また3人で




新しいスタートの続き



『ベーカリー ナナミン』をオープンして5年が経った。今では経営も安定して、建人さんもすっかりパン職人になっていた。早朝から2人でパンを焼いて開店の準備をする。学校のお昼休みに合わせて、建人さんはお店用とは別に用意していたパンを纏めて車に積んで、学校へ向かう。その間私は1人で店番だ。

「では小春、いってきます。」
「いってらっしゃい、建人さん!」

学校でもうちのパンはかなり人気らしく毎日売り切れだ。お店のパンも常連さんができるほど人気で、売れ残る事はもうほとんどなくなった。学校帰りに買いに来てくれる生徒達もいるくらいだ。そんなある日の事、いつも通りの時間に目を覚ましてすぐ、体の異変に気付いた。そういえば最近体が熱っぽくて気怠い。…風邪?とも思ったけど、咳や鼻水が出る様子はない。

「…小春?」
「…建人さん、ちょっと体調が…、」
「大丈夫ですか?」
「…あの…、」

私はなんだかピンと来た事がある。経営が安定して建人さんも仕事に慣れた頃から、2人で相談してそろそろ子供をという話が何度も出ていた。そして私の体調や周期を見て妊活もしていたのだ。これはまさかと思う。

「まだ分からないですけど、思い当たることがあって…、」
「…まさか、」
「…ここ2ヶ月ほど、生理が来ていなかったので、もしかしたら…、」

私の言葉に、建人さんは泣きそうな顔で私をそっと抱きしめた。まだ確定したわけじゃないけど、ここ最近の体調から見て思い当たることはこれだけで、私も泣きそうになりながら建人さんの体を抱きしめ返した。

「ありがとう、小春。」
「建人さんっ、まだそうと決まったわけじゃないのに、」
「ですが、思い当たることはそれだけでしょう。」
「…はい、」
「今日はゆっくり休んでください。店の事は私が1人で、」
「でも、」
「体を優先してください。もう1人の体ではない。」
「…はい、ありがとうございます。落ち着いたら検査薬を買って来ますね。あ、お昼の配達までには、」
「無理をせずに。」
「分かってます。」
「小春、」
「ふふっ、やっと雄人に逢えますね!」
「ええ、やっとですね。遅すぎだと怒られてしまいそうです。」
「ふふっ、ありえそう!」

2人でくすくすと笑い合ってキスをした。建人さんは朝食の準備に取り掛かった。私はお言葉に甘えてベッドで横になったまま、そっとお腹に手を当てる。なんでか、本当に雄人がここにいる気がして、嬉しくて涙が溢れた。

「小春、朝食が出来ましたが、食べれそうですか。」
「あ、はい。ありがとうございます!」

朝食は問題なく食べれた。つわりで気分が悪くなると思っていたけど不思議とそんな事もなく、お店のある1階に下りていった建人さんを見送って、少しソファで休んでから身支度を整えた。1階の厨房に下りてみれば、建人さんがパン生地を捏ねる背中が見えて、微笑ましくなった。不思議と厨房に漂う小麦の匂いも平気らしい。

「建人さん、お待たせしました。」
「小春…、体調は、」
「少し落ち着いたので、包装してますね。」
「ありがとう。辛くなったらすぐに休んでください。」
「はーい。」

建人さんがパンを作って、私は焼き上がって荒熱の取れたパンを袋に包んでいく。もし本当に雄人なら、きっとこのパンを焼く厨房の匂いが好きだったから、つわりがないのかも…なんて思いながら。

「では、オープンします。」
「はい!私は薬局に行く準備をしますね。」
「何かあればすぐに連絡してください。」
「はーい。」

身支度を整えて家を出る。お昼までには確実に帰って来れるだろう。近所の薬局に行って妊娠検査薬を買って家に戻ると、早速それを手にトイレに籠った。説明書をよく読んでいざ…。

「…わ、やったー!」

陽性反応が出たそれを手に1人トイレではしゃいでしまった。流石にこれを手にお店までは下りれないから、ビニール袋に入れて一先ずテーブルへ。手を洗ってお店に下りると、建人さんが丁度お客さんの対応中だった。

「いらっしゃいませー。」
「お願いしまーす。」
「はい。」

建人さんがレジを打ったパンを袋に綺麗に入れていく。清算を終えて店を出たお客さんを見送って、私は建人さんにぎゅうっと抱き着いた。

「建人さん!」
「どうでしたか。」
「なんと、陽性でした…!」
「…フー…、ありがとう、小春。」
「ふふっ、次の定休日に病院に行きます!」
「私も一緒に行きます。」
「はい!」
「小春、愛してますよ。」
「私も建人さんを愛してます。」

そして次のお店の定休日、私と建人さんは産婦人科に来ていた。待合室で2人で手を繋いでドキドキしながら呼ばれるのを待つ。定休日までにもう一度検査薬を使ったけど、そちらも陽性反応だった。

「七海さーん、七海小春さん、診察室へどうぞ。」
「あ…、」
「行きましょう。」
「はい。」

診察室に入ってから妊娠したかもしれないと先生に話して、詳しい検査をすることに。説明を受けながら、前世で雄人を妊娠した時もこんな感じだったな、と思い出して懐かしくなった。諸々の検査をして先生が「おめでとうございます。」と言った。妊娠3ヶ月だそうだ。私も建人さんも涙目でお互いに顔を見合わせた。やっぱり建人さんは前世同様いいパパになる思った。

「ここは私が。小春は休んでください。」
「ふふっ、ありがとう建人さん!」

私に無理をさせないようにと殆ど1人で家事も仕事も請け負ってくれる。流石に私も申し訳なくて一緒にやるけど、建人さんはしきりに私に大丈夫かと聞くようになった。それがなんだか可愛くてついつい笑ってしまう。そして厨房の匂いはやっぱり何ともなくて、お腹の子は絶対に雄人に違いないと、建人さんと話しては笑い合った。学校の皆には建人さんが話したらしい。昼休みや放課後の手が空いた時間に五条さんや夏油さんが店に顔を出してくれることも増えた。

「出産祝いくらくらい欲しい?」
「え、」
「私はベビーカーやベビーベッドをプレゼントしようか。欲しいものはすぐに教えてくれるかい?」
「あの、」

五条さんと夏油さんはにこにこしながら私にそう言った。決まって建人さんが私を背中に隠して2人を怒るのも毎回の事で、楽しくて笑いが絶えない。家入さんや伊地知さん、夜蛾さんもまた顔を出してくれたし、今でも連絡を取り合っている悠仁君たち3人と、脹相さんにも妊娠した報告をした。そして灰原さんには建人さんから。皆に祝福されて生まれて来る子を、絶対に幸せにしたいと思う。

「小春、大丈夫ですか…?」
「うぅ…っ、」

月日はあっという間に過ぎるもので、大きくなったお腹の痛みに呻き声が漏れる。5月5日、前世で生まれた日と同じ日に、元気な男の子が生まれた。私と建人さんは迷わずその子を『雄人』と名付けた。前世同様建人さんと同じ髪色と目の色で、目の形は私にそっくり。間違いなくこの子は『雄人』だった。

「雄人、パパですよ。」
「雄人、ママだよー。」

雄人はすくすくと成長していった。前世でもそうだったように手の掛からない大人しくていい子だった。夜泣きをすれば厨房に連れて行くとすぐに泣き止むし、建人さんがパンを作る様子を見て嬉しそうにはしゃいで笑った。私が雄人を背中に背負って店番をしている時も、大人しくていい子だった。そして何より、カスクートとパンプキンパイを見て笑うのだ。私と建人さんはそんな雄人を見て嬉しくて涙が溢れた。雄人に『ベーカリー ナナミン』の看板を見せれば、一生懸命何かを伝えようとあうあうと言葉を発する。

「雄人の為にまたパン屋さん建てたからね、」
「これからは私と小春と雄人でベーカリーナナミンを経営しましょうね。」
「あ〜ぅ!」
「ふふっ、」
「雄人、前世ではあまり父親らしいことをできず、寂しい思いをさせてしまいましたね。これからは一緒に生きていきましょう。」
「…うぅ…あぁ〜ぅ!」
「雄人が返事してますよ!」
「ええ。雄人、」

建人さんに雄人を渡せば、建人さんは涙を流しながら雄人を優しく抱きしめた。雄人は建人さんの涙を小さな手でぺちぺちと拭った。これからはまた3人で一緒に暮らしていけると思うと、私も自然と涙が溢れた。



 


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