廻る




可愛い子には旅をさせないの続き




早いことに、ひなこが小学1年生、雄人は小学6年生になった。そして、ベーカリーナナミンが定休日である平日の昼過ぎ、七海家で事件が起こった。パリーン!とガラスの割れる音と、ひなこの泣く声。そして私と小春を呼ぶ雄人の声に、洗濯物を干していた私と小春は何事かと2人の元へ。小学校から帰った2人は宿題をするべく子供部屋にいた。

「どうしたんですか雄人、ひなこ。」
「パパ!急に窓が割れた!」
「雄人、ひなこ!大丈夫!?」

すぐに雄人とひなこを抱き締めた小春が泣いているひなこをあやし、私は2人に怪我がないことを確認して割れた窓ガラスに近付いた。割れて床に散乱した窓ガラスの近くに、白い布が巻き付いた拳ほどの大きさの丸いなにかが落ちていた。そっとそれを拾い上げる。

「これを誰かが投げ入れたみたいですね。…石のような物が入ってます。」
「それ!あとね!誰かが走って行った音がした!」
「じゃあ…意図的に誰かが窓を割ったんですか?」
「そういうことでしょう。警察に通報します。3人ともリビングへ。」
「はい。」
「ひな大丈夫?」

ひなこは余程ビックリしたのか、小春があやしても泣き続けていた。3人が子供部屋を出て行ったことを確認し、私は拾い上げた布の巻かれた石を手に、子供部屋を出てドアを閉めた。リビングのテーブルに投げ込まれた石を置き、警察へ電話をして事情を説明すると、警察はすぐにうちに来てくれた。警察官に子供部屋を見せて、投げ込まれた石も見せた。私が最後に触ったことを伝え、警察官が手袋をした手で石に巻かれていた白い布を解いていく。

「なんだこれ…、」

そこには赤い文字で『店潰れろ!』と書かれていた。こんなことをする誰かに身に覚えはあるかと聞かれたが、私も小春も全く身に覚えがない。子供達も誰かに恨まれるようなことに巻き込まれた記憶もなければ、2人からそういった話も聞いた事がない。警察官のうちの1人は私達のベーカリーナナミンがテレビや雑誌に取り上げられている事を知っていた為、同業者からの逆恨みではないかと可能性を挙げた。

「念の為、1週間ほど店の周りをパトロールしましょう。」
「お願いします。」
「お店にカメラなどは設置していますか?」
「店内に1つと店のドア前に防犯用が1つあります。」
「では、犯人が映っている可能性もありますので、カメラの映像データを拝借します。それから、車のドライブレコーダーも確認させてください。」
「分かりました。」

布と石から指紋を採取するので私の指紋もついているだろうからと、私だけ指紋採取をされた後、現場検証と事情聴取が終わって警察は帰っていった。子供部屋の窓ガラスはその後業者に連絡し、窓ガラスの交換をお願いした。その間は段ボールを窓枠に張り付けておいた。

「誰がこんなことをしたんでしょう…。」
「分かりません。一先ず、子供達に怪我がなくて本当に良かったです。雄人もひなこも怖い思いをしましたね…。」
「パパ…!」
「雄人、ひなこを守ってくれてありがとうございます。」
「うん…!」

雄人も驚いたのだろう。私に抱き着いて来たまだまだ小さな体を抱き締め返した。ひなこは泣き疲れてソファで眠ってしまったらしい。小春がキッチンからコーヒーとココアを淹れて戻って来た。お盆をテーブルに置いた小春が雄人を挟むように私の隣に座る。

「雄人、ココア淹れたからね。」
「ママありがとう、」
「よしよし、大丈夫よ。パパとママが雄人もひなこも絶対に守るからね。」

小春に抱き着いた雄人。3人で温かい飲み物を飲んで少し落ち着くと、今回のことを灰原にも伝えておいた方がいいだろうと小春と話した。灰原も従業員としてこの店に関わっている。万が一彼の家や灰原自身になにか被害が起きてからでは遅い。前世の記憶がある私や灰原は、犯人から危害を加えられそうになっても自分で対処できるが、小春や子供達、灰原の家族がそうとは限らない。私はすぐに灰原に連絡を入れて、気を付けるようにと注意を促した。

『雄人とひなこに怪我がなくてよかったよ…!それにしても誰がそんなことを…許せないな…!』
「警察もパトロールを強化してくれるらしい。灰原も従業員として顔が割れているから、なにもないとは言い切れない。十分注意して欲しい。」
『分かった!明日はどうするの?お店は営業する?』
「店舗の方に被害はない。警察からも営業して問題ないと言われている。今日来てくれた警察官の方がうちの店のパンが気になっていたらしい。様子見がてら買いに来てくれるそうだ。」
『そっか。早く犯人が捕まるといいけど…。』
「ああ…。」

灰原との電話を終えた頃、業者が到着して子供部屋の窓ガラスの交換をお願いした。対応はすべて私がし、小春には雄人とひなこを連れて寝室へ移ってもらった。子供達はただでさえ怖い思いをした上に、警察や業者がぞろぞろと家の中を出入りするのはかなりのストレスだろうと思ったからだ。小春も不安だろうし、雄人も事情聴取を受けて疲れていることだろう。なにか家族たちの不安を紛らわせる方法があればいいが…。窓ガラスの交換が終わって業者を見送ると、寝室にいる家族たちの元に戻った。ひなこが目を覚ましたのか、小春に抱き着いて離れないらしい。

「夕飯はどこか外で食べましょう。今は少しでも気分が上がるようなことをした方がいい。」
「…そうですね。雄人、なにが食べたいですか?」
「……お寿司とか?」
「いいですね。ひなこはなにが食べたいですか?」
「…ひなもお寿司、」
「では今日はお寿司を食べに行きましょう。」
「やったー!」

私達は近所の回転寿司屋に向かった。雄人もひなこも新幹線で運ばれてくる寿司を見てはしゃいでいる。小春も私もその様子を見て、落ち込んでいた気分が元に戻っていくのを感じた。回転寿司で腹を満たした帰りに、スーパーで雄人とひなこに好きなお菓子やアイスなどを買ってあげた。小春にもデザートを買い、私は酒のつまみを買った。家族全員の落ち込んでいた気分が元通りになり、私達は帰宅。車から小春と子供達を先に降ろし、私は車を駐車場に停めていたところで、雄人がひなこと共に2階の玄関の階段から駆け下りてくるのが見えた。すぐに小春も下りてくるのも見えて、私は途中だった車庫入れを中断して車を降りた。

「どうしたんです、」
「パパ!鍵が壊れてる!」
「パパぁ!」
「建人さん…!警察を呼んでください!」
「何事ですか。」
「玄関の鍵が壊されていて、誰かが入ったみたいなんです…!」
「…小春は車の中にいてください。通報も頼みます。私が中を確認するので、私が下りて来るまで車の鍵はロックを。早く。」
「は、はい!雄人、ひなこ、車に乗って!」
「う、うん!パパ気を付けてね?!」
「パパぁ!」
「ええ、勿論です。すぐに戻ります。」
「建人さん…、」
「…大丈夫です、小春。私を信じてください。」
「…はい。」

3人が車に乗り込んでロックが掛かったことを確認すると、私は深呼吸をして静かに玄関に続く階段を上った。呪術師時代の緊張感を思い出しながらドアの前に立つと、ドアノブを掴んでゆっくりと静かにドアを開ける。靴は脱いで足音を忍ばせながら家の中に踏み込むと、電気はつけずにその場で耳を澄ませて、私以外の誰かの気配がないか探った。……リビングからごそごそと音が聞こえる。静かにリビングに向かうと、音が立たないように慎重にドアを開けて中に入った。

「クソッ!クソォッ!」

なにやらブツブツと呟きながら部屋を荒らす男の後ろ姿に、私はそっとその背後に忍び寄った。他に人の気配はないことから、単独での犯行だろう。私の家族を怖がらせたこの男にはそれ相当の罰を受けて貰わなければならない。男の首に腕を回してホールドすると、男の体を床にうつ伏せに押し倒した。暴れる両手を掴んで背中で拘束し、体重を掛けて男を床に押さえ付ける。

「人の家でなにをしているんです。」
「ぐッ、ぶ、なんで…ッ、」
「質問しているのは私です。もう一度聞きます。人の家でなにをしているんです。」

男は私から逃れようと必死に暴れるが、私の方がこの男よりもタッパがあり力も強かった。抵抗しても逃げられないと悟ったのか、男は次第に大人しくなっていく。すぐにバタバタと階段を駆け上がる足音が聞こえ「大丈夫ですか、七海さん!」と私の安否を問う声。

「大丈夫です。犯人は捕らえました。」
「失礼します!」

小春が呼んでくれたのか、それともパトロールで近くにいたのか、すぐに警察が来てくれた。足音がリビングに近付き、部屋の明かりがついて眩しさに目を瞑る。ゆっくりと目を開けて見えた犯人の顔。

「…貴方は、」
「くっ、クソォ!」
「七海さんお怪我はないですか?!」
「私は大丈夫です。犯人をお願いします。」
「えー、19時31分、不法侵入の現行犯!」

警察官が犯人の男に手錠を掛け、私は男の拘束を解いた。男は私を恨めしそうに睨みながら「またオマエが」と言うので、私の予想が確信に変わる。男は前世で小春のストーカーだった男だ。警察に連行されていく背中を見ながら、彼にも前世の記憶があって未だに小春を忘れられていないのかと思うと同時に、沸々と怒りが湧いてきた。

「待ってください。」
「七海さん?」

私は連行される男の肩を掴んで振り向かせた。男は私と目が合うと「ひッ」と小さく肩を震わせる。

「…前世だけならず現世でも小春に付きまとうのはやめてください。また貴方が私と小春、そして私達の家族に関わろうものなら、私も家族を守るために容赦はしませんので…そのあたり、しっかりと頭に入れておいてください。私からは以上です。」

男は警察に連行されリビングは再び現場検証となり、私と小春は本日2度目の事情聴取となった。買って来たアイスは雄人とひなこを落ち着かせるために、小春が車の中で食べさせたらしい。それ以外の冷蔵品を冷蔵庫に入れさせてもらうと、小春に子供達の寝支度を任せて私が現場検証に立ち会った。ドアの鍵は壊されていたのでまたしても業者に連絡し、運がいいことにすぐに業者に来てもらえた。雄人とひなこは明日も学校だが無理して行かなくてもいいと伝えると、先に眠る子供達を寝室まで見送った。鍵の交換と現場検証が終わったのはその日の深夜0時過ぎ。ようやく家族だけとなった家の中を小春と共に片付けていく。部屋の中は荒らされてはいるものの、物を盗られた様子はない。

「今日だけで2回も警察のお世話になるなんて…ビックリですね…。」
「ええ。」
「建人さんに怪我がなくてよかった…。」
「…小春、」

ホッとした顔でそう言った小春を抱き締めてキスを落とし、小春と共に片付けの終わったリビングのソファに腰掛けた。

「実は、犯人の男に見覚えがありました。」
「え?」
「…前世で一度、小春を襲った男がいるのを覚えていますか?」
「……もしかして、あの…呪霊に憑かれてた…、」
「ええ。」
「そんな…、また…、」
「どうやら彼にも前世の記憶があったようですね。私と小春が何度かメディアに出たことで彼も記憶を思い出したのか、それとも元から記憶があったのか…。どちらにせよ、二度と私達に近付くなと釘を刺しておきました。」
「…そうだったんですか…。」
「怖い思いをさせてしまいましたね。」
「…建人さんはなにも悪くないです。それよりも、怪我がなくて本当によかった…。」
「昼間の窓ガラスも、もしかすると彼がやったのかもしれません。…どうしますか?明日は営業日ですがお店を休んで、雄人もひなこも学校を休ませて、4人でのんびり過ごすのもいいかと。」
「そうですね…。2人共お寿司で元気を取り戻した感じはありましたけど、また怖がってましたし…。」
「ええ…トラウマなどになっていないといいのですが…。」




翌朝、私はお店のドアに『諸事情により本日はお店をお休みします』と張り紙を貼った。灰原には寝る前にLIMEで事情を説明し、店を休むことを伝えてある。雄人とひなこの小学校にも、電話で事情を説明して休むことを伝えた。起きてきた雄人とひなこにも学校をお休みすることを伝えると、2人はきょとんとした顔で不思議がっていた。

「今日は家族でお家でのんびり過ごすか、どこかにお出掛けするか、どっちがいいですか?」
「お出掛けってどこに行くの?」
「どこでもいいですよ。行ける所に行きましょう。」
「ゲームセンター行ってみたい!」
「ゲームセンター?」
「ひなこもゲームセンター行く!」
「前に友達が遊んだって言ってた!いっぱいゲームがあるんだって!」
「そうですか。では、今日は皆でゲームセンターに行きましょう。」
「やったー!」
「わーい!」
「2人とも着替えてきて。」
「はーい!ひな行こう!」
「うん!」

雄人がひなこの手を引いて子供部屋に着替えに行くと、私と小春は顔を見合わせて小さく笑った。

「ゲームセンターなんていつ振りかなぁ…、」
「私も前世で入った記憶がありますが、生まれ変わってから行くのは初めてかもしれません。」
「それじゃあ現世の建人さんの初ゲーセンデビューですね!」
「そうですね、デビューするからには楽しみましょう。」
「はい!」

身支度を終わらせて車に乗り込むと、私達はラウンドツーに向かった。ここならゲームセンターの他にも遊べるものが多いので間違いなく楽しめるだろう。ラウンドツーのスポッチャではしゃぎ、カラオケで盛り上がる3人を眺め、ゲームコーナーでメダルゲームやUFOキャッチャーを楽しんだ。ぬいぐるみやお菓子を取ってはしゃぐ雄人とひなこに、私も小春も自然と笑顔になる。帰りの車では、遊び疲れたのか雄人とひなこは後部座席で寄り添って眠っており、助手席に座る小春が2人の寝顔を静かに写真に収めていた。雄人は小学6年生になったこともあり、背もかなり伸びて力もついてきた。学校では部活をせず、帰ってくると宿題を終わらせてから店の手伝いをしてくれている。聞けば女子生徒に告白されることも増えたらしいが、こむぎちゃんが好きな雄人は告白を断っているらしい。ひなこはまだ好きな人はいないらしい。いなくて結構、うちの娘は嫁に出しませんからね。帰宅後、子供達を起こして車から降ろすと、今日は私が車を停めるまで家の中に入らずに待ってもらった。車から降りて私を先頭に玄関に続く階段を上がり、新しくなった鍵を開けて中に入った。鍵も問題なく掛かっており、玄関から見える部屋の雰囲気も出掛ける前と変わっていない。

「大丈夫です、犯人は捕まっているので問題ないでしょう。」
「良かった〜!」
「ただいまー!」
「ただいま!」

リビングに荷物を置いて4人でわらわらと洗面所に向かう。ひなこから順に手洗いうがいを済ませてリビングに戻り、私と小春は夕飯の支度を始めた。雄人とひなこはお菓子やぬいぐるみを片付けて、ソファに座ってテレビを見ている。

「雄人、ひなこ、おてて洗って〜。」
「はーい!」
「ご飯なに〜?」
「ピザにしました。一緒に盛り付けましょう。」
「盛り付ける!」
「やる〜!」

洗面所に向かう2人を見ながら、私も小春も微笑ましさに頬が緩んだ。雄人とひなこが具材を盛り付けたピザを焼き、4人で楽しい晩餐を囲んだ。私が後片付けをしている間に小春はひなこと共にお風呂に入り、雄人もその後入浴、私も片付けを終えてお風呂を出る頃には雄人もひなこも寝てしまった。雄人とひなこは今日のラウンドツーが余程楽しかったらしい。UFOキャッチャーで取ったぬいぐるみを抱き締めて眠るひなこに微笑ましくなり、こっそり写真を撮っておいた。

「2人とも大丈夫そうですね…。」
「ええ、楽しい思い出で塗り替えられたようで安心しました。」
「建人さん、お疲れ様です。」
「小春もお疲れ様でした。昨日は散々でしたが、私も今日は楽しめました。」
「私も久し振りにはしゃいだので、明日は筋肉痛になってるかもしれないです。」

愛しい我が子達の寝顔を眺めながら小春と小声でそんなやり取りをした。後日、警察の取り調べで分かったのは、うちに石を投げ入れたのも家に侵入したあの男の仕業だったらしい。テレビで私と小春を見て店を突き止め、私達への嫌がらせと小春の目を覚まさせるために家に忍び込んだと供述しているそうだ。男の自宅を調べたところ、前世同様に小春の他にも複数の女性への付き纏い行為、住居への侵入が確認されたとのことで、男は再逮捕された。

「前世で良くも悪くも関わりのある人達と、また現世でも巡り会う運命なんですかね…。」
「そうだとすれば、これ以上悪い関わりは御免ですね。」
「そうですね…。」

悪い縁が今もまだ続いているのならば、なんとしても家族には関わらないで欲しいと願うばかりだ。うちに強盗が入ったことはニュースにもなり、ベーカリーナナミンの名はさらに広がった。常連さんにはかなり心配されたが、その後悪いこともなく今まで通り営業を再開している。






「ベーカリーナナミン…ねえ、今度行ってみよ。久し振りに会うなぁ、七三術師。」

良くも悪くも…。



 


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