初めての兄妹喧嘩


昼休みになって、私と七海君、灰原君の3人で食堂に向かった。食券を買って列に並んでいると、お兄ちゃんが私のところにやってきた。

「馨、向こう席取ってるから来いよ。」
「あ、うん、ありがとう。」
「今日何にしたの?」
「A定食にしたよ。お兄ちゃんは?」
「俺もA。何となく馨も食べる気がしたから同じのにした。」
「なんでわかったの?凄いね!」
「俺に馨のことで分からねぇことないし。」

そう言ったお兄ちゃんが私を後ろからぎゅうっと抱きしめた。学校なのに…!そう思ってハッとする。

「兄妹同士でベタベタと、気色が悪いったらありゃしない。」

江藤さんの言葉を思い出して私はとっさにお兄ちゃんの手を振りほどいた。お兄ちゃんが驚いた顔で私を見ている。

「…ご、ごめん、」
「…馨、なんかあったろ。」
「な、にも、」
「おい灰原、七海、」
「なんですか、五条さん!」
「本人が何もないというのですから、信じてあげてはどうですか。」
「…馨、後でぜってぇ聞くからな。」
「だから何もないって…。列進んだから、行くね。」

後ろがつっかえているので私は小走りで前の人を追った。お兄ちゃんはテーブルに戻ったらしい。後ろを着いてきた灰原君と七海君が私の名前を呼んだ。

「江藤さんの言葉気になっちゃった?」
「…うん、」
「あなたが気にすることではないでしょう。むしろ気にするのは五条さんの方です。」
「でも、私が何だかんだお兄ちゃんに色々許してるのがいけないんだよね…。」

定食を受け取ってお兄ちゃんたちのいるテーブルに向かっていた時だ。トレイで足元が見えていなかったせいで、私は何かに躓いた。ガシャンと定食の乗ったトレイが床に引っ繰り返って、私の体も前のめりに膝をついた。2人が私の名前を呼ぶ声が聞こえて、私は打ち付けた膝の痛みを思い出す。今、何か、

「あらぁ、ごめんなさい?わたくしの足が長すぎたせいで馨さんが躓いてしまいましたわぁ。」
「あ…はは、ごめんなさい江藤さん。」
「馨ちゃん、ケガは?!」
「大丈夫、ちょっと膝ぶつけちゃっただけだから。」

食堂内がざわざわと騒がしくなる。バタバタと足音がして、お兄ちゃんの声がした。今一番会いたくない相手に、私は唇をかみしめた。

「馨!は、なにこれ。誰がやった?」
「ごめんなさい五条先輩、わたくしが馨さんに気付かずに、」
「なんでもない…!」
「五条様、大丈夫ですか!?お怪我は!?」
「大丈夫です、私自分で片付けますから、箒お借りしてもいいですか?」
「そんな、いけません、」
「馨、いいから保健室行くぞ。足怪我してる。」
「ほっといて…、」
「は?オマエなに、今日。どうした。」
「五条さん、馨さんは私達が保健室に連れて行きますから。」
「馨ちゃん、立てる?」
「…うん、ありがとう、灰原君、七海君。」
「おい、馨!!」

お兄ちゃんの声を背に私は食堂を後にした。

「ごめんね2人とも、お昼…、」
「僕いつも鞄におにぎりと菓子パン仕込んでるから平気!後で3人で食べようよ!」
「今日はそこまで食欲もないので。灰原、菓子パンは何を。」
「ドーナッツとなんだっけ…、チョコチップパン!」



...




「おい、馨!!」

馨は灰原と七海と一緒に食堂を出て行った。舌打ちをして俺に話しかけてきた女を睨む。

「五条先輩、わたくし江藤グループの江藤アリスと申します。」
「知らねぇし興味ねぇ、話かけんなブス。」
「ブス…?」

イライラして転がっていた皿を蹴り飛ばした。傑と硝子のいるテーブルに戻って椅子に座る。ムカついて貧乏ゆすりが止まらない。

「どうしたんだい悟。」
「さっきの馨でしょ?なんかあった?」
「馨がおかしい。」
「おかしい?」
「いつも俺が抱き着いてもされるがままなのに、今日は振り払った。」
「人目気にしてんじゃないのー?」
「お年頃だからね、馨ちゃんも。」
「…ぜってぇ違う。」
「兄貴の勘?」
「江藤グループってどんなん。」
「江藤?んー、大して大きくない企業じゃないっけ。」
「…そういえばこの前、何かで特許を取得してどうとかニュースで言ってた気がするよ。で、その江藤グループがどうしたんだい?」
「馨の事と関係ありそう?」
「多分。」

馨が転んだのが見えたのはたまたまだった。馨達がトレイを持って歩いてくるのが見えて、馨の名前を呼ぼうとした時突然馨が前のめりに転んだ。凄い音がして食堂が騒がしくなって、すぐに馨のところに向かった。そしたらアレだ。

「意味わかんねぇ。」

結局昼休みが終わるまで馨は戻って来なかった。放課後になって馨の教室に行く。馨は教室にいなかった。冥さんに電話を掛ける。すぐに繋がった。

「冥さん、馨の事ちゃんと見てる?」
『いきなり電話をしてきたと思えば、馨がどうかしたかい。』
「馨がおかしい。」
『今朝、ちゃんと言われた通り話をしたよ。何かあったとすればそれ以降だろう。授業以外はクラスにいるわけじゃないからね、全部は知らないさ。』
「…江藤グループの女について知ってること、全部教えて。」
『生徒の個人情報は話すわけにはいかないね。何故なら教師とは生徒と保護者との信頼関係で成り立っているのだから、』
「10本でいい?」
『すぐに送るよ。』

馨に電話を掛ける。馨は出なかった。冥さんから江藤グループのデータが送られてきた。それとほぼ同時にLIMEが届いた。…傑からだ。

『馨ちゃんが私に送ってほしいと言っているよ。どうする?』
『今どこ。』
『駐車場。私のバイクの前。』
『すぐ行く。』

俺はすぐに生徒用の駐車場に向かった。傑と馨が傑のバイクの前で話しているのを見つけて、ちょっと安心する。

「おや、来たね。」
「…お兄ちゃん、」
「馨、オマエいい加減にしろよ。」
「悟、落ち着きなよ。そんな怖い顔じゃ馨ちゃんが怖がってしまう。」
「…帰ったら、ちゃんと話すから…。だから今日は傑くんに送ってもらうね。」
「は?」
「…悟、今日のところは私が馨ちゃんを送るよ。帰ったら2人でゆっくり話すといい。行こうか。」
「…はい、」

馨が傑と駐車場を出て行く。俺はやり場のないイライラを発散するべく荒々しく声を上げた。イライラが少し落ち着くと迎えの車に乗った。

「あら、馨は?」
「傑と帰った。」
「夏油と?珍しいわね。」
「はぁ…。」
「…何、喧嘩でもしたの?」
「あ?してねぇよ。」
「馨の事でイラついてるって顔に書いてあるわよ。何があったの。」

歌姫に今日の馨との事を話した。話し終えると少しだけイライラが和らいだ気がした。

「アンタ、昔から思ってたけど普段から馨へのスキンシップ激しすぎよ。」
「馨のこと好きなんだから別いいだろ。」
「…もしかして、アンタ馨の事、女として好きなの?」
「好きだけど、それが何?」
「…はぁ…、小さい頃から兄妹で結婚するって言いふらしてたのは知ってるけど、まさか今もとはね…。馨はそのこと知ってるの?」
「知ってるも何も付き合ってるし。」
「ハァッ!?」
「危ねぇな、安全運転しろよ。」
「誰のせいよ誰の!!〜っ、マジなの?」
「マジだよ。」
「…どこまでやったの。」
「は?それ言う必要ある?」
「いいから、どこまでやったの。」
「ヤることヤったけど。親父には言うなよ。」
「言えるわけないでしょ!?…はぁ…、」
「んだよ。」
「…馨はアンタとのスキンシップに照れてるだけじゃないと思うわ。」
「は?」
「いい?これは私の女の勘よ。馨は多分、アンタとのことを誰かに言われたんじゃないかしら。例えば兄妹なのに距離が近いとか、付き合ってるんじゃないかと噂されたりとか。」
「それでいきなり俺を避けるわけ?」
「馨からしたら、そのくらいショックだったんでしょ。だから周りの目を気にして突然避け始めた。」
「…、」
「まあ、ただの勘だから外れてるかもしれないわよ。ちゃんと馨と話し合って、解決策をちゃんと見つけなさい。」

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