1000年前の君は


廻神理玖という女と出会ったのは1000年前。当時の俺は“神の子”という存在を聞いたことがあった。見目麗しく、人を寄せ付け愛され、特殊な術式を有す、と。“神の子”と呼ばれるだけはあり、神仏に好かれている、とも。俺はその女を食うつもりで奴の住む屋敷の近くを訪れた。廻神家は呪術師の家系であり、それと同時に神に仕えていた。巫女服姿で屋敷を出て来た女を見て、一目で分かった。あれが“神の子”廻神理玖だと。奴は気配を消していたにも拘らず俺を見つけてこういった。

「ヤバ、宿儺じゃん。」
「(やば…?)…貴様が廻神理玖か。丁度いい、貴様を殺して食ってやる。」
「あー、そういうの間に合ってるんで、大丈夫っス。」
「なに?」
「ていうか私今から天皇様の所に行かないとなんで、じゃ!」
「待て貴様!何故俺を怖れん。」
「え、だって怖くないし。」
「…ほう、随分肝が据わっておるようだな。今ここで殺す!」
「も〜、マジ空気読んでよ。セレクト。」
「死ね、神の子!」

俺は奴に飛び掛かったはずだった。だが、

「な…、何をした貴様…!」
「何って、見テ分カレ!」

俺の体は地に伏せ、奴は俺を見下ろしていた。体は何かに押さえつけられたように動かない。なんだ、これは…、何をした…!俺の体よりも大きな手のようなものが、俺の背中から押し潰そうとしているような圧迫感。これが、神の子の力…!面白い、この女は俺が殺す…!

「ねぇもう行っていい?明日なら時間あるから、明日また来てよ。天皇様怒らせると面倒だし、家臣共がうるさいから。」
「待て貴様!これが貴様の術式か!」
「あー、そういう事だと思っておいて。ねえマジでもう行くね?」
「…、」
「ほら早く帰って。廻神家の術師が来ちゃうでしょ。」

奴が指をパチンと鳴らすと、体の圧迫感は消えた。俺に背を向けて馬に乗り、走り去る背中。俺は立ち上がり、その日は大人しく帰った。なぜ帰ったのかはわからん。奴は俺の存在を知っていたというのに、俺を見逃すようなことをした。俺より天皇とやらの呼び出しを尊重した事に怒りすら覚えたが、俺を逃がした奴の考えが分からなかった。翌日また奴の屋敷の近くまで向かえば、俺を待っていたかのように奴は立っていた。

「あ、来た。宿儺〜!」
「…貴様、昨日はよくも俺を、」
「ねね、ここじゃ家の奴らに見つかるから、とりあえずこっち。」
「おい、勝手に触るな貴様。」
「はいはい、怒らない!」

奴に手を引かれるまま歩いた。山の麓にある祠に辿り着き、奴は俺に隣に座れと言った。この俺にだ。術師は俺を祓おうとし、人間どもは俺を怖れて逃げ出すというのに、奴は違った。俺の手を引き、俺に隣に座れと言う。変な女だと思った。

「それで、昨日は何しに来たのかしら。」
「…神の子とやらがどんな女か見に来ただけだ。」
「それで殺すってどういう情緒?」
「殺して貴様を食ってやろうと思ってな。ケヒッケヒッケヒッ、」
「えっ、美味しくないからやめときな?あ、でも裏梅がいるのか。」
「…何故裏梅を知っている。」
「何故って、あー、神様のお告げ、的な感じ…?」
「貴様、昨日も思ったが可笑しな言葉を使うな。」
「まあね、褒めても何も出ないよ?」
「褒めてなどおらん。」
「まあでも、私も宿儺に会いたかったから丁度良かった。」
「なに?」
「とりあえずさ、友達になろ!」
「貴様余程俺に殺されたいようだな。」
「え、なんで。」

呪いの王と怖れられる俺と、呪術師であり神の子のこの女が友達だと?笑わせる。寝言は寝て言えというやつだ。

「俺と貴様が友達だと?笑わせるな。そうやって油断させて俺を祓おうという魂胆か?」
「いやぁ、祓う気はないよ。だって今後の為に祓っちゃダメだし。」
「今後?」
「ね、とりあえずお友達から始めよう、マイブラザー!」
「…なんだその、まいぶらざーとやらは。」
「いずれ分かるよ、1000年後に。」

1000年後、という言葉に引っ掛かりを覚えた。

「1000年後だと…?」
「うん、1000年後。それしか言えないけどね。そうだ、裏梅紹介してよ!友達になりたいし!」
「貴様、呪術師らしくないな。」
「よく言われる。ていうか理玖って呼んで。私も宿儺って呼んでるし。」
「貴様と慣れ合うつもりなどない。」
「えー!?隣に座っておいて!?」

可笑しな女だ、そう思った。奴はその翌日、俺が寝床としている廃寺に押し掛けてきた。

「すーくなくーん、あーそーぼ〜!」
「殺すぞ貴様。」
「宿儺様、この女は…!」
「あー!リアル裏梅だー!」
「「りある…?」」
「わっ、マジでオカッパじゃん!可愛い!」
「かっ、可愛い、だと!?」
「私廻神理玖って言います!よろしくね!あとお友達になって!」
「なっ、なななにを、放せ!」
「うわぁ、裏梅顔真っ赤!可愛い!」
「宿儺様この女は何なのですか!!」
「あー…神の子とやらだ…。」
「この可笑しな女が、神の子…!?」

裏梅の体に抱き着く女に、裏梅は酷く狼狽えていた。それが何故か新鮮で面白く見えて、俺はゲラゲラと笑っていた。

「宿儺様が…、」
「笑った!なぁんだ、宿儺笑えるじゃん!」
「貴様、馴れ馴れしく宿儺様を呼び捨てにするな!」
「裏ちゃん厳しい!」
「う、裏ちゃん、だと…!?」
「友達なんだからいいでしょ!?私の事は理玖って呼んで!」
「誰が貴様と友達になると言った!」
「私が言った!」
「〜〜〜っ、宿儺様!この女殺します!」
「まあ待て裏梅。おい廻神理玖、」
「なぁに、宿儺。」
「貴様の目的はなんだ。」
「目的?だから友達になりたいの。」
「何故俺と裏梅と友達になりたい。」
「だって私、友達いないから。」
「「は?」」

やはり頭のイカレた女だ。

「そういう事だから、また明日来るね!」
「二度と来るな!」
「裏ちゃん酷い!」
「裏ちゃんと呼ぶな!」
「裏ちゃん♡」
「殺す…!」
「そう怒るな裏ちゃん。」
「プッ、」
「す、宿儺様…!?」
「冗談だ裏梅。おい、廻神理玖。」
「ん?」
「友達になってやらんこともない。」
「え?」
「宿儺様…!?」
「だが、友達になろうが、俺は貴様を殺して食うぞ。」
「へぇ、面白い。やってみなよ、どうせ無理だから。」
「フン、」

理玖は翌日も、その翌日も、またその次も、俺と裏梅に会いに来た。呪術師が呪いの王である俺と、その従者である裏梅に会いに来てバレたらどうするつもりだ、と聞いたことがある。

「え、バレないよ。だって今私の姿が見えるのは宿儺と裏梅だけだからね。」
「何?」
「私の術式でちょちょいとね!」
「どういう術式だ。」
「あー、私術式について話せないんだよね、そういう縛り。けど結構なんでもできちゃうよ。ここも誰も来ないようにしてる。」
「そんな事もできるのか。」
「まあね!」

理玖は毎日必ず俺達の元に訪れ、俺の隣に座り、他愛もない話をして帰っていく。裏梅も次第に奴にしつこく絡まれては呆れ、突っぱねることはなくなった。いつからか俺は理玖が来るのを待つようになった。理玖はそんな俺を見て可笑しそうに笑う。そして、

「可愛いね、宿儺。」
「殺すぞ貴様。」
「はいはい、照れ隠し!」
「フン、……今日もすぐに帰るのか。」
「いや、今日は時間あるから長居できるよ。それとも早く帰って欲しかった?」
「…聞いただけだ。」
「素直じゃないなぁ、全く。」

俺の隣に座る理玖に、いつからかその距離を、

「…遠い。」
「え?」
「…ちこう寄れ。」
「殿様?」
「殺すぞ貴様。」
「それしか言わないじゃん。はいはい、これでいい?」
「…フン、」

俺の腕に凭れる理玖に、らしくない程体が熱を持った。細い肩を2本の腕で抱き寄せる。俺を見上げた理玖。自然とその距離が近付き、気付けば口吸いをしていた。奴の唇は柔らかく、そして甘美なものだった。癖になるほどに。俺は奴の唇を貪るように吸った。ふと景色が変わってすぐに奴から離れた。

「なんだ、何をした。」
「え、分かんない。何ここ。私の生得領域かも…。」
「…何故生得領域に寝床がある。」
「分かんない。まあいいや、続きする?」
「…恥じらいはないのか貴様、」
「一応あるけど…、それに、初めてだし…、」
「…生娘か…。まあ、巫女であるならば生娘であって当然か。」

俺は理玖の生得領域で、奴の破瓜を破った。呪術師の女と呪いの王である俺がまぐわうなど、と思ったが、奴を一度抱くと歯止めが利かなくなった。体はどこも柔らかく豊潤であり、何より、甘い。どこもかしこも甘いのだ。そして香しい。俺はますます理玖にのめり込んだ。らしくないとは分かっていた。しかし一度知ってしまえばくらりと眩暈がするほど、理玖の体は依存性のあるものだった。毎日理玖の体を掻き抱いた。俺のモノだといくつもの痕をつけ、理玖が気を遣るまでその体を貪る。

「もおむりっ、しんじゃうっ!」
「死んだら貴様を食うぞ、理玖。」
「ああっ、やだっ、いたいっ、いああっ!」
「俺に食われろ、理玖。」
「やだっ、たべないで…っ、」

毎日、毎日、

「ああ…っ!」
「また果てたか、貴様もやはり女だったのだな。」
「はあっ、はぁっ、何その言い方…、んあっ、まっ、ああっ!」

理玖の腰が立たなくなるまで何度もまぐわった。

「すくなっ、」
「宿儺様と呼べ、何度言えば分かる。」
「はっ、あっ、すくなさまっ、あぁっ、すきっ、すきっ、」
「…っ、理玖、」

奴はその内俺に愛を紡ぐようになった。そして理玖は俺を愛おしそうに見つめる。俺は愛というものを初めて知った。悪くないと思った。だが理玖は俺を裏切った。

「両面宿儺だ!」
「皆の者!神子様をお守りしろ!」
「理玖様!」
「邪魔だ、退け。」
「「ぎゃああ!」」
「ちょっと宿儺!何やってるの!」
「…理玖…、貴様、俺を裏切ったな、」
「は?何の話!?」
「貴様は俺の女だ。」

俺は廻神家の屋敷を襲撃し、理玖を攫った。理玖は俺以外の男、しかも呪術師の男とまぐわった。これは裏梅から聞いた。理玖がその男と仲睦まじそうに歩いている姿を目撃したと、そして男の屋敷に赴き2人は口吸いをしていたと。



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