帰宅した私は急いで自分の部屋に入った。今日は水曜日だったのだ、忘れていた。
「建人君、遅くなってごめん!」
「…いえ、宿題をしていたので問題ありません。」
そう、今日はナナミンのカテキョーの日だったのだ。鞄をどさりと床に置いて、ナナミンの隣に座る。小さなミニテーブルの前でくっついて座ることにまだ慣れないらしいナナミンは、ほんの少しだけ体を逸らせた。
「なんで避けるの?お姉ちゃん悲しいんですけど?」
「…いえ、そんなつもりは。それより理玖さんが近すぎることに問題が、」
「えー、二人っきりなんだから理玖お姉ちゃんって呼んでよ〜。」
「…いえ、それは、」
「呼んでくれなきゃお勉強教えないぞ?」
「………理玖お姉ちゃん、」
「やったー!建人君ご褒美にちゅーしてあげる。」
「そ、そういうことを簡単にしないでください。」
「えー?」
童貞ナナミンを揶揄うのは楽しい。なんといってもまだ彼は小6なのだから。ちゅーと言いながら顔を寄せ、もうすぐ唇が触れそうになった時、インターホンが鳴った。お母さんの声がする。そして、
「理玖ー、ちょっと来てちょうだーい?」
「なんだろ、ちょっと待っててね建人君。」
「はい。」
返事をしながら部屋を出て階段を降りる。そこにいたのは、
「理玖たん、来たったで!」
「え、直哉くん?どうしたの!?」
「理玖たんを迎えに来たんや!俺んち来てくれ!」
「は?」
「ほな、理玖たん借りるで。」
「え、ちょっと!?」
玄関まで下りた私の手を掴み、直哉は歩き出した。え、ちょ、靴!靴履いてないから!!慌てて爪先にローファーをひっかける。
「お母さんちょっと建人君に謝っといてえええ!!」
「早く帰ってきなさいよー?携帯持ったー?」
「ポケットの中あああ!」
直哉は家の前に止めていた車に私を押し込んだ。え、ちょっと待って、直哉の家って京都でしょ?京都だったよね?え、マジ?禪院家!?車が走り出し、直哉はご機嫌に私を見上げた。
「理玖たんを俺のお嫁さんにする言うて父ちゃんに話したんや。そしたら連れて来い言うから、来たった。」
「え、ちょっと待って直哉君。私まだ中1だし、直哉君まだ小6だよね?結婚とかできる歳じゃないよ?」
「せやから理玖たんを連れて帰って、俺のお嫁さんやって皆に言い広めんねん。禪院家総出で理玖たんの事迎えるし、何も心配あらへんよ!」
「いやいやいやいや、ちょっと言ってる意味わからない!」
「大丈夫やって、全部俺に任せとき!」
それが一番信用ならねぇんだよ!と心の中で突っ込んだ。直哉はますますご機嫌になって、私のお腹にぎゅうっと抱き着いた。いや、可愛いけどね?可愛いんだけどさ、待って、何その格好!?直哉の額には【理玖たんL♡VE】と書かれたハチマキが巻かれている。そしてピンクのハッピ。おい、背中に何で私の写真刷ってあんだよ!!どういうこと!?直哉の手が私の太ももをさわさわと撫でた。
「はぁ…はぁ…ほんまもんの理玖たんや…!柔らかい…!ええ匂いする…!」
「ゃ、ちょっと直哉君、やめてっ!」
「理玖たん、俺ずっと理玖たんのこと見ててん!ほんでな、いろんなカップリングで同人誌描いてたんやけど、やっぱり俺、自分が理玖たんとエロい事したいな思て、」
「は!?私の同人誌描いてんの!?何それ怖いんですけど!?」
「あ、見る?持ってきてるで!」
「え、いやいやいやいや、怖い怖い怖い怖い!」
ほら、と直哉は鞄から一冊の薄い本を取りだした。おいマジかよ、何だこのタイトル…『多目的に恋してる☆』?意味わかんねぇ!!
「それはな、俺のデビュー作や!コミックマルケットでえらい評判良かったんやで!」
「マジで!?うわ、ちょ、なにこれ、私と甚爾様!?え、悟!?」
私の頭はパンク寸前だった。何だこれ、クッソつまんな!?これがコミックマルケットで評判いいって、皆頭大丈夫か!?
「父ちゃん読み終えて号泣してたんやで!」
ええええええ!?!?!?直毘人が!?!?!?!?酔ってんのおおお!?!?!?頭大丈夫うううう!?!?!?!?
「…あの、直哉君、」
「どやった!?あ、こっちは2作目『龍の如く』!孔×理玖たんとの組み合わせも最高やった!」
「直哉君、ちょっと黙ろうか?」
「…え、なに?」
「うーんとね、何から話せばいいのやら…?」
「俺的には傑いうやつも出したかってん。けどやっぱり萌舞男氏の描く「ベンチでキッス☆」に勝る作品は描けへんやった!」
「うん、ちょっと黙れ?」
「理玖たん怒ってるん?!なんでなん!?もしかして俺との組み合わせやないことにヤキモチ…!」
「うん、全然違うよー。」
なんだこれ。直哉マジ何やってんの?いや、私のこと好き過ぎるのはいいんだけど、私でオタ活ってちょっと、頭大丈夫?直哉って真希真依のことすんごい貶してたよね!?こんなオタってイメージじゃなかったんですけど!?直哉の身に一体何が起きたの!?!?!
「ね、ちょっと離れて直哉君。」
「なんでや!恋人同士久しぶりの再会やで!?俺もうずっと我慢してたんやで!?」
「いやいや、付き合った覚えないから!て言うか私誰とも付き合わないから!結婚もしません!!」
「そんな…。」
「京都にも行きません。運転手さん、引き返してください。」
「あ、いえ…、」
「あかん。」
「ひっ、はい!」
「直哉君!?」
「俺理玖たんのことめっちゃ好きやもん…。絶対俺のお嫁さんにするんやもん!!」
「…直哉君、私、相手の気持ちを考えない人は嫌いだな。」
「(ああ…直哉様ぁ…、)」
「理玖たん…俺のこと嫌いなん…?」
「直哉君のことは好きだけど、私の気持ちを考えてくれない直哉君は嫌い。直哉君はもっと優しくて紳士的ないい子だと思ってたんだけどなぁ…?」
「…っ、」
私の言葉に直哉は涙を浮かべた。ううん……流石に心苦しいけど、
「理玖たん、俺がもっとええ男になったら、結婚してくれるん?」
「直哉君次第かなぁ?直哉君が禪院家の当主になったら、考えてあげる!」
「次期当主は俺やで!?」
「じゃあ、ちゃんと当主になって、今の禪院家をもっといい方に変えれる?」
「もっとええ方に…?」
「例えば…、」
思い浮かんだのは真希と真依。禪院家にあらずんば、呪術師にあらず。呪術師にあらずんば人にあらず、なんてクソみたいな環境は変えないと。
「禪院家にあらずんば、呪術師にあらず。呪術師にあらずんば人にあらず、これってどう思う?」
「どうって、当たり前のことやん。」
「じゃあ私が神の子じゃなかったら、直哉君は私のことを好きになった?私と結婚したいなんて言ってた?」
「…それは…、」
「偏った思想っていうのはね、不幸しか生まないの。直哉君はきっと、私が非術師だったら好きになるどころか、話すことすら嫌がってたかもしれない。呪術師にあらずんば人にあらず、何でしょ?私のことを人として扱わなかったと思う。直哉君の大好きな甚爾様だって、昔から酷い扱いを受けてたと思うよ。私よりも直哉君の方がその現実を見てきたんじゃない?」
「…俺、」
「だから直哉君、そんな禪院家をぶっ壊して、もっと優しい禪院家に変えてくれない?私のために。」
「理玖たんのために…?」
「そしたら結婚でもなんでも、考えてあげる。」
「!…わ、分かった。俺、理玖たんのために禪院家変える!!」
「直哉君ならそう言ってくれると思ってた!直哉君いい子だね、ご褒美にぎゅーしてあげる!」
両手を広げると直哉が私の胸に顔を押し付けて飛び込んだ。お前はほんとチョロ哉だな!?ま、でもこのくらいチョロいなら、真希真依が過ごしやすい未来は割とすぐ叶うかもしれない。
「直哉君、お父さんと喧嘩しちゃうことになるかもしれないけど、大丈夫?」
「大丈夫や!俺が父ちゃんごと禪院家を変えたる!」
「うん、期待してるよ!」
チョロ哉のおでこにチュッとキスをする。チョロ哉は顔を真っ赤にして口をはくはくさせていた。え、かわよ。そうこうしている内に京都に向けて高速に乗ってしまった車。うわーどうしよう。このまま禪院家行ってみるか?確実に明日学校行けないよね…。
「理玖たんが俺にちゅー…理玖たんが…、」
チョロ哉は私の胸に顔を埋めながらぶつぶつ独り言を言っていた。…おい、さりげなく胸揉んでんじゃねぇよチョロ哉!!
「直哉君、そういうことはもっと大人になってから、ね☆」
バチコーン☆と理玖ちゃんウインクをすると、直哉は鼻血を噴いてぶっ倒れてしまった。…うん、大丈夫かこの子…。