俺の家で 1

***


「蒼、何飲むー?」


靴を脱いで、鞄を床に置きながらそう声をかければ…「コーヒーある?」となんとも大人な返答が返ってきた。

(……俺はコーヒー牛乳にしとこう)

何度も挑戦したけど、苦すぎてどうしてもコーヒーはだめだった。

そういえば小さいころ、確かミルクティーの紅茶をお茶だと思ってて、お茶に牛乳を入れて作った時があったなあなんてどうでもいいことを思い出しながら「うん。あるから用意するね」と頷いた。

「ありがとう」と頷いた蒼にううんと首を横に振り、ゆっくり座ってて、と促す。

冷蔵庫から市販のコーヒーと牛乳を取り出してそれぞれのコップに入れる。


「……」


ソファーに優雅に腰かけている蒼をこっそりと盗み見ると「ん?何」と上品に微笑まれて、ぱっと目を逸らした。

家に入る前に握られた手首は、まだ少しじんじんとする。

でも、蒼もわざとではなかったらしく慌てたような表情で「ごめん。痛かった?」と本当に申し訳なさそうに心配した表情で謝ってくれた。

俺も、たまに他の人の手とか握るときに力入れ過ぎちゃうことあるかもしれない、と自分への戒めとした。うん。これから気を付けよう。


「まーくん、確か砂糖ないと飲めないんだよな」



前に蒼のコーヒーを自分のと間違えて飲んだ時に「うわっ、苦っ」と顔を歪ませたのを覚えていたんだろう。

肩を震わせて笑いながら、手伝ってくれようとしてるのかキッチンに来て棚を開ける蒼にむっと眉を寄せる。

……なんかそういう言い方されると、まるで俺が子どもみたいじゃないか。


「そもそも、砂糖なしで飲める蒼がおかしいんだよ」


と、抗議するように口を尖らせて文句を言えば、彼は何が面白いのか口に手を当てて「はは…っ」と吹き出した。

そこまで笑うことかと、じとりと睨み付けて「蒼の阿呆」と罵ってみる。子どもみたいな罵り言葉だと自分でも自覚している。

それでも、ちょっとくらい蒼の怒った顔が見たい。

「はいはい」と受け流すように笑ってスプーンで砂糖を入れてくれる蒼に、余計にご機嫌ななめになりながら「もういい」と怒って顔を背ければ、「ごめんごめん」とまるで悪いと思ってないような口調で謝られた。
二回繰り返すのはだめなやつじゃないか。全然悪いと思ってない。

カップを机に置いて、鞄から教科書を取り出した。

実はずっと前に、「わからないところがあるから、時間があれば勉強を教えてほしい」と頼んだことを忘れていた。
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