転校生がやってきた!


朝起きていつも通り日課のジョギングをして、学校へ行く準備をした。ごじょにゃんにご飯をあげて、いい子で待っててね、と頭を撫でて家を出る。いつも通り歌姫さんの運転で学校について、教室まで悟が送ってくれた。ここまでもいつも通り。そして、

「今日転校生が来るらしいよ?」
「転校生?」

灰原君の言葉に私は鞄の中を整理しながら聞き返した。

「確か、関西の方だと聞きました。」
「へぇ?関西のどこだろうね?楽しみ!」
「僕は有名人だって聞いたよ!馨ちゃんと同じYon Tuberだって!」
「え…?」

関西の人でYon Tuber…?もしかして…、

「転校生を紹介するよ。入っておいで。」

朝のHRが始まって、担任の冥冥先生がそう言った。教室のドアが開いて入ってきた人物に、私は開いた口が塞がらなかった。

「君の瞳に俺を投射!(バチコーン☆)どうも〜、皆大好き直哉君やで〜!」
「禪院直哉君だよ、皆仲良くするように。」
「よろしゅう〜。」
「席は空いてるところに座るといい。」

空いてる席…?私は自分の目の前の席が空いてることに気付いた。え、あれ?いつの間にこの席空いて…昨日まで座ってた人は!?ガガガ、と椅子を引いて私の前の席に座った直哉君に、私は自分の顔が引きつったのを感じた。

「馨ちゃん、これでいつでも会えるなぁ!」
「直哉君…、」
「この人って馨ちゃんのチャンネルに何回か出て来たよね?」
「直哉ちゃんねる…でしたか。」
「俺も有名やね。」

HRが終わって授業前の休み時間、私は悟にLIMEを送った。

『直哉君がいる!』
『は?』
『私のクラスに転校してきた…!(>_<)』
『マジ?』

「馨ちゃん何してるん?俺という彼氏が居てるのに。」
「へ?!」
「彼氏…?」
「馨ちゃん直哉君と付き合ってるの?」

直哉君の言葉に、私の両隣りの七海君と灰原君が反応した。私は慌てて首を横に振る。

「付き合ってない!直哉君でたらめ言わないで!?」
「でたらめなんて言うてへんよ。俺と付き合うてるやん。」
「何の話!?」
「俺の事彼氏や言うて悟君にも紹介したの忘れたん?」
「あれは動画のネタで、」
「あれから俺と馨ちゃんは付き合うてる。」
「そんなぁ…!」
「それは無理があり過ぎだ。」
「七海君…!」
「馨ちゃんが否定してるんだし、付き合ってることにならないんじゃない?」
「灰原君…!」

七海君と灰原君が神様に見える…!私はきらきらした目で2人を見上げた。ありがとう…!

「馨ちゃん俺の事弄んだん?」
「え…?」
「馨さん、気にしなくていいかと。ただの妄言だ。」
「妄言やない。」
「妄言でしょう。」
「まあまあ2人とも落ち着いて!授業始まるよ!」

灰原君の言葉に七海君と直哉君は大人しくなった。どうしよう…面倒な事になった気がする…。授業中も直哉君はちょくちょく私に振り返っては話し掛けてきて、日下部先生にチョークを投げられていた。昼休みになっていつも通り灰原君と七海君と食堂に向かおうとして、直哉君に手首を掴まれた。

「馨ちゃんどこ行くん?彼氏の俺に学校案内してくれへんの?」
「だ、だから彼氏じゃないって、」
「昼はいつもどないしてるん?食堂あるって聞いたんやけど、一緒に行かへん?」
「い、今から食堂行くけど…、」
「そやったら俺も一緒に行くわ。」

直哉君が立ち上がって私の手を掴んだまま歩きだした。七海君が直哉君の腕を掴む。灰原君が私の逆の腕を掴んだ。

「馨さんを離してください。」
「オマエらには関係ないやろ。俺と馨ちゃんは付き合うてるってなんべん言や分かるんや。」
「馨ちゃんが困ってるんだから、僕たちは見過ごせないよ。」
「馨!」
「お、兄ちゃん!」
「あ、悟君や!」
「テメェ直哉!なに馨に触ってんだよ。」
「俺と馨ちゃんは付き合うてるんやから当然や。」

お兄ちゃん…悟が私を心配して迎えに来てくれたらしい。傑くんと硝子ちゃんも一緒だ。灰原君と七海君が私の腕と直哉君の腕から手を離した。悟が私を抱き寄せる。

「俺の馨に触んなつってんだろ。」
「馨ちゃんは悟君の妹やろ?俺の、なんていい方したらあかんよ。」
「は?俺の馨なんだから俺のって言ってんだよ。分かったら手離せ。」
「直哉君、手首痛いから離して?」
「…堪忍な、馨ちゃん。痛くするつもりは、」

直哉君の手が離れると、悟は私を苦しいくらいに抱きしめて直哉君を睨み付けた。

「馨、大丈夫か?」
「う、うん、大丈夫だけど、あの、お兄ちゃん、」
「俺の馨だから。行くぞ。」
「え、あ、」

悟に手を引かれて食堂に向かう。傑くん達も後ろから着いて来ているのが見えて、私は悟の顔をちらりと見上げた。不機嫌そうに唇をへの字にしている顔が見えて、小さく笑う。…ヤキモチ、かな?

「お兄ちゃん?」
「ん?」

不機嫌そうなのに、私に返って来る声は優しい。

「耳貸して?」
「は?耳?」
「いいから、」

立ち止まって私に高さを合わせてくれた悟。両手を耳元に添えて、私は悟にしか聞こえないように小さな声で囁いた。

「愛してる。」
「……帰ったら覚えてろよ。」
「撮影終わってからにしてよ?」
「分かってるっての。」

機嫌が戻ったらしい。嬉しそうに緩んだ口元が見えて、私は悟の手を引っ張って歩いた。食堂について皆で一緒に学食を食べた。直哉くんもなんだかんだ七海君と灰原君が宥めてくれたらしい。

「なあ馨ちゃんって悟君と付き合うてるって噂ほんまなん?」
「え…、」
「は?何言ってんだオマエ頭沸いてんの?」
「俺のリスナーもそれで騒いでんねん。」
「オマエの妄言と同じだろ。」
「俺のは妄言やない!」
「カップルチャンネルになったんだから付き合ってるって噂が出てもおかしくはないんじゃないかな?」

傑くんの言葉に、直哉君は少し考える素振りをした。

「俺、東京来てから何回か見てんで。」
「…何を。」
「馨ちゃんと悟君、よく手繋いで歩いてんのも見てるし、」
「は?」
「いや、バレてへんと思ってたん?」
「撮影中だって繋いでんだから別にいいだろ。」
「オフん時まで手ぇ繋ぐか普通。」
「俺が馨のこと好きなの皆知ってんだから別いいじゃん。」
「馨ちゃん、やっぱり俺と付き合うてるよな?」
「直哉君とは付き合ってないし、付き合わないかな、」
「そないないけずな事言わんと、」
「直哉くん、だったね?」

頬杖をついて黙って話を聞いていた傑くんが、口を開いた。皆の視線が傑くんに集まる。

「悪いけど、馨ちゃんは私と付き合ってるんだ。」
「は?」
「傑、」
「傑君…?」
「だから馨ちゃんの事は諦めて貰えるかい?」
「はぁ?幼馴染が何言うてんねん、」
「幼馴染だから、私は小さい頃からずっと馨ちゃんの事が好きでね。だから私から告白したんだ。悟も知ってるし硝子も知ってるよ。ね、硝子。」
「おー。」
「ほらね。悟も私が馨ちゃんを好きな事をずっと小さい頃から知っていたよ。」
「…知ってる。」
「私から告白して、馨ちゃんと私は付き合っている。これは2人がYon Tubeを始める前からの事だよ。分かったら諦めてくれるかい?」

傑くんは私と悟の関係を知っている。傑くんが私の事を好きなのも、私も悟も硝子ちゃんも知ってる。傑君は私と悟のことを庇ってくれてるんだ…。直哉君は大きな溜め息を吐いた。

「ま、諦めはせぇへん。隙があったら馨ちゃんは俺が貰うで。」
「そうかい。ひとまず分かって貰えてよかったよ。それと悟、あまり馨ちゃんと外でいちゃつくのは控えるように。私だって我慢しているんだから。」
「…分かったよ。」
「傑くん、」
「馨ちゃんも、あまり私にヤキモチを妬かせないでくれるかい?」
「え…あ、えっと、ごめんなさい。」
「そう言えばさー、直哉は何でこっち来たの?馨のこと追いかけて来たわけ?」
「当たり前やろ。俺ら付き合うてるんやから。」
「だから付き合ってねーだろ、何回言わせんだよ。」
「付き合うてたら遠距離は嫌やろ。そやから俺がこっち来たった。」
「無駄な行動力ですね。」
「あ゛?」
「なんですか。」
「七海も禪院も落ち着こう!ご飯美味しいよ!」
「灰原…、」
「ハハハッ、」

それから学校内を案内しろとうるさい直哉くんに、私達は皆で学校内を案内しながら歩き回った。あとで傑くんにちゃんとお礼を言わないと。

「もうすぐ昼休みも終わるし、私達は戻ろうか、悟。」
「…馨、あとでな。」
「うん、傑くんも硝子ちゃんも、またね。」
「ああ。またね、馨ちゃん。」
「またねー、馨。」

教室に戻ってこっそりと傑くんにLIMEを送った。さっきは庇ってくれてありがとう、そう送ると、すぐに返信が返ってきた。

『お礼はデートがいいな(*^^*)』

「ぇ、」
「馨さん?」
「あ、ごめん、なんでもない。」

私は傑くんへの返信に迷った。なんて返せばいいんだろう…?

『お兄ちゃんに聞いてみます!』

迷った挙句そう送ると、笑顔の猿のスタンプが返ってきた。学校が終わって車に乗り込むと、私は悟に傑くんとのトーク画面を見せた。

「…は?」
「どうしよう。傑くんが庇ってくれなかったら、直哉くんしつこかったと思うし、お礼くらいはしたいんだけど…。」
「デートはダメ。」
「そう言うと思った。」
「馨がデートって誰と?」
「傑くんです。」
「ああ、五条よりはマシじゃない。そっちと付き合った方がいいと思うわ。」
「は?ダメに決まってんだろ。」

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