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「あのさ、真冬」

「うん、何?どうかした?」


表情の暗い俊介が、教科書を鞄に入れて帰る準備をしている最中に話しかけてくる。

……やっぱり、元気がない。

心配になってうつむき加減のその顔を覗き込む。
俊介が悩んでいるなら、力になりたい。


「……あの、さ」


言いづらそうな表情で。
いつもと全然違う覇気のない声に、「俊介?」と首を傾げていると。


「まーくん」


遠くから蒼の声が聞こえてきて「あ、」とそっちを向いたときにそう言えば2秒ルール、と思い出して、焦る。


…ていうか、このルールって俺本当に犬みたいだな。


いつか俊介に言われた言葉が脳裏をよぎる。
でも、今は何か俊介が話したそうにしているから、それを放って蒼の所へ行くなんてできない。


「ちょ…っ、ちょっと待って!!本当に待って!!あの、」


何か言おうとした?と俊介に顔を向けてもう一度尋ねようとすれば彼はぎこちなく笑って首を横に振った。


「やっぱいい。また、明日な」

「ぁ…っ」


そう言って、立ち上がって教室から出て行ってしまった俊介を見送る。

……どうしたんだろう俺が助けになれることかなと思考を巡らせていると、ふいに腕を掴まれる。


「帰ろう」

「う、ん…」


いつの間にか教室の中に入ってきていたらしい。
傍にいる蒼を見上げて、俊介が出て行った方の扉を気にしながら頷く。

反応が遅れると、腕を掴む手の力が僅かに強くなった。


「あいつのこと好きなの?」

「へ?うん」


こくりと頷くと、彼の整った顔から傍目から見てもわかるくらい、血の気が引いていく。


やばい。

そう思ったけど、ここで「友達としてだけど」とかいう決まり文句をつける方がおかしいような気がする。

なんだか腕を掴む手の力が異常なほどで、「ちょ…っ、」と焦って上擦った声を上げた。


「…っ、痛いって」

「…友達としてってわかってても、苛立つな。これ」


顔を歪めると、そんな言葉が吐き捨てられた。

声の低さにびくっとして「ご、ごめん」と反射的にわけもわからないまま、謝罪の言葉が口から出る。

「嗚呼、ごめん。…まーくんは悪くないよ」と申し訳なさそうに表情を緩めた蒼はやっと手の力を抜いてくれた。痛みが引いて、息を吐く。



「俺のこと好き?」

「うん」


なんか最近俊介ともこんな会話したばっかりだなと苦笑しながらこくんと頷くと、満足げに微笑んで「俺も好きだよ」と返してくれる。

良かったと安心して、でもなんか照れくさくてちょっと俯く。

こんな確認しあうのも変な気がするけど、友達とこうやって頷きあえるってすごく幸せなことだと思う。



「中学の時、俺が初体験の話したの覚えてる?」

「…?覚えてるよ?」


なんだっけ。
確か依人がその話題を持ち掛けてきて、意外なことに経験がないって蒼が言ってたやつだよな。


「その時にした約束も覚えてる?」

「……う、ん」


約束。

この流れで、その話を持ってくるか。冷や汗が流れる。

忘れてなかったわけじゃない。
でも、何も言われなかったから、蒼の方が忘れてると思ってた。


(「まーくんが何かしてくれるなら教える」みたいなことを言って、頷いちゃったんだよな…確か)


…できれば思い出したくなかった。
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