「あ゛っ!!!」
私の声に、夕飯の準備を手伝ってくれていた津美紀ちゃんが手を止めた。
「理玖ちゃん?どうしたの?」
「あ、いやいや、ごめん、ちょっとやり残したこと思い出して…!」
やばいやばい、私としたことが何をご機嫌取りに夕飯作ってるんだ!?今日の夜、順平の家にゆじたんが遊びに行く流れなんじゃ…!?
「ごめん、ちょっと電話してくるから、美々子ちゃんと菜々子ちゃん、お味噌汁お願い!」
「「はーい!」」
「津美紀ちゃんはお肉の下味付けたらサラダもお願いね!」
「分かった!」
手を洗ってエプロンを外すと、スマホを手に自分の部屋に向かう。一応邪魔が入らないように警戒しておかないとね…。原作ではゆじたんが順平の家に行ったその晩、宿儺の指が順平の家に置かれる。けどこれは既にセレクトしてあるから回避済みだ。だからこそ順平が里桜高校で騒動を起こす理由がない…!どうしよう…、とりあえずゆじたんに電話!数コール鳴った後、ゆじたんの元気そうな声が聞こえた。
「もしもし悠仁君?今どこにいる?」
『今?えっと、なんか川!んで、友達できたんだけどさ、今から友達んちに行く事になって、』
「そう、お友達できたんだね?」
『応!あ、もしかしてマズかった?』
「いや、大丈夫だよ。お友達、何て名前の子?」
『えっと、順平!』
ビンゴ!
「順平君ね。家はどのあたり?」
『あー…俺、まだ川崎だから帰るの遅くなると思う!あ、でもちゃんと誰にもバレねぇように帰るから!』
「分かった。建人君は?」
『それがさ、今別行動なんだよね。伊地知さんとも離れちまってさ、やっぱどっちかと合流したがいい?』
「いや、そっちは気にしなくて大丈夫だよ。でも伊地知君には一応連絡入れておいてね?それと、帰る時は私にも連絡して。」
『オッケー!』
「じゃ、お友達と楽しんできてね!」
『応!ありがと、理玖姉!』
通話を切って、小さく溜息。さて、どうしよう、ここはちょっと考えてなかったかもしれない…。うーん、宿儺の指は置かないから凪さんが死ぬことはないけど、そうするとあの里桜高校での騒動も起きないよね…。ここは真人に動いてもらうしかないのかなぁ…。それとも私が順平の家に行く…?!うーん、そうなると余計にごちゃとちゃしそうな気もする…うーん、うーん…!確か、真人が指を置いた人がいるって順平をけしかけてたよね…やっぱり真人に任せた方がいいのかな…。真人なら無為転変した改造人間を順平の家に差し向けるのも可能だし、それで凪さんが襲われそうになったところを順平が澱月で祓う…!どうだこれ…!?あ…でも今はナナミンと真人が地下で戦ってるんだっけ…。いや、もう落ち着いた頃…?違う、ゆじたんが順平と会った時点で瓦落瓦落だったっけ…。うーん…、とりあえずナナミンは無事だろうし、真人も無事ではある…。カラスを飛ばして指示を出してもナナミンに目撃される可能性は低い…。ヨシ!メモ帳をビリっと1枚破って、さらさらとペンを走らせた。お願いだから、指示通りに行きますように…!メモ帳を折り畳んで部屋の窓を開ける。木にとまっていたカラスを中に招いて、足にしっかりとメモ帳を結び付けると、真人の元へ飛ばした。
...
「あっはっは、見かけによらず無茶するなぁ、あの術師。」
でも面白い奴だった、色々勉強になったし。バラバラにすり潰されても魂の形さえ保てば死にはしない。呪力の消費も自己補完の範疇だ。
「自分の魂の形はどれだけイジってもノーリスクか。次は思い切って色々やってみよ。」
あの七三術師どうなったかな、一度引くと言ってたけど瓦礫の下かも…。はぁ〜!それにしても、楽しかったなぁ!
「…誰か来た?」
誰だろ。あの七三術師とは別の気配が2つ…。
「オイオイオイオイ!なんだこりゃあ!」
「すごーい、ボロボロだねぇ?」
「誰、君達。」
「うおっ、なんで裸なんだよ!?」
「ねえねえ、神の子に言われて俺達ここに来たんだけど、」
2人組の男が俺の元に歩み寄った。1人はスキンヘッドで目元と鼻が黒く塗り潰された男。もう1人は長い金髪を結んで両の目元に3本ずつ、痣のようなものがある男。神の子に言われてここに来た…ってことは、この2人が理玖が言ってた協力者?
「服ちょうだい。」
「嫌に決まってんだろ。」
「俺もこれしか来てないから無理だよぉ。」
「君達なに?呪詛師?」
「ああ。オマエが真人って呪霊か。」
「そうだよ。それにしても、呪詛師ってもっとまともな服着た奴いないわけ?」
「なんだよぉ!失礼だなぁ!」
2人は理玖に聞いてここに来たらしい。理玖からある程度作戦の内容は聞いているみたいだった。五条悟をハンガーラックにしたいって聞いた時は、いらね〜って思ったけど。
「当日、もう1人俺の仲間の花御って呪霊が参加するけど、今は近くにいないから当日直接会う感じかな。俺は別行動だけど、時間稼ぎは頼んだよ。」
理玖がどうやってこの2人を見つけたのかは知らないけど、精々邪魔にならない程度に仕事して欲しいなぁ。軽く作戦会議を確認した後2人は帰って行った。俺は新しい服を着て、読みかけだった本を手に取る。どうしよう、ここ結構気に入ってたんだけど…場所移った方がいいのかなぁ。とは言えあの七三術師は致命傷とまではいかずとも、割と深手を負ってたと思うし、すぐに戻って来るなんてことはないだろうなぁ。とりあえず改造人間を大量に放っておこうかな、あの七三術師にほとんどやられちゃったし。
「…あれ、またカラスが来た。」
組屋と重面がここを出て暫くして、また理玖が俺にカラスを飛ばしたらしい。足に結ばれた紙を解いて広げる。……へぇ、なるほどね。
「いよいよか。」
自然と口元が吊り上がる。理玖が考えた作戦は面白い。呪術師なのに呪霊の俺を頼るところも、叶えたい事があるって言ってたからなのは分かってるけど、普通は敵の力を借りるなんてしないよねぇ?だからこそ理玖は面白いし気に入ってる。
「あーあ、俺が人間だったらなぁ。」
なんて、思ってもないことを言ってみる。呪霊じゃなかったら理玖に出会えてなかっただろうけど。理玖の魂は初めて会った時から俺には眩しすぎるほど綺麗な物だった。人間が宝石を眺めてうっとりするような感覚に似ていると思う。いつまでも眺めていたと思う眩しさと綺麗さ。そして理玖の魂には、いつかこの綺麗な魂がバラバラに砕けてしまいそうな儚さもある。
「あぁ〜!早く壊したいなぁ〜!」
理玖のあの綺麗な魂を、俺がいつか打ち砕いてバラバラにしてやりたい…!だからそれまでは理玖の言うことは何でも聞いてあげる。幸い俺達の間に縛りはない。だから理玖が信じていた俺に裏切られて絶望する顔が見たい。そう思う俺はどこまでも呪霊なんだと実感する。理玖が俺に裏切られて、絶望して、そして俺に縋る日が来ればいい。
「さてと、そろそろ順平の家に行こうかな。」
下水道を出て順平の家に向かう。俺の無為転変で順平は式神を使えるようになった。俺の残穢を辿れば順平の家なんて簡単に見つかる。鼻歌交じりに歩きながら、理玖からの指示を思い出した。
「…ここだね。」
辿り着いた一軒家は深夜なこともあってか電気が消えている。理玖の指示通り、改造人間のストックから1体、弱そうなのを順平の家に向けて放った。
「女を襲え。」
パリィン!と窓を割って改造人間が部屋に入るのを、俺はただニヤリと笑って見届けた。
...
「!?」
窓が割れるような音と悲鳴が聞こえた気がして飛び起きた。どこの家だろう…下から聞こえたような気がして、ハッとする。母さんがまだ下にいるかもしれない…!だとすれば今のは…母さんの悲鳴!?強盗…?いや、うちに金目の物なんて何も…、でも、母さんがまだ下にいるなら…、
「母さん!」
バタバタと足音が立つのも気にせず部屋を飛び出して階段を駆け下りる。
「順平っ、来ちゃ…ダメ!」
「母さん…!」
リビングのドアを開ければそこには、小さな人型のナニかが母さんに飛び掛かっていた。ジタバタと抵抗する母さんの首を絞めるソレに、僕は怒りのまま椅子を掴んで振りかぶる。バキィ!と音がして、ナニかは壁に吹き飛んだ。
「ゲホッゲホッ!」
「母さん!大丈夫!?」
「あ、あれ、何なの…!?」
「わ、分からないけど、とにかく逃げよう…!」
母さんの手を掴んで玄関に向かう。ソレはすぐに僕達を追いかけて来た。靴もまともに履けないまま家を飛び出してすぐ、
「あれ、順平?」
「真人…さん…?どうしてここに、」
「たまたま通りかかったんだけど…、なんだか大変そうだね?助けてあげようか?」
「あ、い、今!うちに変なのが…!」
「ちょ、ちょっと順平…あんた、一体誰と話して…、」
「え…、あ、」
「俺の姿は呪力がない人間には見えないよ。」
そうだった、僕だって変なものが見えるようになったのは真人さんに会ったのが初めてで…、
「それとも順平、自分で祓ってみる?式神の力を試すにはいい機会じゃない?」
そうだ…僕は澱月が使えるようになったんだ…。母さんを守るためなら…僕が…!
<ま…てぇ>
「ひっ!」
「母さん下がって!澱月!」
真人さんに教わった通りに指で印を組めば、ふわりと僕の頭上に澱月が現れたのが分かった。触手の毒で動きを止めれば…!僕の思考を読んだかのように、澱月が棘のある触手をナニかに向けて一気に伸ばした。グサグサと刺さった棘。動きが鈍くなったソレに、真人さんが歩み寄る。
「うん、上出来だね。これは俺が処理するよ。それより大丈夫?」
「はぁ…はぁ…、よかった…っ、」
「順平…!」
安心すると同時に体の力が抜ける。その場にへたり込んだ僕に母さんは力いっぱい抱き締めてくれた。良かった…母さんが無事で…、
「よく分からないけど、今の…順平がやったの…?」
「う、うん、あの母さん、」
「バカッ!」
「えっ、」
「良かった…順平が無事で…っ、」
「…母さん、」
泣きながら僕を抱き締める母さんに、僕は何も言えないまま安堵からか涙が込み上げた。母さんを守ろうと必死で、何が何だか分からないままだったけど、よかった…母さんが守れて、よかった…。母さんと抱き合ったままわんわんと泣く後ろで、真人さんが冷たい顔で僕達を見ていた事を……僕達は知る由もない。