

皆がくじを引いていくのを眺めながら、私はにやける口元を両手で覆った。建人さんの目の前に座れる…。すごく嬉しいし、凄く楽しみ。絶対ににやけてしまう。皆がくじを引いて書かれた数字を確認していく声を聞きながら、それぞれの反応に小さく笑う。

「では移動を開始してください。机は必ず持ち上げて、床に傷を付けないように。」
「七海先生細かい〜。」
「学校の備品を傷付ける事は許しません。いいですね。」
「は〜い。」
「おもっ!」
「置き勉するからだろ。」
「早く退いてよ〜。」
「前が退かないと動けないんですけど〜。」

私も机の上に椅子をひっくり返して載せ、机を移動させた。最前列のど真ん中。建人さんの目の前。建人さんと目が合って、ふっと笑みが返って来る。

「小春、隣よろしく!」
「悠仁君、よろしく。」
「虎杖君、最前列で寝るようなことはないように。君が授業中寝ている事は他の教員からも聞いています。」
「スンマセン。」
「ふふふっ、」

萌部山君の席は後ろの方だったらしい。これで少し安心したかも。

「では皆さんこれから暫くこの席でお願いします。今日のHRは以上です。忘れ物、帰り道にはお気を付けて、寄り道をせず帰ること。部活のある方はしっかりと励むように。以上です。今日も一日お疲れ様でした。」
「きりーつ。気を付けー、礼。」
「「「「「さようならー。」」」」」
「皆さんさようなら。日直の方は日誌をお忘れなく。」
「うい〜。」

HRが終わって荷物を持って立ち上がる。建人さんは日誌を受け取って、教室を出て行った。

「悠仁君部活頑張ってね、また明日!」
「応!小春も今日バイトだっけ?」
「うん、脹相さん、会う度に悠仁君の話してくるよ。」
「マジかぁ…、靴箱まで一緒行く?」
「じゃあ、そうしようかな?」
「行こうぜ。」

悠仁君と一緒に教室を出て靴箱まで一緒に歩き、ふと気になってちらりと後ろを見てみた。萌部山君が私達の少し後ろを歩いていて、目が合う。

「小春?」
「…なんでもない、じゃあまた明日ね!」
「応!気を付けて!」
「ありがとう!」

学校を出ていつも通りそのままアルバイト先の喫茶店に向かった。いつも通り脹相さんに悠仁君の話を聞きながら仕事を終え、建人さんが迎えに来てくれる。車の中で私は気になっていた萌部山君について話してみた。

「建人さん、萌部山君の事なんですけど…、」
「何かありましたか。」
「いえ、特にこれと言って…。でもやっぱりちょっと気になって。今日も帰り際に偶然かも知れないですけど、悠仁君と一緒に靴箱まで行ったんです。その時に悠仁君の事を睨んでた気がして…。」
「…虎杖君が恨まれているかも、ということですか。」
「…はい。私のせいで関係のない悠仁君まで巻き込んでしまったので、ちょっと気になっちゃって。」
「…少し様子を見てみましょう。何かされたり言われた時はすぐに教えてください。」
「はい。」
「それと、これを覚えておいてください。何かあった時のために。—————、」

翌日、私はいつも通りに悠仁君と一緒に登校した。その時に、萌部山君の話を悠仁君にもしてみたけど、悠仁君は俺は大丈夫だから、と笑っていた。…困った事にならなければいいんだけど…。

「おはようございます、HRを始めます。まずは、」

HR中、私は浮かれていた。目の前で話をする建人さんを見上げて緩んだ頬。いつも通り両手で口元を覆ってにやける顔を隠しながら、静かに彼の声に耳を傾ける。HRが終わって授業が始まると、先生たちは皆席替えをした事に気付いて声を掛けてきた。

「小春ちゃん僕のドセンじゃん!僕の顔そんなに近くで見たかった?」
「いえ、授業に集中したいので、」
「んもうっ、冷たい事言わないでよ〜。小春ちゃんにならGLGな僕のご尊顔いつでも近くで見せちゃう☆」
「せんせー、早く授業始めてよ。」
「悠仁、僕今小春ちゃんと話してんの。」
「ごじょせんいつも橘さん口説いてんじゃん。」
「えー、だってうちの学校のマドンナだよ?口説くでしょ。」
「橘さんばっかりずる〜い!」
「あ、の、五条先生、早く授業を、」
「しょうがないなぁ、小春ちゃんが言うなら授業始めまーす。」

「おや、席替えをしたんだね。」
「げとせん今日もカッコイイね!」
「ありがとう。小春ちゃんが目の前か、今日も可愛いね。」
「夏油先生、あの、授業を、」
「もう少しだけ、小春ちゃんを眺めていたいな。」
「げとせんも橘さん口説いてるし。」
「いいなぁ、橘さん。」
「小春ちゃんとは長い付き合いだからね、君達とは違うんだ。」
「えー何それ、超気になる〜。」
「ナイショ。」
「あの、授業始めてください…!」
「小春ちゃんが言うなら、始めようか。教科書開いて。」

「おや、席替えしたんですね。」
「まさか伊地知先生もー?」
「えっと…何の事でしょうか?」
「あ、お気になさらず授業お願いします。」

昼休みになる頃にはドッと疲れが押し寄せていた。ふぅ、と息を吐いた私。悠仁君は今日も売店に向かったので、鞄を手に教室を出た。化学準備室に近づいた頃、視線を感じて振り返る。

「あ、」
「…萌部山君?」
「……いつもどこで飯食ってんの?」
「…どうして?」
「…虎杖と付き合ってるんだろ、一緒に飯食ってねぇの?」
「…その、」
「やっぱ嘘?」
「嘘じゃ、」
「橘さん、先生たちからも人気者だよな。」
「それは向こうが、」
「前何回か見かけたんだけど、化学準備室に何しに行ってんの?」
「ぇ…、」

ドキリとした。あんなに気を付けていたつもりだったのに、見られてたなんて…。

「あの…、」
「…もしかして、先生と付き合ってるとか?」
「…ちが、」
「どうしましたか。」
「あ…七海先生。」
「七海先生、橘さんと付き合ってんの?」
「は…?」
「萌部山君、」
「橘さん、彼と何かトラブルでも?」
「…あ…、昨日、告白されてお断りしました…。」
「断られた腹いせか何かですか、萌部山君。」
「先生、橘さんと準備室で何してるんですか。俺何回か見ましたよ、橘さんが準備室に入っていくとこ。」
「私と橘さんはやましい関係ではありません。教師と生徒が交際していたとして、そのリスクがどれほどの事か君には分からないでしょう。私はそんな危険な橋を渡る様な事はしません。それに愛する妻がいます。妻を裏切るようなこともしません。」
「じゃあ何してるんですか。」
「Arbejde er fandme.」
「…何?英語?」
「デンマーク語です。彼女はデンマークに興味があるそうなので、デンマーク語を教えて欲しいと言われています。」
「萌部山君、私卒業したら一度デンマークに行ってみたいって思ってるの。それで、七海先生がデンマークのクォーターって言ってたから、教えて欲しいって私がお願いしたの。…納得してくれた?」
「……なんか喋ってよ。」
「…Jeg er hans kone.」
「…なんて言ったの?」
「気になるなら調べてみては。橘さん、だいぶ発音が上手になりましたね。」
「ありがとうございます、七海先生。」
「それと萌部山君。彼女は虎杖君と付き合っていると聞いています。人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られますよ。それも、かなり大きな馬に。蹴り飛ばされないよう、潔く諦める事をお勧めします。馬に蹴られて死にたくないでしょう。」
「……ごめん、橘さん。」
「…分かってくれたなら、良かった。萌部山君、好きになってくれてありがとう。気持ちに応えられなくてごめんなさい。きっといい人見つかるから、」
「…うん。」
「それでは私達はこれで。萌部山君、」
「はい、」
「Jeg vil ikke give min kone til nogen.」
「……日本語でお願いします。」
「野球、頑張ってください。」
「…うっす。」

立ち去った萌部山君の背中を見ながら、私と建人さんは小さく笑い合った。

「今の言葉は私の本心です。」
「ふふっ、勉強しておいてよかったです。」
「お昼を食べましょう。2人の時間を無駄にしたくない。」
「はい、建人さん。」




——————
立花様リクエスト
【七海建人の結婚記録】来世の2人
・モブ男(小春に片思い)に化学準備室に入るところを目撃、脅される。

こんな感じでいかがでしょうか?(≧◇≦)
脅し感あんまりなかったかもしれませんが…!(-_-;)
リクエストありがとうございました!
お気に召して頂ければ幸いです!



Arbejde er fandme.
(労働はクソ。)
Jeg er hans kone.
(私は彼の妻です。)
Jeg vil ikke give min kone til nogen.
(私の妻は誰にも渡しません。)
ぐーぐる翻訳より



 


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