ファンその3の心情


俺の名前は脹相。

「脹相兄者!」
「どうした血塗。」
「頼まれてた回収終わった!」
「ご苦労だった。壊相はどうした。」
「兄者はケツモチの店に顔だしてるよ!」
「そうか。」
「…兄者、また動画?」
「ああ。今日も馨が可愛い。」

『あ、脹相さんいらっしゃい!』

「はぁ…馨…どうしてお兄ちゃんと呼んでくれないんだ…っ!」
「わぁあっ、落ち着いて兄者ああ!!」

俺はいわゆるヤのつく組織のトップをしている。九相図組。それが俺たちの組織の名だ。幹部は俺を含めて9人。そして九相図組の組員は、すべて兄弟の杯を交わした俺の弟達だ。馨は俺の女神だ。初めて馨を見たのは、俺の弟が最近流行りのYon Tuberというものについて話していた時だった。最近はそういう動画配信を生業にしてるやつが増えているらしい。どんなもんかと思っていると、弟が見せたのは一枚の写真。

「この子、めっちゃ可愛いんすよ。」
「!!!」

その時俺は、人生初の恋に落ちた。銃弾で腹を撃ち抜かれた時のような衝撃だった。

「おい、」
「へいっ!」
「…名前は、」
「あ、この子っすか?るんるんチャンネルの馨ちゃんっス!めちゃくちゃ可愛いっスよね!!」
「…来い、」
「え?」
「パソコン持って来いっ!!」
「へ、へいっ!」

俺は弟にるんるんチャンネルについて、動画の見方、コメントの書き方、スパチャのやり方、色々と教えてもらった。そして、未だかつてやったことのなかったSNSというのも始めた。Yon Tubeも、JwitterもJnstagramもフォローした。弟達も俺の恋を応援してくれた。皆でるんるんチャンネルをフォローした。勿論JwitterとJnstagramもだ。チャンネル登録者数が100万人のうち、俺達九相図組が何割かを占めている。

「兄者、12月7日のバースデーオフ会、どうするの?」
「行くに決まっている。とびっきりのプレゼントを持ってな。」
「帰ったよ、兄さん、血塗。」
「あ、壊相兄者おかえり!」
「おかえり。」
「おや、またるんるんチャンネルを見ているんだね。兄さんオフ会、行くの?」
「ああ。とびっきりのプレゼントを持ってな。」
「何をプレゼントするのか聞いても?」
「…バラの花束と、指輪だ。」
「兄さん…!」「兄者…!」
「まさか、プロポーズを!?」
「馨ちゃんが姐さんになる!?」
「フッ、そして俺は脹相お兄ちゃんと呼んでもらう!!」
「そうと決まれば、バラを手配しないとね。」
「ああ、」
「指輪はどんなの!?」
「…フッ、特大のダイヤを嵌めこんだ世界に1つしかない指輪を送るつもりだ。」
「素晴らしいよ兄さん!」
「流石だぁ兄者!!」
「プロポーズの言葉は決めてある。」
「な、なんて言うんだい!?(ゴクリ)」
「気になるよぉ!(ゴクリ)」
「…お、俺の妹にならないか。」
「兄さんっ!!!!(ぶわっ)」
「兄者ああ!!!!(ぶわっ)」
「泣くな弟達よ。」
「跡継ぎが楽しみだね、兄さん。」
「ああ。」
「けど脹相兄者、大丈夫…?」
「何がだ。」
「ああ、そういえば大きな問題が、」
「何のことだ。」
「兄さん、女性と全く話せないじゃないか。」
「!!!!!!!!」
「兄者、女の人と話そうとすると、いつも鼻血を噴き出して倒れちゃうもんね。」
「…だ、大丈夫だ。」
「兄さん、私達は心配だよ。兄さんの一世一代のプロポーズ、失敗させるわけにはいかない!」
「オイラも心配だよ!!」
「だ、大丈夫だ。馨となら、」
「いいや兄さん、きっと兄さんは馨さんの前でフリーズする!」
「練習しよう兄者!!」

そう言うと、血塗が奥から何かを運んできた。

「これは、そうか、マネキン!血塗、いい案だね。」
「これにかつらを被せれば、出来た!これを馨ちゃんだと思って、兄者!」
「…血塗、オマエ…、」
「あ、兄者…!?」
「いい弟だなああああっ!!(ぶわっ)」
「兄者あああ!(ぶわっ)」
「兄さん、いけるかい?」
「…ああ、お前達にいい報告をするために、俺は必ず成し遂げる。」
「じゃあまずは、握手会を想定して手を握ってみよう。」
「…手、を、握る…だと…、」
「兄者、馨ちゃんだよ!」
「く…っ、」

血塗がマネキンの手を俺に向けた。いや、これはマネキンじゃない。馨だ。馨が俺に握手を求めている…!

「ぶはっ!!」
「兄さん!!」「兄者あ!!」

俺は鼻血を噴き出してその場に引っ繰り返った。壊相と血塗が俺に駆け寄る。

「く…、まだだ…!」

俺はなんとしても馨と握手を、

「ぶっ!!」
「兄さん!!」「兄者あ!!」

その後も俺は馨との握手を練習し、何度も鼻血を噴き出した。鼻血の出し過ぎで貧血になった俺は、真っ青な顔でソファに横たわった。くそ…全然握手ができない。このままでは馨に指一本触れることも叶わない…。だめだ、このままでは九相図組の長男としての、皆の兄貴としての示しがつかん…!

「待っていろ馨…。必ずオマエと握手をする…。」

俺はその日から毎日馨を見立てたマネキンを相手に握手の練習をした。2週間ほどでようやく指先に触れることができた。もう少し、もう少しだ!!オフ会まであと1か月に迫った頃、ようやく俺は馨の手を掴むことができた!!これで、行ける!!あとはプロポーズの言葉を、

「お、俺の、いみょ、」

「俺のいもうぽ、」

「俺の妹ににゃ、」

「俺の妹になってくりゅ、」

「あああああああああ!!!!!」

「馨ー!!!!」

気付けば、オフ会前日になっていた。壊相と血塗が用意してくれた一張羅を前に、俺は鏡に向かって深呼吸をする。鏡に映る俺の顔は、貧血でどんよりと浅黒い。そして隈もひどい。なんという事だ。こんな顔で馨にプロポーズなどできん!!明日はなんとしても馨と握手をして、プロポーズをするんだ。俺は気合を入れて貧血予防の薬を飲み、その日は早く眠った。

「…ついに、12月7日…!!!」
「兄さん、今まで血反吐を吐くほど練習したんだ。絶対大丈夫だよ!」
「組のことはオイラ達に任せて、兄者はオフ会楽しんできて!!」
「…すまない弟達よ。組のことは任せた。」
「ええ。」「うん!」
「今日はなんとしても馨と…!!」
「頑張って、兄さん!!」
「兄者ならできるよ!!」
「…行ってくる。」

俺は一張羅であるイタリア製の黒のスーツと黒いロングコート、黒いシルクハットを被って組を出た。相変わらず貧血で顔色は悪いが、昨日よりかは幾分かマシになっている。弟の運転で握手会のある会場に着くと、バラの花束と指輪の入ったケースを持って車を降りた。入り口でプレゼントボックスとやらを見つけたが、俺は馨に直接渡したいからスルーした。

「こちらからご入場できます!チケットを準備してお並びください!」

そういえばチケットはコートのポケットに入れていたな。コートの内ポケットに手を入れる。

「…ん?」

え、嘘、え、

「え?あれ?え?!」

昨日の夜このコートのポケットに入れたはず…!!!

「…ない…だと…!?」

俺はコートのポケットを一心不乱に漁った。スーツのポケットも、財布の中も、ハットの中も確認したが、

「…ない…。」

なんでだ、一体どこに…!?スマホを操作して壊相に電話を掛ける。

『もしもし兄さん、どうしたんだい?』
「チケットが…、」
『え?』
「チケットがない…。」
『えぇぇっ!?ポケットの中も全部見たのかい?!』
「財布の中もハットの中も思い当たる場所は全て探した…。」
『ちょっと待って、組の中も調べるよ。血塗!兄さんの部屋を調べるんだ!』
『どうしたの兄者?』
『チケットを探せ!!』
『チケット…?あ、わ、分かったよ兄者ああ!!』
『兄さん、私達がチケットを探して必ず届けるから、諦めないで…!』
「すまない、弟達よ…!!」

電話を切ると、俺はもう一度着ているもの全てのポケットを漁った。財布の中ももう一度お札の間まで探した。ハットの中も。

「あ…あった。」

チケットは靴下と足の間に挟んであった。

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