14
***
「まーくん、どうかした?」
「……っ、」
いきなり耳に届いてきた声に、身体がびくりと震えた。
ハッとして隣を見れば、蒼の心配そうな瞳がこっちに向けられている。
そうだ。今は二人で登校中だった。
「本当に、昨日はびっくりしたよ。まーくん突然寝ちゃうから」
「ごめん!!それについてはマジでごめん!!」
手を合わせて、ぎゅっと目を瞑って謝罪する。
昨日、知らない間に眠ってしまったらしい俺を蒼が起こしてくれた。
いつ寝たのかも思い出せない。
……勉強中に教えてくれてる人を放置で寝るとか、失礼極まりない。申し訳なかった。
ごめんごめんと何回も謝れば、蒼は「いいよ。まーくんのためなら、どれだけでも時間使えるから」と凄く優しいことを言ってくれて、快く許してくれた。
俺が起きた時にはもう夜中の1時過ぎていて、なんでこんなに寝てたんだろうと焦った。
でも蒼はそんな俺を安心させるように微笑んで、頭を撫でててくれて。
結局昨日は泊まってもらうことになったのだった。
また一緒の布団で寝てくれたし、昨日は特にぐっすり眠れたような気がする。
「…優しいなぁ…」
ぽつりとそう小さく呟くと、「ん?何か言った?」と尋ねてくる蒼に「ううん」と笑って首を横に振る。
しょぼんと落ち込んで、俯きながら歩いた。
「なんか、昨日からぼーっとしてることが多くて、」
神経を蝕むように、ずきずきと少し痛む頭に手で触れながらふ、と息を吐く。
気になることはそれだけじゃない。
風呂に入ったときに乳首にシャワーが当たった瞬間何故か痛みが走って、見てみると血が出ていてびっくりしたけどもう乾いていた。
多分、どっかに擦って怪我でもしたんだろうな。
それに、何故か凄い性器もジンジンしてて、下着が触れただけで今も擦れる度にびくってしちゃうし、変な感じがする。
思い当たることはないはずなんだけど、そのせいか昨日変な夢を見た。
断片的なところだけはなんとなく、…思い出せる。
めちゃくちゃ恥ずかしい…発情期みたいになっていた夢だった。
蒼がいるのに…その、自慰行為したりとか、何回もイッちゃったりだとか。
……俺、別に性欲強くない方だし、友達の前であんなことするわけないのに。
「……っ」
じわじわと頬が熱くなってくる。
本当に、なんて夢だ。
俺、欲求不満なのかな。
…今その夢のことを思い出すと、恥ずかしくて死にそうだから、もうこれ以上考えるのはやめよう。
でもそんな記憶ももう既に薄れ始めていて、多分普通に生活してればすぐに忘れるはずだ。
「この埋め合わせは絶対にするから。何かしてほしいことない?」
ごめんともう一度謝りながらそう聞いてみると、彼は困ったような表情で笑う。
「…んー、そうだなぁ。じゃあ、俺が教室に行ったときは2秒以内に来て欲しいな」
「に、2秒?!」
ぎょっとして目を見開く。
走っても間に合うかわからない。
いや、全力で走っても2秒以内に蒼のところに行けないような気もする。
教室には人も多いし、もし誰かと話している最中だったり、蒼が来ていることに気づかなかったらそれでもう時間が終わる。
「うん。誰と話してても、打ち切って俺を優先してほしい。」
誰と話してでも。ともう一度それを強く訴えるように繰り返して微笑む蒼が、ふいに「だめ…?」と寂しそうな、捨てられた子犬みたいな表情を浮かべるので。
彼のそういう表情に特に弱い俺は…つい頷いてしまった。
「う、うん。わかった。なんとかする。頑張る」
蒼が「ありがとう」と嬉しそうに笑って、少し歩いたところで「あ、」と声を上げた。
ぴたりと足を止めて立ち止まった蒼に、自然と俺も歩みを止める。
その声が、ふいに低くなる。
「もし、まーくんが約束破ったら」
「…破ったら?」
緊張にごくりと唾を飲みこんで、横を見上げる。
俺と視線が合った瞬間、彼は頬を緩め、酷く嬉しそうな表情で笑った。
「俺の牢獄ごっこにでも、付き合ってもらおうかな」
囚人役は、まーくんで
俺が監視役。
歌うように奏でられるその声に
何故か身体中の体温が消えていくような感覚になった。
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その言葉は、本気か。冗談か。
俺には判別できない。
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