残された者達


「夏油先生、」

教室のドアを開けた私に、生徒達は力ない顔を向けた。理玖が呪詛師認定されて処刑されると知ってから、生徒たちの元気はなくなった。それは私達も同じだった。私は彼らに理玖が意識を取り戻したことを伝えた。とても慎重に、言葉を選んで。

「理玖様に会いたい!」
「会いたい…!」
「僕も会いたいです!」
「すじこ!」
「会わせろよ、理玖に。」
「アイツ、ぶん殴ってやる…!」

皆理玖に会いたがっている。私だって会わせてあげたい。けれど、まだ会わせるわけにはいかない。

「…理玖は、処刑された。」
「…は?」
「…嘘ですよね、夏油先生、」
「本当だよ。」
「誰が処刑したんだよ。」
「それは言えない。」
「ツナマヨ…、」
「皆、話を聞きなさい。」

ピリピリと殺気立つ生徒達に、私は教壇に手をついて視線を合わせていく。

「…これは、どうしようもない事だ。理玖は上層部に嫌がらせを受けていたのは君達も知っていただろう。今回はそれに理玖の両親が巻き込まれた。理玖は皆が知ってる通り、強くて優しい。けど、理玖は大事な人が傷付けられてそれを大人しく受け入れられる性分じゃないことも、君達は知っていたはずだ。」
「だからってなんで理玖が死ななきゃなんねぇんだよ!」

真希が机を蹴り飛ばした。ガタンと倒れた机からばさりと落ちた教科書。私は倒れた机を立てて、落ちた教科書を拾い上げる。

「…これが、呪術師の世界だ。呪霊を祓う為の術式を、彼女は人間相手に使い、殺した。それは呪術規定を学んだ皆も理解してるだろう?」
「納得できませんよ…。理玖さんが上に嫌がらせを受けていた事も、納得できません。」
「乙骨君、落ち着いて。」
「理玖様…っ、」
「理玖様ぁ…っ!」
「美々子、菜々子、」
「…高菜。」
「狗巻君、」
「…理玖はなんで上に狙われてたんだよ。詳しい理由は分かってんのか?」
「彼女の術式だよ。君達も知っているように、理玖は神の子と呼ばれる存在だ。誰にも術式について話せない。けど、その話せない縛りの代わりに様々な事が出来た。上はそれをやっかんでいてね…。理玖が上層部に何度も歯向かって術式や呪力を剥奪した話は聞いたことあるだろう?」
「…自業自得ですよね、上の。」
「ああ、そうだ。でもね、そんな事で納得できる連中じゃないんだ。」
「だからって、なんで理玖様が…、」
「理玖様ぁ…、いやぁ…っ、」
「呪術師なんて…、」
「皆、落ち着いて。」
「落ち着いていられませんよ!…僕が、呪術連なんてぶっ潰してやりますよ。僕ならできますよね、里香ちゃんだっている…!里香ちゃんも理玖さんの事が…っ、理玖さんの事が大好きなんだ…っ、」

困ったな…。乙骨君なら呪術連全体をぶち壊すことが出来てしまう。それ程彼には力がある。

「理玖がそれを望むと思うかい?」
「…それでも、」
「理玖の最期の言葉を伝える。」

皆の視線が私に集まる。

「皆大好き、愛してる。皆は長生きしてね。」

私は理玖が死ぬ前に言っていた言葉を伝えた。途端に堰を切ったように泣き出した子供たちに、私はチクリと胸が痛む。本当は理玖が生きている。だからそんなに悲しまないで、そう言いたい。けれど、まだ終わっていない。理玖が生きていることが分かれば、保守派の連中は間違いなくまた理玖に処刑を言い渡すだろう。たとえ理玖が神の子だから生き返ったとして、それが何度もそうなるかも分からない。だからまだ、どんなに辛い選択でも、彼らに理玖の事を伝えるわけにはいかないのだ。

「この悔しさをバネに、私達は強くならなくてはならない。すぐに受け入れられない気持ちもわかる。私も悟も伏黒さんも…6歳の頃から理玖を知っている。硝子だって、理玖とは中学の時からの仲だ。君達よりもずっと理玖の事を見てきたし、知っている。立ち会った私達だって、本当はすごく辛いよ。叫び出してしまいたいほどにね。でも、理玖は復讐なんて望まない。彼女の最期の言葉を胸に刻みなさい。君達は強くなって、生きるんだ。いいね?」

返事は皆の嗚咽だ。私は小さく息を吐いて、教室を後にした。さて、どうしたものか…。




...




「は?」
「…嘘、だよね…?」

俺は学校から帰ってきた恵と津美紀に、理玖の事を伝えた。意識を取り戻した理玖を、呪術規定に基づき処刑した、と。恵は俺を睨み付けた。胸ぐらを掴まれる。

「どういう事だよ親父…!」
「言った通りだ。理玖は死んだ。」
「何で…っ、」
「理玖ちゃん…っ、」

あー…めんどくせぇ役回りだな、ほんとに。ガシガシと頭を掻きながら恵を見る。唇を噛んで血が滲んでいた。

「おい、」
「んだよ。」
「親父がいながら…なんで理玖さんがこんな事にならなきゃならねぇんだよ。」
「…言ったろ、呪術規定に背いたからだ。」
「元はと言えば上の連中が理玖さんに、」
「恵、」

俺は恵を睨み付ける。

「手を離せ。」
「っ、」
「上の連中を今更どうこう言ったって、どうにもなんねぇ。呪術師の世界なんてこんなもんだ。力が全てだ。俺の言いたいこと、分かんだろ…恵。」
「…言われなくても強くなってやるよ…っ!」

ドスドスと足音を立てて部屋を飛び出した恵。泣き崩れて座り込んだ津美紀の頭に、俺はただぽすりと手を乗せた。

「理玖ちゃん…っ、もっと…っ、一緒に、いたかったぁ…!」
「…そうだな。」
「うわぁあ…っ、うっ、わああっ、あああっ、」

さっさと保守派を殺してやっから、

「泣くな、」

うるせぇガキども泣き止ませろよ、理玖。



...




「今、なんと。」
「…ですから、五条さんから通達で…っ、」
「そんな…理玖さんが…、」
「…フー…、」

立ち眩みがした。何とか足に力を入れて踏ん張る。理玖さんが、意識を取り戻し、処刑を執行された。つまり…、

「理玖さんが、死んだ…、そう言いましたか…。」
「…は、はい…っ、」
「うぅ…っ、理玖さぁん…っ!」
「……これだから…呪術師はクソだ…。」
「あの、七海さん、灰原さん…っ、理玖さんの最期の言葉を、」
「必要ありません。…私は彼女の死を認めない。」

泣きじゃくる灰原と伊地知君を残してその場を去った。自室に戻ってネクタイを解く。最後に彼女を抱いた時を思い出して、ネクタイを握る手に力が籠った。行き場のない拳を掴む。叫び出したいほどに込み上げたこの感情は、どこにぶつければいい。理玖さん…、

「…嘘に決まってる…。」

零れた涙を雑に拭って洗面所に向かう。顔を洗って鏡に映った自分の顔。…酷い顔だ。理玖さんが呪詛師と認定されて意識を失っている間、私を含め理玖さんを想う皆が彼女の元を訪れていた。皆、彼女が処刑になることを認めなかった。五条さん、夏油さん、伏黒さん、御三家、私も灰原も、生徒達も、夜蛾学長も、皆が彼女の処刑を反対し、上に何度もかけ合った。保守派は頑なにそれを突き返した。

「…理玖さん…、」

私はあなたを守りたかった。傍にいれればそれでよかった。いや、本音を言えば選んで欲しかった。幼い頃から共に過ごしてきた時間は、どれも私に温かく優しい思い出を与えてくれた。理玖さん、私の…愛した女性…。女神のような美しさと、儚さを、私は、

「…嘘だと言ってください、理玖さん、」



...




「…そうか、理玖が…。」
「…はい。」

理玖が意識を取り戻した後、処刑されたことを伝えた。夜蛾学長がサングラスを外して目元を覆う。私は咥えていた煙草に火をつけた。

「…吸います?」
「…いや。…煙草、やめたんじゃなかったのか。」
「……少し、学生時代を思い出しまして。…最期に理玖がなんて言ってたと思います?」
「…アイツの事だ、好きだの愛してるだの、…っ、」
「…皆大好き、愛してる。皆は長生きしてね。」

吐き出した煙と共にそう言えば、夜蛾学長は鼻を啜った。…理玖…、アンタはほんとに罪な女だよね。アンタが死んだって聞いて、皆こんなに悲しんでくれるんだもん。アンタが生きてるって知ったら…喜ぶどころかぶん殴られるよ。ま、いっぺん痛い目見て欲しいけどね。それくらい私達は理玖のこと大好きだし、愛してるんだから。

「御三家や京都校には、」
「五条の出した通達が届いている筈です。」
「…そうか。」

フィルターギリギリまで吸った煙草を地面に擦り付けて、最後に吸い込んだ紫煙を吐き出した。



...



「廻神理玖が死んだ。」
「…理玖が…?」
「…生徒達にも伝えるように。」

楽巌寺学長の言葉に、私は耳を疑った。理玖と最後に会ったのは、理玖が京都に来て一緒に飲んだ日だ。五条が迎えに来て、それで酔った理玖の背中を見送ったのが、最後…。

「…皆、聞いて。」

私は理玖を知っている生徒たちを集めた。理玖が呪詛師になったと知らせを受けた時は、私は何か悪い夢でも見てるんだと思った。理玖が人を殺すなんて、あの子はそんな事する子じゃない。上が色々と理玖に嫌がらせをしていた事も知っていた。それでも理玖は、大丈夫だからと…一人で背負って…。

「…っ、」
「…歌姫先生?」
「…ごめんなさい…っ、…はぁ…っ、皆、落ち着いて聞いて。…理玖が、死んだわ。」

私は涙を堪えてそう言った。

「理玖たん、」
「そんな…嘘ですよね?」
「…理玖さんは、呪詛師として処刑執行の命が出ていた。死んだという事は、つまり…、」
「意識を取り戻した、という事だろウ。」
「…ミス廻神…、」
「…あの人、悪い事何もしてないじゃない。」
「そうよ…、」
「理玖さんが呪詛師になったなんて…私は信じられません…。理玖さんが…っ、理玖さんが死ぬ理由が分かりません…っ!」
「…私もよ…っ、」

堪えていた涙が頬を伝った。



...



「直哉、」
「…嘘や…、」
「……嘘じゃない。五条悟から正式な通達が届いた。」
「…俺は絶対認めへん…!」

俺は畳を殴りつけた。理玖たんが死んだ?んなわけあらへん。俺の推しが…俺の理玖たんが…死んだ?

「ドブカスが…っ、」
「直哉、どこへ行く!」
「東京や!」

俺は理玖たん部屋を飛び出した。理玖たん、俺、ずっと、ずっと理玖たんのこと…!

「ずっと会うてへんやった…、」

俺は同人作家として名を馳せるほど有名になったんや。イベントも毎回参加して、俺×理玖たんの同人誌も描きまくった。評判ええねんこれが。今では同担拒否になるまで俺は理玖たんのこと推し続けてきてん。そやのに…、何勝手に死んでんねん…!俺は理玖たんとあんなことやこんな事したかったんやぞ!

「理玖たん…っ、俺の童貞もろてくれるって言うたやろ!!」

…いや、言われた事ないな。

「…理玖たーーーんっ!!!」

京都の中心で推しを叫んだ。



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