愛しのオヒメサマ


「乙骨憂太の件ですが、廻神理玖特級術師の希望により呪術高専で預かることに決定しました。」
「本人は死刑を望んでおるのにか。」
「彼は廻神理玖の友人です。何か起これば全責任は彼女が負うと。」

上層部との謁見の間。ぐるりと僕を囲む障子越しに、腐ったミカンが転がっている。

「それに、彼は未成年…。16歳の子供ですよ。死刑にしたとして逆に何人呪い殺されるか分かりません。」
「しかし、」
「乙骨憂太は呪術高専で預かります。」
「…まあ良いじゃろう。」
「廻神理玖特級術師が責任を負うというのだから、好きにさせましょう。」
「フン、何も起こらんことを願うんじゃな。」

ホントに腐ったミカンには嫌気がさす。いつからだったか、上層部の年寄り共は理玖の存在を毛嫌いしている。理玖が上層部の年寄り共をごっそり入れ替えた事件以降、その態度はあからさまになった。これだから、

「年寄りは嫌だねぇ。」

さてと、乙骨憂太、どんな子かな。僕は乙骨憂太を保護している部屋に向かう。部屋の中は壁一面に大量の札が貼られていた。そして天井と床を繋ぐ2本のしめ縄。その間に置かれた木製の椅子で縮こまるように座った一人の子供。

「初めまして、乙骨憂太君。僕の名前は五条悟。君のお友達から頼まれて、呪術高専で君の身柄を預かるよ。」
「…お友達…?」
「廻神理玖、って言えばわかるかな?」

僕の言葉に乙骨憂太は顔を上げて目を見開いた。ホント、理玖ってば知らない内にいろんな奴らと仲良くなって、妬けちゃうなぁ。

「理玖お姉ちゃんが…?」
「そ。君は明日から東京都立呪術高専に通ってもらう。理玖も僕も、そこで教師をしてるんだ。」
「…行きません。」
「どうして?」
「だって…里香ちゃんが、」
「ふむ。ま、今日はそれを伝えるために来ただけだし、今日のところは帰るよ。明日、理玖と一緒に迎えに来るから。」

部屋を出て高専の敷地内を歩きながら理玖に電話する。4コール目で繋がって、僕は頼まれていた乙骨憂太の件について報告した。京都で日帰りの任務を受けている理玖は、この後歌姫と飲みに行くらしい。僕はこの後軽い任務、傑は出張中、禪院のオッサンは…まぁパチンコかなんかだろ。今日は久し振りに僕が理玖を独占できる日だ。

「早く連絡来ないかなぁ。」

理玖は未だに誰のものでもない。彼女の術式は未だに未知のものだし、最強の僕ですら敵うかもわからない。僕が思うに理玖の存在は、言わば世界に生まれたたったひとつのバグ。“神の子”について、僕と傑は高専時代から色々と調べまくった。高専や呪術連合で保管されている資料は、階級によって閲覧に制限がある。僕と傑は特級だから全ての資料に目を通すことができた。理玖が任務でいない日、僕と傑は2人で手分けして“神の子”についての情報を調べた。結局何も見つからなかった。理玖の親父さんに聞いて廻神家の本家も訪ねたし、そこで管理されていた過去の“神の子”についての書物も読んだ。けど、理玖同様に術式については不明。分かっている点は才色兼備、そして神に愛されているということ、何でもありなチート術式。

「理玖は呪術連に喧嘩を売ったって聞いたけど、大丈夫かな…?」
「あー、俺も傑もいるし、大丈夫でしょ。」
「何があっても私達が理玖を護りますから。」
「そうか、ありがとう。悟君、傑君、娘を宜しくね。」

理玖の親父さんは高専所属からフリーの呪術師に戻った。なんでも星蔣体任務の少し前に、理玖に言われたらしい。

「母さんが家で一人は可哀想だから、2人で仲良く暮らせって言われてね。ハハハ、優しい娘だよね。」
「理玖らしいですね。」
「困ったことあったら、俺に連絡してよ。五条家で囲ってやるし。」
「ハハハ、ありがとう。」

理玖は家族思いだ。そして僕や傑、禪院家に加茂家、知ってる奴も知らない奴も、色んな奴らを救って、気に入られている。皆理玖の味方だ。僕が思うに、理玖は、

「お、理玖からだ。…個室居酒屋ね…。了解っと。」
「あ、五条さんこちらにいたんですね。」
「伊地知、僕この後任務だっけ?理玖のお迎えあるからちゃちゃっと終わらせたいんだけど。」
「ではもう出発されますか?」
「うん、そうする。」
「車を用意します。」
「お願いねー。……はぁ…、神の子じゃなくて、神そのものの間違いじゃないの?」

僕は理玖とのトーク画面を読み返しながら溜め息を吐いた。“神の子”について傑と調べていた時に、アイツは言った。

「理玖って、私達と同じところにいるようで、少し違うところにいる気がしないかい?」
「あ?どういうこと?」
「…なんというか、私達と別の次元にいる気がするんだ。」
「…俺、前理玖に言ったことある。」
「なんて?」
「理玖は俺たちのいる世界について、何か知ってる。」
「そしたら?」
「言えないって言われた。」
「…覚えてるかい?理玖を呪おうとした男の事。」
「中二病の?」
「そう。あの男が、理玖をこの世界に召喚したと言っていた。そして物語を変えすぎた、とも言っていた。」
「元の世界に帰れない、とも言ってたな。」
「ああ。思い返せば、理玖には謎が多すぎる。誰にも話したことのなかった私の呪霊操術についても、理玖は私より詳しく知っていた。」
「俺たちの世界について聞いた時、理玖にとってはこの世界は漫画とかアニメの世界で、理玖は知ってる限りの悪いシナリオを変えたくて、神の子としてこの世界を変えようとしてる、ってのも聞いた。」
「…確かに辻褄は合うかもね。私達の未来を知っているから、術式についても知られていた。」
「星蔣体任務の時、理玖が俺を庇って刺されたの覚えてる?」
「勿論。」
「理玖の気配は全くなかった。けど急に俺の背後に現れた。俺が刺されるって分ってたみたいに。」
「…やっぱり、理玖は未来を知ってるんじゃないかな。」
「だと思う。…これ、言ったらペナルティとかあんのか分かんねぇけど、傑だから言うわ。」
「なんだい?」
「…理玖って、前世の記憶あるらしい。」
「…成る程ね。なんとなくそんな気はしていたけど、やっぱりって感じだね。」
「…それはそうと、なんで理玖って俺と付き合ってくれねぇんだろ。」
「悟、独り占めはよくないな。」

結局俺が傑に話した理玖の前世について、ペナルティはなかった。傑も薄々勘付いていたし、理玖もそれをわかっていたからだろう。伊地知の運転する車に乗り込んで、任務概要をタブレットで確認しながら、僕は溜め息を吐いた。それにしたって酷いよ理玖。僕と一番に結婚を誓い合ったにも拘らず、傑に禪院のオッサン、ましてやその息子である恵まで誑かして、おまけに生徒であると棘、呪骸のパンダ、女の子の真希、エトセトラ、エトセトラ。男女構わず理玖の虜だ。

「あーあ、早く理玖と結婚したい。」
「(五条さんが溜息…。)」
「あー…今日絶対理玖と腰が砕けるまでセックスしよ。てことで伊地知、明日僕と理玖のスケジュールオフにしといて。」
「(廻神さん逃げてぇ!)えっ!?明日!?あ、明日は例の生徒の登校日では…?」
「だからだよ。」

さぁて、僕のオヒメサマのお呼び出しまで暇つぶしと行こうか。



← 125 →
back

top