本当は


保健室で膝を消毒してもらってから、教室で灰原君のおにぎりと菓子パンを貰って3人で食べた。膝は擦りむいてぶつけただけだったから、少し青痣になっただけだった。

「灰原君っていつもこんなに食べ物持ってきてるの?」
「うん!」
「チョコチップパンいただきます。」
「どうぞどうぞ!馨ちゃんは何食べたい?」
「じゃあ、おにぎり…。」
「はい、どうぞ!」
「ありがとう、いただきます。」

おにぎりを貰って嚙り付く。昆布おにぎりだった。しっかり噛み締めて食べて、昼休みは教室で過ごした。授業が終わって放課後になると、私は何となくお兄ちゃんに会いたくなくて、傑くんのバイクが停まってる駐車場に向かった。暫くして傑くんが来て、私を見て少し驚いた顔をしたけど、すぐに優しい顔で笑った。

「どうしたの、馨ちゃん。」
「あの…送ってもらえませんか?」
「いいけど、悟は?」
「…ちょっと、会いたくなくて、」
「珍しいね。今日のお昼も悟が拗ねてたよ。…何かあった?」
「…ちょっと、」
「私でよければ話を聞くよ。」
「…実は、同じクラスの、」

私は傑くんに今日の出来事を話した。江藤さんに言われたことを話すと、傑くんが私の頭に手を置いた。

「馨ちゃんはさ、悟のこと好き?」
「…はい、」
「どういう風に?」
「え、」
「例えば、兄妹、家族として好きなのか、それとも一人の男として好きなのか。」
「…それは、」
「…ああ、ごめん。ここじゃ言いにくい話だよね。」
「…あの、」
「私は馨ちゃんのこと大好きだよ。」
「え?」
「勿論、1人の女性としてね。」
「あ…の、」
「悟の事が嫌になったら、いつでも私のところにおいで。私はいつまでも待つよ。馨ちゃんの事も慰めてあげるし、」

私が俯いて返事に困っていると、傑くんがスマホを操作しているのが見えた。

「今日はとりあえず、私が送ってもいいか悟に許可を貰わないと。運転手さん、変わったんだって?」
「あ、はい、歌姫さんに。」
「ああ、あの人か。懐かしいね。」
「あ、私も歌姫さんに連絡しないと…、」
「それは悟に任せよう。そろそろ来ると思うよ。」

傑さんがそう言って私に笑いかけた。

「おや、来たね。」
「…お兄ちゃん、」
「馨、オマエいい加減にしろよ。」
「悟、落ち着きなよ。そんな怖い顔じゃ馨ちゃんが怖がってしまう。」
「…帰ったら、ちゃんと話すから…。だから今日は傑くんに送ってもらうね。」
「は?」
「…悟、今日のところは私が馨ちゃんを送るよ。帰ったら2人でゆっくり話すといい。行こうか。」
「…はい、」

傑くんがバイクを押した。それについて駐車場を出る。ズキリと胸が痛んだ。

「はい、これ被って。」
「あ、はい、」
「顎紐止めるよ。」
「あ、」

傑くんの指が私の顎に触れて、さっきの傑くんの言葉を思い出した私は少しドキッとしてしまった。カチリ、顎紐が止まると、傑くんがヘルメットの上から私の頭をポン、と軽く撫でた。傑くんがサドルを開けてもう一個ヘルメットを取りだしてそれを被った。バイクに跨ってエンジンを掛けると、私に優しい笑顔で振り向く。

「スカート気になっちゃうかもだけど、しっかりくっ付いておけば大丈夫だから。」
「…はい、あの、お願いします。」

傑くんの後ろに跨ってそっと制服を掴んだ。傑くんが私の腕を取ってお腹の方に回した。お兄ちゃんとは違う男の人の体に私の心臓が暴れた。

「しっかり掴まってないと、振り落とされちゃうよ。」
「は、い、ごめんなさい、」
「じゃ、動くよ。」

エンジンの音が私の心臓の音を掻き消してくれればいいな、そう思いながら傑くんの背中にしがみ付いた。

「可愛いね、」
「…何か言いました?」
「何も、」

バイクが走り出すと、私は流れる景色をただぼんやりと眺めていた。マンションの下に着くと、バイクからゆっくり降りて、ヘルメットを外そうと顎紐に手を伸ばした。うまく外せない…。傑くんがバイクに跨ったまま私の顎紐に手を伸ばしたので、傑くんに一歩近付いた。カチリ、顎紐が外れると、傑くんがヘルメットを取ってくれた。

「大丈夫、酔わなかった?」
「あ、はい!すごく楽しかったです!」
「そう?またいつでも乗せてあげるよ。」
「いいの?」
「私の後ろは馨ちゃんの為に取ってあるから。」

そう言って傑くんが私の髪を手櫛で整えた。

「じゃ、悟とちゃんと話して、仲直りするんだよ。」
「…はい、ありがとうございました。」
「また明日ね、馨ちゃん。あ、今日は配信とかする?」
「…どうでしょう…?」
「じゃ、今度こそまた明日ね。」
「はい。」

傑くんが走り去るのを見届けてオートロックを開ける。エレベーターに乗って最上階に上がると玄関を開けた。お兄ちゃんの靴はない。ふぅ、と溜め息を吐いて自分の部屋に入ると、制服を脱いで私服に着替えた。お兄ちゃんが帰って来るまでSNSを確認して待った。玄関の鍵が開く音がして、お兄ちゃんが帰って来た。私はドキドキと心臓が煩くなるのを手で抑えるように、胸に手を置いて深呼吸をする。

「…お兄ちゃん、お帰り、」
「…ん。」
「…あの、」
「着替えてくる。」
「あ、うん、待ってるね。」

お兄ちゃんが自分の部屋に入る背中を見ながら、また一つ溜息を吐いた。お兄ちゃんが部屋から出てくると、荒々しくソファに座った。

「馨、ん。」
「…うん、」

お兄ちゃんが顎で隣を指した。私は恐る恐る隣に座る。お兄ちゃんが私の顔をじっと見ている気がして、気まずくなって俯く。

「で、何今日の。」
「…その、やっぱり、」
「別れたいの?」
「…分からない。」
「あの江藤とかいうやつ?」
「え、あ…その、兄妹同士でベタベタして気色悪いって言われたの…。」
「別に俺達だけじゃねぇだろ、兄妹で仲いいの。」
「…うん、だけど、その…、付き合ったりとかって、」
「関係ねぇじゃん、他の奴らなんて。」
「…うん、でも、いいのかな、って思っちゃって。」
「…別れたくない。」
「…お兄ちゃん、」
「言ったろ、俺が全部何とかするって。」
「…でも、」
「いいから、俺が誰にも文句言わせねぇから。」

お兄ちゃんの手が私の頭を撫でる。優しく撫でられて頬に添えられた手は暖かくて、ちょっと震えていた。

「馨の事、愛してる。」

そう言うと、お兄ちゃんは少し悲しそうに笑った。ズキリと胸が痛んで、私はお兄ちゃんに抱き着いた。ポロポロと涙が溢れてきてお兄ちゃんに縋りつくように泣くと、お兄ちゃんが私を優しく抱きしめた。

「私も、お兄ちゃんのこと…悟のこと愛してる…、」
「ん、もう俺の事避けるのやめてよ。めっちゃ傷ついた。」
「…あ、ごめんなさい…。」
「馨からちゅーしてくれたら許す。ちゃんとベロ使ったやつね。」
「え、あ…うん、」

お兄ちゃんが私をじっと見つめる。恥ずかしくて目を逸らそうとすると、お兄ちゃんが私の両頬を掴んだ。

「ほら、ちゅーしろよ。」
「す、するから…、恥ずかしいから見ないでよ、」
「やだ、見る。」
「…ぅ、」
「ほら、早く。」

お兄ちゃんが意地悪な顔で笑った。見られて恥ずかしいけどお兄ちゃんの唇にちゅっとキスをした。

「ベロ挿れて、」
「んっ、」
「ふっ、」

もう一度キスをして、今度はちゃんと言われた通り舌をお兄ちゃんの唇に割り込ませた。お兄ちゃんが私の舌を絡め取って吸い付く。胸の前で行き場をなくした私の手を、お兄ちゃんがそっと掴んで指を絡ませた。

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