些細な幸せ




誓いのキスをもう一度の続き




「だいぶ寒くなってきましたね。」

小春はそう言うとパジャマの上から両腕を擦った。

「毛布、増やした方がよさそうですね。」
「そうですね、あとで干しておきます!」
「手伝いますよ。」

休日の朝、ベッドを出てひやりと感じた寒さに私はリビングのエアコンをつけた。暖房のボタンを押してエアコンが稼働するのを見届けると、小春を後ろから抱きしめる。2人で洗面所に向かい、顔を洗って口を漱ぐと、再びリビングへ。

「温かいものを淹れましょう。」
「それじゃあ私は朝食の準備をしますね。」
「お願いします。」

朝食用に昨晩浸け置いておいたフレンチトーストを冷蔵庫から取り出した小春。私はやかんに水を入れてコンロで火をつけると、2人分のマグカップと紅茶の準備をする。2人で並んだキッチン。以前私が住んでいたマンションよりも広めのそこで、並んで朝食の準備をする時間が、私は好きだ。

「バターバター、あ、もうこれだけ。」
「買い物に行きますか?」
「はい。あとでメモしないとですね。」
「卵もフレンチトーストで使い切りましたから、それも書きましょう。」

小春がフライパンを取り、コンロで火をつけバターを落とした。バターの溶ける音を聞きながら、小春が取り出した野菜をしっかり水で洗ってまな板に置いた。包丁でトマトをカットし、お皿に盛りつける。サニーレタスは手で千切って同様に。オリーブオイルとクレイジーソルトを振りかける。

「トマトもこれでおしまいです。」
「今日はたくさん買うものがありそうですね。」
「ふふふっ、」

溶けたバターをフライパンに広げた小春。ひたひたに浸されていたフレンチトーストをフライパンに載せる。バターと砂糖の甘みのある匂いに頬が緩んだ。

「いい匂い!お腹空いちゃいますね、」
「私もお腹ペコペコです。」
「建人さんのお腹がペコペコでーす。」
「フッ、」

小春の楽しそうな声に笑うと、小春も私を見てくすくすと笑った。換気扇の音と、やかんが沸騰を知らせるくつくつとした音、フライパンで焼き色を付けるフレンチトーストのジュージューという音。小春の笑う声。幸せな朝だと思った。

「お湯沸きましたね。」
「失礼、熱いのが通りますよ。」
「はーい。」

ミトンを手にやかんを掴むと、ティーポットとマグカップにお湯を注いで温めた。その間にランチョンマットとナイフとフォークをダイニングテーブルに並べる。

「…ほっ!」

フレンチトーストをひっくり返しているらしい。小春が小さく漏らした声にすら愛おしさが込み上げる。キッチンに戻って温めたティーポットに茶葉を入れると、再びコンロに置いておいたやかんでお湯をティーポットに注いだ。すぐに蓋をしてやかんをコンロに置く。紅茶の香りが少しずつ漂ってくるのを感じる。フレンチトーストと紅茶の匂いでさらに空腹が加速した。

「いい匂いですね!」
「ええ。」

私を見上げる小春にキスをすれば、すぐに互いの頬が緩んだ。

「愛してますよ、小春。」
「ふふふっ、私も愛してます、建人さん。」

フレンチトーストが焼き上がったらしい。小春がお皿に盛りつける隣で私もティーポットをスプーンでひと混ぜし、茶こしを使ってカップに紅茶を注いだ。2人でお皿とカップを手にテーブルへ着く。

「「いただきます。」」

静かで幸せな朝だ。

「食事を終えたら少し散歩にでも出かけましょう。」
「いいですね!」
「その後に買い物に。」
「お昼はどうしますか?」
「たまには外食でランチでもどうですか?」
「はい!」

食事を終えて2人で片付けをした。私が食器類を洗い、小春がそれを流す。洗い物が終わると服を着替えて小春の化粧が終わるのを新聞を読みながら待った。ふと思い出して、冬用の毛布を押し入れから出してベランダに干しおいた。

「お待たせしました、建人さん。」
「今日も綺麗ですよ、小春。」
「ふふふっ、建人さんは今日も素敵です。」
「買い物の準備もしましょう。」
「エコバックは持ちました!」
「では何を買うかメモですね。」

2人で冷蔵庫の中や日用品を仕舞った棚を開けて残り少なくなった物や、使い切った物達を確認し、小春がメモしていく。家を出て手を繋ぎ、コートのポケットに小春の小さな手を招き入れた。小春が私を見上げて笑う。私も笑みを返し、歩き出した。温かな日差しを浴びながら、時折冷たい風に吹かれる。この風の冷たさならもう冬と言ってもいいだろう。近くの公園のベンチに座り身を寄せ合った。小春の小さな肩を抱き寄せれば、小春は私の体に頭を凭れる。些細な事に幸せと愛おしさを感じた。

「思えば、」
「はい、」
「こうやって休日をのんびり過ごすことも、あまりできませんでしたね。」
「…前世でですか?」
「ええ。」
「そうですね…。でも、それでも建人さんと一緒にいる時間は些細なひと時でも幸せでしたよ。」
「私もです。これからはこうやってのんびり過ごすこともできますし、急遽任務に呼び出されることもない。」
「ふふふ、」
「小春が高校を卒業した事で、こうやって堂々と手を繋ぐこともできるようになりましたし、」
「結婚式も挙げれましたね。」
「ええ。幸せです。とても。」
「私も幸せです。こうやって建人さんとまた夫婦になれて、些細な幸せを共有できて。」

小春が私を見上げた。私も小春を見つめ、キスを落とした。

「温かいものを飲みましょうか。体を冷やさないように。」
「そうですね。このあたりに最近カフェができたみたいですよ?」
「ではそこに行きましょう。案内をお願いしても?」
「勿論です!」

再び小春と歩き出す。歩幅を合わせて一歩ずつ。幸せへの道を踏みしめるように。

「ここですね!」
「…素敵なお店ですね。」

辿り着いたカフェはこじんまりとした個人店のようだった。2人で中に入り、窓際の席に座った。中年のマスターがメニューを手に席まで来てくれた。説明を受けながら注文を決め、私はコーヒー、小春は紅茶を注文した。他にもフードメニューがあるらしい。

「私はミートソースにします!」
「では…私はサンドイッチに。」
「かしこまりました。セットでご注文でよろしいですか?」
「はい、お願いします。」
「少々お待ちくださいませ。」

静かなカフェの中で流れるクラシック。コーヒーと紅茶を淹れる微かな音と香り。向かい合って座る小春の楽しそうな顔。スマホを取り出した小春が私にレンズを向けた。パシャリ、シャッター音に私は小さく笑う。

「建人さんはいつ見ても素敵ですね。写真でも素敵。」
「小春もですよ。」

私もスマホを構えてパシャリと小春を写真に収める。照れたようにはにかむその顔が愛おしい。画面を小春に見せれば、小春はくすくす笑った。小春が私に画面を見せる。2人とも同じように笑っていた。互いに愛おしさを感じている優しい顔で。

「建人さんはカメラ似合いそうですよね!」
「…そうですか?」
「一眼レフとか、」
「ではそれを買って小春の写真を撮りましょう。子供が生まれれば子供の写真も。」
「建人さんは私が撮ります!」
「ではこの後早速買いに行きますか。」
「ふふふ、ほんとに買いに行っちゃいます?」
「いいですよ。小春との思い出を残すためですから。」

食事とドリンクを楽しむと、店を出て駅へ向かった。電気屋さんを目指して。カメラコーナーに向かいながら小春は嬉しそうに私の手を引く。微笑ましく思いながらその後を追い、並んだカメラたちを手に取って小春に向けた。小春はその度にピースをして笑う。愛らしく、愛おしい。店員にアドバイスを貰いながらカメラを選んで購入した。多少の値引きもしてもらえた。カメラの入った紙袋を手に電気屋を出て、最寄り駅まで戻った。先程の公園のベンチで2人でカメラの箱を開けた。説明書を見ながらカメラを小春に向ける。小春はまたピースをして笑った。パシャリ、私の初めての1枚は小春の写真だ。小春と共に液晶画面で写真を確認して笑い合う。カメラのストラップを付けて首に通すと、今度は小春が私にカメラを向けた。パシャリ、画面で確認すれば微笑む私が写っている。2人で笑い合った。

「これから小春をたくさん撮ります。」
「私も建人さんをたくさん撮りますね!」
「現像するのが楽しみですね。」

カメラを首に掛けて小春に向ける。小春は立ち上がり、落ち葉を拾い上げた。パシャリ、パシャリ、搔き集めた落ち葉を投げる小春を写真に収める。風で舞った落ち葉と、小春のスカートが揺れる。パシャリ、髪の毛を手で抑える小春。私に笑みを向ける小春。水道で手を洗う小春。冷たい手で私に触れて笑う小春。

「もう30枚近く撮ってしまいました。」
「そんなに撮ったんですか?!」
「はい。」
「私も建人さんを撮りたいです!」
「では、どうぞ。」

ストラップを首から外して小春の首にそっとかける。小春が私から少しだけ離れてカメラを向けた。私はどうしたものかと小春を見て小さく笑う。パシャリ、風で外れかかったマフラーを巻き直す私を、眼鏡を押し上げる私を、

「小春、」

パシャリ、小春を呼ぶ私を。



カメラを首に下げて手を繋いでスーパーへ向かった。メモを見ながら食材を選ぶ小春を撮った。シャッター音に気付いて私に笑みを向ける小春も。

「私ばっかり撮ってませんか?」
「小春を撮るために買ったので。」
「ふふふ、」

パシャリ、

「あ、これこの前美味しかったからまた食べたいって言ってたやつですね。」
「ではそれも買いましょう。」
「買い過ぎじゃないですか?」

パシャリ、

「レジに並びましょう!」
「あちらの方が空いてますよ。」
「わ、やった!」

パシャリ、

「夕飯はバケットを焼いて、アヒージョにしましょう!」
「いいですね。」

買い物を終えてエコバックに詰めた食材や日用品たちを手に家路につく。今度は小春がカメラを首に下げていた。軽い物ばかりを詰めたエコバックを腕に掛けたまま、小春が私にカメラを向ける。

「建人さん!」

パシャリ、

「今度は私が建人さんをたくさん撮りますね!」
「ええ、お願いします。」

小春は私の写真を楽しそうに撮った。私もそんな小春の姿に自然と頬は緩む。きっと確認した写真には普段の私から予想がつかないほど穏やかな笑みを浮かべる私が写っている事だろう。家に帰り食材達を片付けると、2人でコーヒーを飲んだ。湯気が立つマグカップを持った私を小春が写真に収める。

「2人でも撮りましょう。」

カメラを預かり、小春の肩を抱き寄せる。レンズを自分たちに向けてシャッターを押す。パシャリ、

「うまく撮れましたかね?」
「確認しましょう。」
「…わ、バッチリ!」
「これは現像したらリビングに飾りましょう。」
「ふふふ、良いですね!」

これからも小春と過ごす日常を、些細なひとコマを、幸せを、

「たくさん写真に収めましょう。アルバムを作って、記念日に振り返るのはどうですか。」
「わぁ、素敵ですね!」

私の傍で笑う小春を、

「愛してますよ、小春。」
「私も愛してます、建人さん。」

パシャリ、



 


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