小さな手




これからはの続き




雄人は3歳になって、いよいよ保育園に通い始めた。誕生日は毎回灰原さんも一緒に祝ってくれて、雄人の好きな戦隊もののフィギュアをプレゼントしてくれた。灰原さんはすっかりお店の仕事にも慣れて、常連さんとも冗談を言い合えるほど仲良くなっていた。人柄の良さが表情や言動から滲み出ているからかな…?時給は最初の年は1000円だったけど、灰原さんを雇い始めて閉店までパンが並ぶようになってからは、売り上げも更に伸びている。2年目からは1010円、3年目の今年からは1020円に変更した。本当はもっと自給を上げてあげたいね、と建人さんと話しているけど、灰原さんは上げなくていいと言う。灰原さんはお店からも近い実家に身を置いていることもあって、自転車で毎日通っているので交通費もかからない。少しでも私達の負担を減らしたいから、時給もずっと1000円でいいと言ってくれるのだ。

「だってお昼も夕飯もご馳走になってるんだよ?」
「だが、交通費は掛からずとも移動時間も仕事の内だ。食事は、休憩時間は勿論、通勤時間分の時給代わりとして提供している。」
「七海、それだと赤字にならない?!」
「前も言ったが、うちはそこまで貧しくない。」
「ダメだ、七海じゃ埒が空かないよ小春さん!」
「ふふふっ、建人さんと私もきちんと考えてそうしてるんですから、灰原さんは気にしないでください。」
「そういう事だ。」
「あ…そろそろ雄人のお迎えに行って来ますね。あと買い物も。」
「はーい、お店は任せてね、小春さん!」
「はい、お願いします。」
「小春、気を付けてくださいね。いってらっしゃい。」
「いってきます。」

鞄に財布とスマホ、車の鍵とエコバッグを入れてお店を出た。配達用の車に乗って雄人を迎えに保育園へ。雄人は保育園で好きな女の子ができたらしい。いつもその子の話をしている。その女の子の名前は『こむぎ』ちゃんといって、お店の常連さんのお子さんでもある。そして、雄人の前世のお嫁さんだった彼女と同じ名前だ。私は初めて『こむぎ』ちゃんの名前を聞いた時、嬉しくて泣いてしまった程だ。雄人に前世の記憶があるか、まだ分からない。『こむぎ』ちゃんにも記憶があるかも分からない。それでも、これは運命なのかな、と思わずにはいられない出会いだった。

「こんにちは、お世話になっております、七海です。」
「あ、雄人君ママ、こんにちは!雄人くーん、ママ来たよ〜?」
「ママ〜!」
「雄人!」

雄人のクラスであるヒマワリ組の教室を覗くと、丁度『こむぎ』ちゃんと一緒にお迎えを待っていたらしい。手を繋いで駆け寄る2人に微笑ましくなった。

「あら、雄人君ママ?」
「あー、こむぎちゃんママ、こんにちは!」
「こんにちは〜!丁度今お店に寄って帰ろうって思ってたの!」
「そうなんですか?ありがとうございます!あ、じゃあ旦那に連絡して、パン残してもらいましょうか?」
「えっ、いいの?!丁度パンプキンパイ食べたかったんだけど、残ってる?あと食パン!」
「ちょっと待ってくださいね!」

スマホを鞄から取り出して建人さんに連絡してる間に、雄人もこむぎちゃんも荷物を手に靴を履いたらしい。

「いつもの数で大丈夫ですか?丁度残ってるらしいので!」
「ええ、大丈夫!ありがとう〜!」
「こむぎちゃんママこんにちは!」
「雄人君こんにちは〜!こむぎも雄人君ママにこんにちはは?」
「こ、こんにちは、」
「こむぎちゃんこんにちは!いつも雄人と遊んでくれてありがとうね?」

目線を合わせてしゃがんでそう言うと、こむぎちゃんは照れたように小さく頷いて、こむぎちゃんママの足に隠れた。前世の彼女も大人しくてちょっと恥ずかしがり屋な子だったから、思い出して懐かしくなった。

「ママ!こむぎちゃんとね、きょうね、」
「うん、」
「いっしょにおえかきしてね、それでね、」

雄人はこむぎちゃんの事が大好きらしい。お迎えに行く度にこむぎちゃんの話をする雄人。こむぎちゃんママも雄人とこむぎちゃんの話を微笑ましそうに聞いてくれる。

「それでね、おおきくなったらね、ゆうとね、こむぎちゃんとけっこんする!」
「「あらっ!」」
「ねえいい?こむぎちゃんママ!」
「あらあらぁ、全然いいわよ〜!こむぎも雄人君のこと大好きでね、お家でも雄人君の話するのよ〜!」
「そうなの?」
「雄人君がよければうちのこむぎをよろしくね!私こういう少女マンガみたいな展開すごく好きなの!!」
「やったー!しょうじょまんがってなに?」
「マ、ママ、もういいからいこうよぉ、」
「ふふふっ、こむぎちゃん、うちの雄人をよろしくね?」
「…うん、あのね、ゆうとくんママ、こむぎね、」
「うん、」
「…えへっ、ゆうとくんとね、いっしょにパンやさんする。」
「可愛い〜っ、そうなったらうちの店継いで欲しいなぁ〜!」
「あらぁ、いいじゃな〜い!」

そんなやり取りを終えてこむぎちゃんとママと別れると、雄人と手を繋いで駐車場へ。車に乗って雄人にチャイルドシートをセットすると、スーパーへ買い物に向かった。車の中でも雄人はこむぎちゃんの話をしていて、私はそれを微笑ましく思いながら聞いていた。買い物を済ませてお店に戻ると、荷物を片付けて雄人と一緒にお店に下りた。雄人は自分からお店の手伝いをしたがった。やっぱり前世の記憶があるのかも、と思うくらい雄人はパンもお店も好きらしい。クッキーの型抜きや、荒熱の取れたパンやクッキー、ラスクを詰めた袋に、テープを貼ってくれる。自分からやりたがることもあって、雄人は楽しそうに作業をしながら、パンを作る建人さんに幼稚園での話やこむぎちゃんの話をするのだ。簡単な作業しかまだ任せていないけど、大きくなったらもっと色んなことを手伝いたがるだろうな…。




雄人が4歳を迎える誕生日の今日、私は建人さんにも雄人にも灰原さんにも内緒にしていたことを話した。まだ薬局で買った検査薬での結果だけど、

「実は、雄人がお兄ちゃんになります。」
「「「えっ?!」」」
「小春…、」
「今日まで黙っててごめんなさい。どうしても驚かせたかったから、」
「わ…わぁあ!凄いよ!おめでとう小春さん、七海!雄人も!お兄ちゃんだって!」
「お、おにいちゃん…!」

3人とも凄く喜んでくれた。次の定休日に3人で病院に行き、エコー写真を撮った。性別は生まれて来るまで聞かず、帰宅した後は写真に写った白黒の小さな命の形を、3人でしみじみと眺めていた。それから雄人はお兄ちゃんになる自覚を持ったのか「ママ大丈夫?」といつも気遣ってくれる。勿論、建人さんと灰原さんも。雄人の時とは違って悪阻も酷く、体調が優れなかったり食事もろくに摂れない日もあったけど、それでも新しく授かった命が誕生するのは凄く楽しみ。




「おめでとうございます、女の子ですよ〜!」
「あ…、」
「小春…っ、お疲れ様でした、よく頑張りましたね。」

3月3日、女の子が生まれ、雄人はお兄ちゃんになった。名前は建人さんとずっと考えていた名前を付けた。

「ひなこ、おにいちゃんだよ!」

雛のように可愛らしく、日向のように温かい子に育つようにと、『ひなこ』。七海ひなこ。

「小春さんお疲れ様…!七海も!わぁ…ひなこちゃん可愛い〜!」
「ゆうにいちゃん!ひなこがね、ゆうとのゆびつかんだ!」
「雄人より手が小っちゃいね!僕も妹が生まれた時のこと思い出すよ…!雄人、お兄ちゃんのやり方は僕に任せて!なんでも聞いてね!」
「うん!」
「七海も小春さんも、僕にできることは何でも言ってよ!」
「ありがとう、灰原。」
「灰原さんにはお世話になりっぱなしですね、本当にありがとうございます。」
「気にしないでいいって!」
「灰原も七海家の一員として、これからもどんどん働いてもらいますよ。」
「うん!任せて!まずは何する!?あっ、お祝い!?」
「まだ小春が入院中ですから、それは退院してからでしょう。気が早い。」
「あ、そうだった…!」




私がひなこと一緒に退院してから体調をみて、出産祝いと私の退院祝いにと皆でお祝いをした。建人さんの両親と、私の祖父母、それから灰原さんも一緒に。皆ひなこにデレデレしていて、それを見ているとすごく面白いと言うか、雄人の時もこうだったなぁと思い出して微笑ましい。前世から関りのある皆には、LIMEで2人目が生まれたことを報告した。面白かったのは五条さんと夏油さんの反応。

『今度こそ僕との子だね!!僕女の子欲しかったんだー!』
『私との子供かな、可愛いね。流石私と小春ちゃんの娘だ。』

これを見た建人さんは私のスマホから2人の連絡先をブロックしていて笑った。勿論2人とも冗談を言っていると分かっているんだけど、建人さんはこの2人に容赦がない。お店に押し掛けて来て出産祝い金だと、分厚い封筒を渡されたのにはビックリした。

「どうしよう、ひなこが大きくなったら僕と結婚する!って言いだしたら!歳の差いくつよ?!」
「何故うちの娘が五条さんに惚れると思っているんですか。」
「いや惚れちゃうでしょ〜、だってもうすぐアラフォーなのにこの美貌よ?今でも生徒達に大人気!GLG五条悟よ!?」
「いいや、間違いなくひなこちゃんは私に惚れるだろうね。悟よりも私の方が常識があるしなにより男前だ。」
「この前白髪見つけたってショック受けてたやつが何言ってんの?」
「全毛白髪野郎…。」
「あ?なに?」
「喧嘩するなら他所でお願いします。」
「ふふふっ、」
「五条さんも夏油さんも変わってないですね!」
「灰原もね。」
「すっかりパン屋が板についてんじゃん。」
「さとるおじさんも、すぐるおじさんも、ひなこにちかづいちゃダメ!ひなこはぼくがまもる!」
「「おじさん…、」」
「雄人!傑ならともかくなんで僕もおじさんなわけ!?」
「雄人、撤回しようか。私はおじさんじゃないよ、おじさんは悟だ。」
「「あ゛ぁ?!」」
「ですから喧嘩は他所でお願いします。営業妨害ですよ。」
「やーい、七海の老け顔〜。」
「七海のけちんぼ〜。」
「フー…、お2人とも表へどうぞ。2人まとめてひっぱたきます!」



 


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