学校生活


次の日、歌姫さんの運転で学校に向かった私達。1日のスケジュールなどは既にお兄ちゃんがデータで渡しておいたらしい。靴箱でお兄ちゃんとわかれて教室に入ると、隣の席の七海君が私に気づいて小さく会釈をした。小さく手を振り返して席に座る。

「七海君おはよう。」
「おはよう。昨日は大丈夫でしたか、色々と。」
「えへへ、初めて警察署に入ったよ。」
「…いつも通りで安心しました。」
「あ、七海君いつもコメントありがとうね。」
「…いえ、他にすることもないですし。」

鞄の中身を整理していると、私の左隣の席の灰原君が教室に入ってきた。

「あ、七海、馨ちゃん、おはよう。」
「おはよう。」
「灰原君おはよう。」
「この前、大丈夫だった?何もされなかった?」
「うん、お兄ちゃんと傑君が対処してくれたから、私は何とも。」
「僕、配信は丁度見れなくて、七海から聞いて心配してたんだ。」
「昨日その件で初めて警察署に入ったの!凄かった!ドラマみたい!」
「そうだったんだ!無事で本当に良かった!」

HRの始まりを告げる予鈴が鳴って、私達は会話をやめた。冥冥先生の話を聞きながらポケットの中で震えるスマホをそっと取りだすと、お兄ちゃんからLIMEが来ていた。投げキッスをする猫のスタンプだ。思わず小さく笑ってしまった。ハッとして前を向くけど、冥冥先生には気付かれていないみたいだった。

「…以上だよ。ああそれと、馨はこの後私の所へ来るように。いいね。」
「え、あ、ハイ!」
「それじゃ、HRは終わり。」

HRが終わると、教卓から私を見てにっこり笑っている冥冥先生の元へ向かった。

「冥先生、」
「すまないね、馨。昨日の件で少し話がしたい。勿論、1時限目には間に合うように手短に。着いておいで。」
「はい。」

冥先生の後を追って近くの空き教室に入った。扉を閉めると同時に、冥先生が私を抱きしめる。ビックリして固まる私。

「怖かっただろう…。気付いてあげられなくてすまないね。」
「い、いえ、」
「馨はとても価値のある人間だ。それを脅かす存在は見過ごせないね。何かあったらすぐに相談するんだよ。君の兄からも頼まれているんだ。」
「お兄ちゃんが?」
「学校では変なことは起きていないかい?誰かに見られていたり、後を付けられたと感じることは、」
「…学校では、そんなに気にしたことありませんでした。今後は気を付けますね。」
「そうするといい。私は金の味方だけど、馨の味方でもあるからね、遠慮なく相談すること。いいね。」
「あはは、ありがとうございます。」

教室に戻ると授業の準備をした。灰原君がグラウンドを見ている。私も気になって見てみると、どうやらお兄ちゃんのクラスが体育らしい。お兄ちゃんと傑くんが肩を組んでじゃれ合ってるのが見えた。

「馨ー!!」

私の姿を見つけたらしい、お兄ちゃんが大声で名前を呼んだ。バレてしまったのは仕方がないので、窓を開けてお兄ちゃんに手を振った。傑くんと硝子ちゃんも私に気づいて手を振ってくれる。お兄ちゃんが私に向けて投げキッスをした。恥ずかしくなってその場に蹲って隠れると、私たちのやり取りを見ていた灰原君が笑った。

「…どうしたんですか、馨さん。」
「な、なんでもないっ!」
「顔が赤いようですが、熱でも、」
「七海、グラウンド見て。」
「ん?」

「おーい!馨ー!俺の可愛い馨ー!きゃー馨ーこっち向いてぇー!」
「馨ちゃーん!」
「馨ー!」

「…なんとなくわかりました。」
「あはは!」
「馨さん、あなたが顔を見せるまで名前を呼び続けるつもりですよ、あの3人は。」
「そ、それは困る…!」

そっと窓から外を覗くと、3人ともまだ私の名前を呼んでいた。立ち上がってもう一度手を振ると、チャイムが鳴った。

「サッカーすっから!ゴール決めるー!見てろよー!」
「はっはっは、」

お兄ちゃんと傑くんの声を聞きながら、私は両手を頭上に掲げて〇を作った。席に座って授業を聞きながら、時折グラウンドを眺める。灰原君も一緒にグラウンドを見ていた。

「あ、今五条さんが、」
「え、え、見えない…!」
「おーいそこ2人、授業中だぞー。」
「日下部先生、今夏油さんと五条さんがサッカーしてます!」
「灰原、廊下に立つか?」
「あ、やった!」

お兄ちゃんがゴールを決めた。嬉しくて勢いで立ち上がってしまった私に、クラス中の視線が集まる。顔が熱くなって縮こまった私は、大人しく座り直した。

「あ、えっと、ごめんなさい…。」
「日下部先生、今五条さんがゴールを決めました!」
「灰原、実況はいいぞー。」

授業が終わって教室に戻るお兄ちゃんの姿を見つけた。わざわざ私の学年の廊下を通って帰るなんて珍しいな、そう思っていると、お兄ちゃんが私の教室に入ってきた。

「馨、見てた?」
「う、うん、見てた!」
「どう、カッコよかった?」
「…うん、カッコ良かった、」
「馨ー!」
「わぁっ!」

お兄ちゃんが人目も憚らずに抱き着いてきた。お兄ちゃんの汗の匂いがフワッと香って、どきどきと心臓が跳ねる。傑くんが教室のドアに凭れて私達を見ている。

「悟、汗掻いた体で馨ちゃんにくっつくなよ。」
「あ、そうだった。」
「大丈夫、タオルある?」
「ん、教室。じゃ、またお昼な。」
「うん、」
「またね、馨ちゃん。」
「はい、また、」

2人を見送って、自分の席に座った時だ。同じクラスの江藤さんが私の席に来た。江藤さんは江藤グループのご令嬢。私とお兄ちゃんの通う学校は、所謂お金持ちの家の子供たちが通う学校だ。

「五条馨さん、ちょっとよろしくて?」
「あ…はい、」
「あなた、Yon Tubeとかいう庶民の娯楽サイトに動画投稿とやらをしているらしいわね。」
「…そうですけど、何か…。」
「あなた、お兄様と仲がよろしいようね。」
「…えっと、」
「兄妹同士でベタベタと、気色が悪いったらありゃしない。おやめになったらどうなの?周囲の目も気にせずにベタベタして、あれじゃまるで恋人だわ!」
「江藤さん、言い過ぎじゃないかな。兄妹同士仲がいいのはいいことだよ。」
「あら、灰原くん。わたくしは思ったことを述べたまでよ。わたくし以外にも同じことを思っている方もいらっしゃるでしょうに。それに、仲が良すぎるのもどうかと思いますわ。」
「だからと言って、他のクラスメイトの前で彼女をなじる様なことをしていい理由にはならないでしょう。」
「あら、七海君まで五条さんのことを庇うのね?」
「私もあなたに対して思った事を言ったまでですが、何か。」
「…フン、」

江藤さんは腕を組んで去って行った。

「あれじゃまるで悪役令嬢だ。」
「あはは。…大丈夫?」
「え、あ、うん、2人ともありがとう。」
「別に、私は何もしていません。」
「僕も何もしてないよ!兄妹同士仲がいいことの何が悪いってのさ。僕だって妹と一緒に買い物したり、ご飯作ったりするから、馨ちゃんと五条さんが特別変だって思ったりしてないよ。」
「…うん、それでも、やっぱりおかしいって思う人はいるんだね…。気を付けないと…。」
「…無理にどうこうする必要はないでしょう。普段通りで問題ありません。あなたらしく。」
「うん、ありがとう。」

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