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情けなさ過ぎて、涙が出そうだ。
「他の人のことを考えてるなら、気にしなくてもいいよ。後ろだから誰にも見えない」
優しい声に、一瞬頷きそうになって堪える。
確かにこの位置なら誰かが覗き込まない限り誰にも見つかりそうにない。
「…で、でも」
だめだ。
本当は寝たい。
眠れば、少しは酔いがマシになるから。
なんで楽になるとか、その理由はわからないけど大抵酔った時はそうしてきた。
……けど、こうやって一度でも頼ることを覚えてしまえば、きっとこれからも甘えてしまう。その存在に、寄りかかろうとしてしまう。
自分にそういう傾向があると知っているからこそ、蒼くんには迷惑をかけたくない。
一人では生きていけない弱い人間だとも、思われたくなかった。
「……(それに、)」
今躊躇ってるのは、おれがどう思われるかじゃなくて。
もし、万が一にでも見られたら蒼くんも変な目で見られてしまうってことなんだけど。
さすがに、男子中学生が同級生に肩を貸してもらうなんて変だろう。
周りから見たらシュール以外の何物でもなく、もしかしたらおれだけじゃなくて蒼くんにまで不快な思いをさせてしまうかもしれない。
そんなの、嫌だ。
おれのせいで、蒼くんに迷惑をかけるのは嫌だ。
そう伝えようと口を開く。
けど、
「…お、れ、…っ!」
ダメだった。
一言でも話そうとすれば、吐くかもしれない。
うぷ、と胃の中身が出そうな口を手で覆った。
頭が重くて、ぐらぐら視界が揺れる。
はぁと息を吐く気配がする。
「…嗚呼、もう」
仕方ないなぁと、今度は表現でもなく本当に呟く声が聞こえた。
でもそれは全然鬱陶しそうな声ではなくて、何故かむしろ優しい響きを含んでいて。
反応するより早く、肩に回された手でゆっくりと抱き寄せられる。
体の右側と、頭が何かに触れた。
………見上げれば、蒼くんの顔がすぐ近くにある。
「…ぇ、あ…」
驚いて離れようとすると「いいから、寝て」と、少し強めの口調で言われた。
自分の今の体勢を客観的に捉える前に、うまく働いていない頭で余計なことばかり考えてしまう。
こんなに間近で見たのは久しぶりで……改めて羨ましいほど整った顔をしてるなとか、おれのことを思ってしてくれてるのに一瞬でも場違いなことを考えたのが恥ずかしくて目を伏せる。
初めてかもしれない、そういう、命令口調…みたいな、なんてぼんやりと思った。
反論は認めないと暗に伝えている言い方と珍しく照れたような表情が意外で、普段見ない感じに嬉しくなってちょっと口元が緩んでしまった。でも、その些細な動作だけで酔いが加速してまた吐きそうになる。
いつもだったらこうして気遣ってもらってることとか、肩をかしてもらってることに慌てふためくんだろうとは思うけど、今はその気力も残っていなかった。
重たい瞼と怠い唇を動かそうとしても、意思に反して従ってくれない。
……というより、安心する体温と良い香りにこのままでいたいという気にさえなってきた。
誘惑に負けて、「………あり、がと………ごめ、ん…」と呟いたのと同時に、意識が薄れる。
眠りに落ちる直前、……半分夢のような、微かな笑みを滲ませた返事が聞こえた気がした。
――――――
その声は、とても心地よくて。
今まで聞いた誰よりも優しい声だった。
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