その手、最後まで


廻神理玖。私の初恋。夏休みでお盆休みの今日、親戚の集まりなんて退屈で家を出てきた私は、一人見慣れた道を歩いていた。ふと、誰かに呼ばれた気がして、何かに背中を押されたような感触。なんだ?体が勝手に動くような…。

「…あれは…、」

近付いて来た呪力の気配。そして少し離れたところに見えた一人の女の子の背中。呪霊に遭遇して恐怖で動けずにいるのか…?走って近付くと、私は優しく声を掛けた。

「君、大丈夫?」
「…だ、いじょうぶじゃない…!」

震えた声。やっぱり、呪霊が見えているんだ。すぐに呪霊を取り込もうと手を翳すと、それは黒い球体になった。なるべく優しく声を掛けたんだけど、女の子は私に飛びついて泣き出してしまった。やっぱり怖かったんだろうか…。

「おっと、びっくりした…。もしかしてああいうの、初めて見た?」
「…違くて…っ、嬉しくて…っ!」
「なにが?」
「…会えたこと…!」
「…誰にかな?」
「…君に。」
「私に?」
「…私、廻神理玖っていうの。名前、教えてくれる?」
「私は夏油傑だよ。よろしくね、理玖。」

ボロボロと涙を流す彼女は、とっても綺麗で可愛くて…。呼び捨てにしてしまったけど、一体何歳だろう。理玖は出会ってまだ数分の私を好きだと言った。面白い子だと思った。少し話をして、理玖が落ち着いた頃。さっきの呪霊を取り込んだ。理玖は呪霊が見えているし、呪霊操術の事も知っていた。そして、どんな味がするのかも…。口直しだと思って貰った麦茶。冷たく冷えたそれを喉奥に流し込んでも、やはり呪霊のせいで後味が悪い。

「折角だから、この辺りを案内するよ。」
「うん、お願いしようかな!」

二人で歩き出す。驚いたことに、理玖は私と同い年だった。話をしながら時折呪霊の味が胃を震わせて、小さく喉を鳴らす私を見ていた理玖が、私の手を握った。

「…ね、口直しする?」
「口直し?なにか持ってるのかい?」
「ううん、もっといいこと。」

そう言って、理玖が私の唇に…、

「なっ…!」
「…ごめん、嫌だった?」
「そ、うじゃないけど…、」
「…じゃあ、もう一回する?」

顔に熱が集って、思わず触れた口元を押さえる。理玖の唇は柔らかくて、風で揺れた髪からはいい匂いがした。ドキドキと心臓がうるさくなる。…いったい、なんだ…この感じ。それに、触れた唇から甘くて優しい味がした。まるでさっきの呪霊の味なんて吹き飛ぶような、果実を齧った時のような、甘い…、

「…初めてだった?」
「…まぁ…、」
「…ごめんね…、他に何もいいことが思いつかなくて。」
「…いや、その…、驚いただけだから、」

私の手を握ったまま私を見上げる理玖が眩しい。くらくらと眩暈がしそうなのに、私はもっと、彼女に触れたくなった。私とキスをして、理玖は嫌じゃなかっただろうか。彼女にあの味を移してしまわなかっただろうか。色々と頭に浮かんだけれど、私の口から出たのは、

「…もう一度、してもいいかい?」
「何度でもしてあげる。」
「…こっちに来て。」

理玖を人気のない雑木林に連れて行く。この先にある祠のせいで、ここには誰も近付かない。理玖の手を引いて少し早足で雑木林の中に入ると、背の高い木のおかげでひんやりとした風が体を撫でた。振り向いて、理玖の唇に自分のそれをくっ付ける。理玖が小さく笑う声がして、そして、唇をくすぐるぬるりとした感触。

「傑、口開けて?」
「…何を、」
「いいから、早く。」

言われた通りに口を開ける。理玖がまた私に唇を近付けたかと思えば、小さな赤い舌を私の口に入れた。驚いて離れようとした私の頭を、理玖が両手で引き寄せたせいで離れられない。…こ、これは…、なんだかいけないことをしている気がする。けど、私の口の中を動き回る理玖の舌がなんだか気持ちがいい。それにやっぱり、いつもは長引く呪霊の後味が今では嘘みたいに甘い味で塗り替えられていく。

「ん…、」
「ふふ、」

ようやく舌が私の口から出て行くと、理玖が満足そうに笑った。…心臓がうるさい。

「ね、もう嫌な味しない?」
「…ああ、不思議とね。」
「よかった。」
「…もう一度、」
「いいよ、」

理玖の舌がまた私の口に入ってきた。私は彼女の舌に自分の舌で触れてみる。理玖がまた小さく笑いながら、私を見つめていた。私も理玖の目を見つめた。吸い込まれそうな綺麗な目だった。

「んふっ、傑、すき…。」
「…私も、理玖を好きになりそうだ…。」
「違うでしょ?もう好きになってる。」
「…そうかもしれない。」

本当に、同い年だと思えない。不思議だ。

「ね、私以外の人とこういう事しないでね?」
「…しないよ、絶対に。」
「本当に?」
「うん。」
「傑、今はまだ小学生だけど、高校は東京においでよ。私が通う学校に一緒に行こ?」
「…でも、そんなお金は、」
「大丈夫だよ、そこはね、私達みたいに見える人が通うところで、全寮制って言って学校に住めるから。それで一緒に学校通おうよ!私の友達にね、傑と絶対仲良くなれる子がいるの!」
「男?」
「うん、男!五条悟っていうんだけど、絶対傑と気が合う!」
「理玖はその子と…その、キスしたの?」
「あ…あー…、」

…へぇ…私には他の人とするなって言うのに、君はその悟って子とキスをしてるんだ。…何だか胸の奥がもやもやとして、私は理玖を抱き寄せた。今度は私からキスをして、舌を入れる。理玖が少し驚いた顔をしていたけれど、気にせずに舌を絡めた。

「理玖、君は私にはするなと言うことを、他の男としているのかい?」
「…いや、私からはしてない。悟が勝手に、」
「でも、それを許しているんだろう?」
「…ご、めん…。」
「許さない。罰として1週間、私と毎日会う事。…いいね?」
「…うん!」

シュンとしていた顔が一気に晴れて笑顔になる。…可愛いな。堪らなく愛おしい。理玖の手を引いて雑木林の中を歩いた。理玖が私の名前を呼ぶ。その声が擽ったい。

「理玖について、もっと私に教えてくれるかな?」
「いいよ、何が知りたいの?」
「…理玖は、呪霊を祓えるのかい?」
「うん、相手によるけど。」
「…実は、この先に祠があるんだけど、そこに封印されている呪霊に興味があるんだ。良かったら、一緒に行ってみないか?」
「…この先?…そう言えば、おばあちゃんに近付いちゃダメって言われた。」
「…そっか。ではやめておこう。」
「傑はその呪霊を取り込む気なの?」
「…階級にあまり差がなければ、すぐに取り込めるよ。」
「…行ってみる?私も祓わずともダメージくらいなら与えられるといいけど、」
「大丈夫、私がすべてうまくやるよ。」

理玖と一緒に祠があるところまで向かう。禍々しい呪力の気配。一体何が祠に封じられているのか。理玖が立ち止まる。私もつられて足を止めた。

「理玖?」
「…傑、ごめん、私この呪霊祓えるけど、祓ったらぶっ倒れるかも。」
「え。」
「呪力切れで倒れちゃうの。寝たら治るけど、多分2、3時間はここでぶっ倒れて動けなくなっちゃう…。」
「…それは、困るな。」
「祓わずに動きを止める事もできるみたいけど、それでもリスクがあるから結局ぶっ倒れるかも…。」
「理玖は私が守るよ。私が取り込んだ呪霊もいるし、そう簡単にやられないさ。」
「…でも、」
「大丈夫。」
「ね、私が倒れたら、放置して逃げていいから!傑の命優先にしてね!?」
「それはその時考えるよ。」

祠は大きな湖の中央にぽつんと立っていた。手持ちの呪霊を祠に向けて放つ。途端に禍々しい程の呪力が湖から湧き出した。理玖が繋いでいた手に力を込めたのが分かって、私もその手を握り返す。何があっても、私は君を守るよ。



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