可愛い子には旅をさせない




小さな手の続き




ひなこが生まれてあっと言う間に月日が経った。ひなこはみるみるうちに成長し、私や小春、雄人のあとを追い掛ける姿は、その名の通り雛鳥のように可愛らしい。灰原もひなこを実の妹のように可愛がり、仕事の合間に子守りまで手伝ってくれている。雄人同様、ひなこも灰原の人柄の良さを分かっているのか、すっかり慣れて懐いている様子だ。灰原もすっかり私達の家族のように馴染み、笑顔の絶えない日々を過ごしている。そんな環境で育ったひなこは、またしても名前の通り日向のように温かい子に育った。

「ひなこ、これはポイするんだよ!」
「ぽい!」
「上手!」

雄人もすっかりお兄ちゃんが板についた。今では雄人も小学2年生、ひなこは3歳になった。ひなこも保育園に通いだし、雄人は小学校が終わって友達と遊ぶ日もあれば、店の手伝いをしてくれる日もある。まあ、後者の方が割合的に多い気がする。雄人はクラスメイトを家に連れてきて、我が家の住居スペースで遊ぶ事があるのだが、そのとき必ずと言っていい程家に来る女子生徒がいる。小春曰く、その子の名は『こむぎちゃん』といい、前世で雄人の奥さんだった女性と同じ名前らしい。特徴も似ているそうだ。私は雄人が幼い頃に殉職してしまったこともあり、雄人がどんな相手と結婚したのかまでは見ていない。しかし、生まれ変わる前に小春からは、雄人は『こむぎさん』を想い続け、『こむぎさん』も雄人の傍で一緒に『ベーカリー ナナミン』を支えてくれたと聞いている。生まれ変わった彼女に雄人との前世の記憶があるかは定かではないが、雄人が愛した女性が再び彼の前に現れてくれたことは、私も自分のことのように嬉しく思う。願わくば、再び愛し合う二人が結ばれて欲しいものだ。話は戻るが、雄人は時たま学校帰りにそのこむぎちゃんを連れてくることがある。彼女のご両親はうちのパンを大層気に入ってくれており、常連さんでもあるのだが、どうやらこむぎちゃんもパン作りに興味があるらしい。雄人とこむぎちゃんは私と小春、それから鈍感な灰原から見ても相思相愛。大変微笑ましい仲の良さだ。住居スペースと1階の厨房を繋ぐ階段から、2人して私の作業を覗き込む姿はこちらとしても癒されるものである。そして今日もその視線を感じながら、焼き上がった試作品のパンをオーブンから取り出した。

「…食べてみますか。」
「「!」」
「いいの?!」
「勿論です。是非感想を聞かせてください。こむぎちゃんもどうぞ。」
「…あ、ありがとう、おじさん。」
「どういたしまして。いつも雄人がお世話になっていますから。」

おじさん…と、地味にダメージを受けつつも、私も現世ではそれなりに歳を取ってしまったので、認めざるを得ない。試作品のパンは焼き立てで熱々なこともあり、少し冷ましている間に2人にはしっかりと手洗いうがいをするように伝えた。新しくメニューに加えようと考えているのはミートパイと海老とブロッコリーのグラタンパイだ。今ではテレビやグルメ雑誌でも紹介されるほど人気になった『ベーカリー ナナミン』は、ありがたいことに経営も安定し続けている。灰原の時給も100円アップし、雄人にもひなこにもお小遣いを与えられるほどの余裕もできた。年に一度、家族旅行に行く余裕もある。天板からまな板に移したミートパイと海老とブロッコリーのグラタンパイを半分にカットすると、手洗いうがいを終えて戻ってきた雄人とこむぎちゃんの分を紙皿に載せて渡した。もう1つずつを3等分にカットし、私と小春とひなこの分。それからレジ対応中の灰原には丸々1つずつを袋に入れて持ち帰り分を用意しておいた。

「いただきます!」
「いただきます。」
「どうぞ、お口に合うといいですが。」

2人は行儀よく手を合わせて試作品のパンを食べ始めた。レシピは前世で作っていた物と同じレシピを小春から教わって作った。そんな小春は今、ひなこを保育園に迎えに行ってそのまま夕飯の買い出しに行っている。そろそろ帰ってくる頃だろう。噂をすればなんとやら、住居スペースの玄関が開く音と共に、小春が帰宅を告げる声。階段から2階を覗き込みそれに返事を返せば、今度は小さな客人がそろりそろりと階段を1段ずつ下りて来た。

「パパ!」
「おかえりなさい、ひなこ。手洗いうがいは済みましたか。」
「すみました!」
「偉いですね。」
「なにたべてるのー?ひなのは?」
「ひなこの分も勿論ありますよ。ママと一緒に食べましょうか。ママを呼んで来てくれますか。」
「いーよ!ママー!」
「走ると危ないですよ。」
「七海ー!カスクート終了!」
「了解です、追加分を出しましょう。」

その後、こむぎちゃんを迎えに来たこむぎちゃんママは、わざわざ食パンとラスクを買ってくださった。小春はこむぎちゃんママと気が合うらしい。向こうは覚えていないそうだが、前世で小春の先輩だった女性がこむぎちゃんママだそうだ。私も言われるまで気付かなかったが、どこか見覚えがある女性だと思っていた。私が働いていたビルの受付嬢をしていた、あの女性だ。

「試作品のパン、よかったらどうぞ〜!」
「えぇ!?いいの!?」
「是非是非!感想聞かせて欲しいです…!ミートパイと海老とブロッコリーのグラタンパイなんですけど、」
「やだぁ〜!そんなの絶対美味しいじゃない!ありがとう、感想LIMEするわね…!」
「はい、是非!ありがとうございます!」
「こちらこそありがとう…!こむぎもありがとうございますした?」
「ありがとうございます…!」
「どういたしまして〜。こむぎちゃんもまた来てね!いつも雄人と仲良くしてくれてありがとう!」

小春の言葉に照れたように笑ったこむぎちゃん。雄人も照れているのか、モジモジと落ち着きがない様子。私はそんな4人のやりとりを、灰原と共に空になったパンかごを集めながら微笑ましく聞いていた。こむぎちゃんとママさんを見送った小春は、夕飯の支度をしに2階のキッチンへ。私も厨房の片づけをし、灰原は引き続き店番。雄人とひなこは小春と共に2階へ上がった。19時を過ぎればパンは売り切れ、私は灰原と共に閉店準備を始める。灰原もすっかり仕事に慣れたのか、手際はかなり良くなった。レジ金と売り上げの入った金庫を手に住居スペースへ上がり、灰原と共に5人で夕飯を囲んだ。夕飯を食べた後は灰原に試作品のパンを渡し、帰る彼を家族全員で見送った。私が後片付けをしている間に雄人は宿題に取り掛かり、小春はひなこと共に入浴、宿題を終えた雄人と私がその後入浴。雄人に背中を流してもらうのも悪くない。

「こむぎちゃんとはどうですか、雄人。」
「ん〜、へへっ、仲良しだよ。」

雄人もこむぎちゃんもお互いに両思いであることは理解している様子だ。このまま成長を続けて思春期を迎えれば、周りに揶揄われることもあるだろう。だが、その難しい時期すら乗り越えて2人には幸せになって欲しいと、心から思っている。風呂を出て雄人を寝かしつけると、ひなこを寝かしつけた小春と共にようやく2人きりの時間を過ごす。ソファに隣り合って座り、私の肩に凭れるその体を抱き寄せて静かな晩酌タイムだ。互いに明日も早いことから飲むのはグラスワインを1杯だけ。つまみはチーズと生ハムのクラッカー。

「今日もお互いお疲れ様でした。」
「お疲れ様でした、乾杯。」
「かんぱ〜い。」

チィンと小さくグラスを合わせて赤ワインを一口。口内に広がる芳醇なブドウの香りと深い味わいを堪能していると、テーブルにグラスを置いた小春が私に振り返った。

「そういえば建人さん、」
「どうしました、小春。」
「ちょっと気になる、というか…どうなるんだろうなぁ〜?って思ったことがあるんですけど、」
「…なんでしょう。」

真剣な話かと思い、私もテーブルにワイングラスを置いて話を聞く姿勢を取った。小春はいつになく真剣な表情で私を見つめる。…一体何の話なのか、私には思い当たることがない。

「…雄人は、前世でこむぎちゃんと結婚したじゃないですか?」
「…ええ、そう聞いています。」
「それで現世でもこむぎちゃんに出会って、2人共イイ感じですよね?」
「そうですね、お互いに思い合っている様子ですし、また現世のように……、」

そこまで言いかけて、私は小春の言いたい事を理解した。私の顔色が変わったことに気付いた小春は、真剣な表情のまま小さく頷いた。……つまり、小春の言いたい事はこうだ。雄人には前世でこむぎさんという相手がいた。そして現世でも同じこむぎちゃんと出会い、関係も良好。私と小春同様に、現世でも結婚するのではないかと期待している。そして前世の私と小春の間にできた子供は雄人のみだった。前世では生まれなかった娘が、現世では生まれている。ひなこにどんな前世があったかどうかは不明だが、私と小春の元に生まれてきた愛しい娘だ。そんなひなこにどんな相手が現れるのか…と、小春は言いたいらしい。私はすっかり忘れていた。前世の呪術師時代とのギャップがあり過ぎてか、幸せな毎日を過ごしている内に平和ボケしてしまったらしい。

「……ひなこがどんな男と結婚するのか、と言いたいのでしょう。」
「そういうことです…。」
「……フーッ…、考えたくもないですね。ひなこはどこにも嫁に出しません。」
「…ぷっ、ふふっ、そんなに眉間に皺を寄せないでください。」
「失礼、つい癖で。ですがひなこは絶対に嫁に出しません。」
「建人さんならそう言うと思ってました。ひなこが今日言ってたんです、保育園でお友達が結婚式をしたーって。」
「…ほう、」
「それで、ひなこは大人になったらどんな人と結婚したいの?って聞いてみたら、なんて言ったと思いますか?」
「……まさか、幼稚園に誰か好きな子がいるんですか。」
「ふふふっ、違いますから安心してください。ひなこは建人さんと結婚したいそうですよ?」
「……、」
「パパと結婚する〜って言ってましたから、まだ好きな子はいないそうです。」
「フーッ…、次の休みは家族でピクニックでも行きましょう。」
「もう、建人さんったら、可愛い人。」

私が心の中で安堵したことを、小春は見抜いたらしい。そうか、ひなこはパパである私と結婚したいのか…。よく娘を持つ父親あるあるだと聞いたことはあったが、実際に言われているとなるとなんとも形容しがたい嬉しさがある。

「でも建人さんは私の旦那さんだから、いくらひなこでもあげませんからね?」

そう言って私の胸板に擦り寄る小春に、なんとも幸せな気持ちで胸がいっぱいになった事か。その日はつい、朝が早いことも忘れて小春と遅くまでリビングで愛し合った。子供達を起こさないようにと思いつつも、2人して盛り上がってしまったのは言うまでもない。




数日後。その日は店の定休日、家族4人でピクニックに出かけた。朝から小春がお弁当を作り、私は子供達の着替えと遊具や水筒を準備して風呂を磨いてから、車で30分ほどの距離にある大きな森林公園へ。木陰にレジャーシートを敷いてお弁当を食べると、小春と共に子供達と遊んだ。私は雄人と小春がバドミントンをしている間に、レジャーシートの上で水筒を飲むひなこに気になることを聞いてみた。

「ひなこ、パパのことは好きですか。」

ひなこは私を見上げて嬉しそうに笑い、小さく頷く。今ひなこには好きな人がいない。私と結婚したいというひなこには、是非ともそのままの気持ちで成長してもらいたいのが父親心というもの。勿論、私には小春がいる上に、親子なのでひなこと私が結婚するなんてことはありえないのだが…。愛する娘が下手な男に引っ掛かって傷付くなんて以ての外である。結婚するならば私と小春が文句なしと認めた相手とでなければならない。そもそも嫁に出す気はないのだが…。

「ママに聞きました。ひなこはパパと結婚したいんですか。」
「うん!ひなはね、パパすき!パパとけっこんするの!でもね、にいにもすき!ママもすき!あとねぇ、ゆうにいちゃんもすき〜!」

……灰原、だと…?いや、灰原は私も前世から長年信頼している友人で、彼の性格もよく理解している。まあ、灰原なら…五条さんや夏油さんのようなチャランポランに比べればまだマシではあるが…。そうか、灰原か…。いやしかし…、

「パパー、トイレ!」
「分かりました、行きましょう。」

雄人がトイレに行くと言って戻ってきたので、ひなこは小春に任せて雄人を連れて森林公園の公衆トイレに向かった。雄人が用を済ませるのを待ち、手を洗った彼にハンカチを渡して小春たちの元へ戻る所で、見覚えのある3人組を見つけてしまい思わず舌打ち。雄人が私の視線の先を見てしまったらしい。

「あ!悟おじさんと傑おじさん!硝子お姉さん!」
「待ちなさい雄人…!」

雄人は木陰でレジャーシートを敷いて酒盛り中の五条さん達の元へ、走って行ってしまった。私もそれを追い掛けると、雄人に気付いた3人。そして3人の視線がその後に続いた私に向いた。

「あれー、雄人と七海じゃん!」
「こんにちは!」
「こんにちは、雄人。元気に挨拶できて偉いな。酒飲むか?」
「子供になに飲ませようとしてるんですか、家入さん。」
「2人で来たって感じではなさそうだね。ということは小春ちゃんとひなこちゃんも来てるのかな。」
「向こうにママたちいるよ!」
「雄人、教えてはいけません。ここは他人のフリをしましょう。」
「七海ひっど〜い!」
「どうせなら一緒にどうかな?合流しても。」
「お断りします。家族団欒中ですので。」
「ウケる、マジで嫌な顔してんじゃん。僕らの仲だろ〜、七海ぃ〜。」
「オマエ達が七海を揶揄うからだろ。」
「五条さん、あなた飲んでるんですか。」
「いや、飲んでないよ。場酔いってやつ?ていうか僕まで飲んだら誰も運転できないしね。」
「硝子、空き缶全部こっちに詰めて。」
「ん。」
「待ってください、なぜ移動の準備をしているんです。」
「なぜって、」
「ねぇ?」
「七海のことだから食いもん持って来てんでしょ〜?」
「さっきお弁当食べたよ!」
「マジ?」
「食べ物はもうないのかい?」
「子供用のおやつしかありません。集らないでください。」
「雄人、小春さんはどっちだ?」
「あっち!硝子お姉さん来て来て!」
「「流石硝子!魔性の女!」」
「ひっぱたきますよ…。」

なんということか。まさか五条さんと夏油さん、家入さんが3人でこんな所で飲んでいるとは予想もしていなかった…。このままでは小春とひなこがあの2人にウザ絡みされてしまう。なんとしてもそれだけは阻止しなくてはならない…!私はすぐに4人のあとを追い掛けた。

「お疲れサマンサー!」
「や、小春ちゃん、ひなこちゃん。」
「お邪魔するよ。」
「あ…!お久し振りです、皆さんも来てたんですね…!」
「私たちの場合は酒盛りだけどね。」
「ご一緒させてもらってもいいかな?」
「はい、勿論です。ひなこ、こんにちは〜って、」
「久し振り、ひなこ。大きくなったねぇ〜!」
「………、」

おやつのハッピーターボを食べていたひなこの目の前に、五条さんが目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。ひなこは五条さんを見てぽろりとハッピーターボを落としたかと思えば、みるみるうちに目をキラキラと輝かせて…、

「おうじしゃまだ…、」
「嘘でしょう。」
「フッ、僕のお姫様…お手をどうぞ♡」
「ひなこ、五条さんだけはやめてください。彼だけは絶対にダメです。」
「それなら私はどうだい、ひなこちゃん。」
「…おしゃけくしゃい…。」
「……そうか、すまないね。」
「ブッヒャッヒャッヒャッヒャ!!」
「王子様の笑い方じゃないな。」

ひなこは五条さんを王子様だと思っているらしい。こんなチャランポランな王子様がいてたまるか。小春は「あら〜よかったね〜」と、五条さんに抱っこされたひなこを微笑ましそうに見ている。なにも良くないですよ、小春。ええ、なにも良くない。寧ろ最悪です。

「お、おうじさまはね、なんてなまえなの?ひなはね、ひなこだよ。」
「僕は五条悟だよ。さ、と、る。」
「…しゃとる?」
「うん、上手だねぇ〜♡ほんと可愛い♡」
「五条はロリコンだったんだな。」
「捕まればいいんじゃないかな。」
「失礼な。可愛い後輩と教え子の娘が可愛くないわけないじゃないの。ていうか傑のそれは僻みでしょ。酒飲んでる傑が悪い。」
「パパ〜、」

五条さんに抱っこされたままひなこが私に視線を向けた。

「…ひなこ、さ…パパが抱っこしますよ。」
「ひなね、しゃとるとけっこんする!」
「………は?」
「いいよ〜?ひなこが結婚できる歳になるまで僕待ってるよ♡いやぁ、七海をお義父さんって呼ぶ日が待ち遠しいね〜?」
「それってつまり何歳差?」
「やーい、悟の犯罪者ー。」
「五条さん、今すぐひなこを返してください。貴方はうちの娘に相応しくない。」
「え〜?そんなことないよね、小春ちゃん?」
「ふふふっ、うーん、どうですかねぇ?」
「ひなこ、パパと結婚すると言っていたでしょう。パパはどうするんですか。」
「パパはママがいるじゃん、」
「雄人、今はひなこに聞いてます。」
「へへっ、」
「パパはいい。しゃとるにしゅる!」
「わーい!じゃあ今度デートしよっか♡どこにでも連れてってあげる♡小春ちゃん、いい?」
「保育園がお休みの日ならいいですよ〜。」
「それって日曜とか?それなら僕も休みだ。ひなこ、どこ行きたい?」
「ひなはねぇ〜、うしゃぎしゃん!」
「うさぎか〜、動物園とか?」
「うん!」
「嘘でしょう。」
「どんまい七海。」
「まあまあ、建人さんそんなに落ち込まないでください。」
「フーッ、」

私はその日、五条さんに娘を取られてしまった。




ひなこが五条さんとデートと称した動物園に行くことが正式に決まってしまった。何故なら私がいくらダメと伝えてもひなこは五条さんから離れず、無理矢理引き剥がそうとすれば泣き喚く始末。五条さんは笑っていたが、私には笑い事ではない。よりにもよってなんで五条さんなんだ…それならまだ灰原の方がマシだ…。

「え?次の日曜は休み?」
「ええ、どうしても外せない用事ができてしまったので。」
「そっか、分かったよ。それより七海、大丈夫?なんかやつれてない?」
「…大丈夫じゃない。」
「え?」

私は灰原に、ひなこが五条さんと結婚すると言い出したことを話した。話を聞いた灰原は腹を抱えて笑うのでますます腹が立った。

「ごめんごめん、七海。大丈夫だよ!僕の妹も、小さい時は僕とか父さんと結婚するって言ってたけど、小学校に入ってから好きな人ができたって言い始めたし!ひなこもそんな感じで環境が変われば目が覚めるって!」
「目が覚める…、確かに…。五条さんにひなこを取られるくらいなら、まだクラスメイトに取られた方が…、いや…うちの娘は誰にも渡さない…。」
「七海落ち着いて…!そんなこと言ってたらひなこに嫌われちゃうよ!僕の妹も彼氏ができたって父さんにだけは内緒にしてたし。」
「彼氏……?絶対に許しま「はいはい落ち着いて!」

そんなこんなであっという間に日曜日が来てしまった。私はひなこを丸っと1日五条さんに預けることは絶対に許さなかった。

「それじゃ帰る頃か、なにかあったら連絡するよ。」
「絶対になにもなく無事に家に返してください。それと、必要以上のスキンシップは絶対にしないでください。それから「ひなこをお願いします、五条さん。」小春、」
「建人さんは厳し過ぎですよ。五条さんなら大丈夫ですって。」
「そうそう、最強の僕に任せなさいって。ひなこをちゃんとエスコートするよ。それじゃ、ちゃんと小まめに連絡するから心配しないで、小春ちゃんは七海をよろしくね〜!」
「はい、いってらっしゃい。ひなこもいってらっしゃい、楽しんでおいで〜。」

五条さんはひなこの荷物が入ったバッグを手に、ひなこを抱っこしてうちを出ていった。五条さんは今日の為にわざわざ車にチャイルドシートを取り付けたらしい。ひなこを乗せたチャイルドシートは私も小春もしっかり確認し、五条さんの車は我が家から遠ざかっていく。不安でしかない。そしてこうしてはいられない。

「私達も行きますよ。準備はいいですね、小春、雄人。」
「おー!」
「ふふふっ、」

私達も車に乗り込むと、ひなこを乗せた五条さんの車を追跡。五条さんの車から見失わない程度に距離を置いて、彼の車を追跡した。到着したのはふれあい向けの動物園。確かここはリスやウサギなどと触れ合えると聞いたことがある。駐車場に車を停めて、ひなこを抱っこする五条さんと距離を取りながら、3人で五条さんの後を追った。

「雄人、ここからはママを頼みます。私は五条さんとひなこの後を追います。」
「ラジャー!」
「小春、なにかあればすぐに連絡してください。」
「んふっ、はぁい。建人さんは気が済むまでひなこと五条さんのデートを見守っててください。」
「気が済んでたまりますか。今すぐにでも引き剥がしたいところです。」

動物園にもかかわらず動物を見ずにテーマパークゾーンを目指す五条さんの後を、私は静かに追い掛けた。雄人は動物園が好きだ。この動物園は私たち家族も始めて来る場所である。雄人は動物を見たがるだろうと思い、小春と共に行動してもらうことにした。五条さんとひなこはパンダカーに乗って楽しそうにはしゃいでいる。私はその様子を、耳を垂らしたウサギカーで距離を取りつつ追い掛けた。メリーゴーランドでカボチャの馬車に乗った2人は楽しそうにはしゃいでいる。私はその様子を、少し離れた馬の背中に乗って身を小さく屈めて追い掛けた。他にも3歳児でも大人と一緒なら乗れるようなアトラクションを楽しむ2人。その様子を少し離れた所から追う。気付けば時間は過ぎてお昼。五条さんはひなこを抱っこしたままフードエリアに向かった。2人でメニューを見ながら楽しそうに話す姿を、私は店の外から悔しくも見守る事しかできない。このままひなこが五条さんを恋愛対象として見て成長してしまえば、五条さんとひなこが男女の関係に…いいや、そんなことは決してあってはならない。何とかしなくては…!だがしかし、私が無理矢理にでも五条さんから引き剥がそうとすれば、ひなこは泣き喚いて私のことを嫌うかもしれない。流石にそれは心が折れる。なんとか「なにやってんの、七海。」いつの間にか、私の背後に立っていた五条さん。そしてその腕に抱えられているひなこの姿に、私はすぐに背中を向けた。

「………人違いでは。」
「えー、どう見ても七海でしょ。なに?そんなに僕とひなこがデートするの心配?」
「……五条さんの為ではありません、娘を心配しない父親などいないでしょう。」
「心配しなくていいって言ったのに。小春ちゃんに逐一連絡してるよ。今だってご飯食べるって連絡したところだから、もうすぐ来るんじゃない?」
「パパ〜、おしっこ〜。」
「ほら七海、流石に僕はトイレの面倒まで見きれないから頼むよ。パパでしょ?」
「……ひなこ、こちらへ。」
「ん〜、おしっこ〜。」
「五条さん、荷物を預かります。」

私はひなこを受け取って足早にパーク内のトイレに向かった。多目的トイレに入ってひなこのトイレの世話をし、ひなこと自分の手をしっかりと洗ってフードエリアへ戻れば、小春と雄人も合流したのか五条さんと同じ席に座っていた。そういえば五条さんが小春に連絡していたと…。

「建人さん、ひなこ、おかえりなさい。」
「ひなこ〜!」
「ママとにいにもいる〜!」
「やーやー、おかえり。七海とひなこの分は小春ちゃんが頼んでくれたよ。」
「…一体どういうわけか、説明をお願いします。何故私ではなく小春に報告を?」
「小春ちゃんから連絡を貰ってね。」
「建人さん、絶対2人のあとを追い掛けると思っていたので、事前に五条さんに伝えておきました。だって、追い掛けると決めてなければお店まで休みませんよね?それに、私もひなこのお世話全部を五条さんに任せるのは申し訳ないので、ひなこになにかあれば休める所に入ってくださいって伝えたんです。そうすれば絶対に建人さんも近くで隠れて見てると思うので、建人さんを探してひなこを預けてくださいって。」
「……、」
「いやぁ、小春ちゃんったら僕より七海のこと分かってるねぇ〜。」
「うふふっ、」
「フーッ…、では、私はまんまと…、」
「でも七海、安心しなよ。ひなこはねぇ、どのアトラクションに乗っても『パパとも一緒に乗りたい』って言ってたよ。」
「……ひなこ、いくらでもお付き合いしますよ。」
「ひなね、あのぐるぐるのやつのりたい!」
「そうそう、観覧車に乗りたいんだって。折角だからこのあと皆で乗って来なよ。僕が荷物番しててあげるから。」
「悟おじさんいいの!?」
「勿論。あとおじさんって言うのやめて。」
「ありがとう悟おじさん!」
「雄人聞いてる?」

どうやらひなこは五条さんとアトラクションを楽しみながらも、私のことを考えてくれていたらしい。ホッとしたと同時にひなこに愛おしさが込み上げる。その小さな体を潰さないように加減して抱き締めると、ひなこは嬉しそうに「パパすき!」と笑っていた。それから、お昼を食べた私達は五条さんのお言葉に甘えて観覧車に乗り、その後は五条さんも交えてテーマパークエリアと動物園エリアを回って楽しんだ。それから1ヶ月程が経った頃、保育園の帰り道に小春がひなこに聞いた話では、どうやらひなこは保育園のお友達を好きになったらしい。五条さんと会わない内に五条さんへの恋心…と言っていいのか不明だが、彼のことをすっかり忘れてしまったようだった。

「…どこのなに君でしょう、一度私が面談「落ち着いてください建人さん。」






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【リクエスト】
もし雄人くんの他に女の子が生まれたら…
七は溺愛、娘も「パパと結婚する」と言ってくれていたのに五と初めて会い「悟と結婚する〜」
ショックを受ける七。小春ちゃんの許可を貰い遊園地に連れて行ってあげる五。その後をつける七。

お題箱を設置するかなり前にリクエスト頂いていたのですが、来世の話でようやく娘ちゃんが出せたので書きました!!
大変お待たせ致しました!!
リクエストありがとうございました、お気に召して頂ければ幸いです…!
またのお越しをお待ちしております!
いっぱいちゅきです!

そしてナナミン誕生日おめでとう!
生まれてきてくれてありがとう…!
喋って動く2期ミンを楽しみに…渋谷事変…ヷーッ!(ノД`)・゜・。
来世では絶対に幸せになれよ…!!!!

赫(2023/07/03)



 


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