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「……(重い…)」
とぼとぼと大量の授業資料を腕に抱えて、歩く。
誰かの役に立てている間は気がまぎれるから別に運ぶこと自体はいいんだけど、結構重いから正直手伝ってくれる人が欲しい。
顔の少し上まで積み上げられた冊子のせいで前が見えなくて、今自分がまっすぐ歩けているかも怪しかった。
よいしょ、ともう一度抱えなおしたその時。
「貸して」
誰かの声が聞こえて、半分ほど持ってくれた。
前が見えて、ほっと息を吐く。
助かった、とへらりと緩い笑みを浮かべてお礼を言おうと、そっちを向く。
「ありが…」
そこまで言って、声がとまった。
……喉の奥で言葉が詰まる。
(……っ、)
そこにいた、予想もしない人物に、
――身体が、震えた。
「……あお、い…」
反射的に緩みかけた頬が固まるのが分かる。
だめだ、うまく、笑えない。
笑わないと。
ここで変な感じになったらそれこそ、だめなのに。
「まーく、」
「…っや、」
手を伸ばしてくる蒼に、びくりと身体が大きく震えた。
身体が後ろに下がる。
それと同時に、持っている冊子と書類を全部床にちりばめてしまった。
「……」
「ぁ…っ、ごめん…!」
せっかく沢山持ってくれたのに、落としてしまったことか。
それとも触れようとした手に驚いて、避けてしまったことか。
どっちへの謝罪の言葉なのかわからないけど、とりあえず反射的に謝った。
一瞬硬直して、慌ててしゃがんで紙を拾い集める。
動揺のせいか、うまく掴めない。それでもなんとかして拾おうとして、明らかに無様な様になっていた。
ああもう、情けない。
そんな感情に苛まれて、ぐっと唇をかみしめながら震える手で拾い集めていると
「……どこに持っていけばいい?」
気遣うような、硬い声が聞こえて、「ぁ…っ、えっと一階の理科準備室」と俯いたままそう言うと、頭上で「わかった」と返事が聞こえる。
「先に行くから。…柊も頑張って」
「…っ、う、ん。ありがと…」
はは、と乾いた笑いを零しながらお礼を言えば。
彼は「ごめん」と小さく呟いて、それ以上何も言うことなく去っていった。
何に対しての謝罪だったのかはわからない。
でも、その言葉を聞いた瞬間に、胸が熱くなった。
「……っ」
ぼろぼろと涙が溢れて、資料に染みを作る。
ぐいと涙を腕で拭って、再度紙を拾いながら思う。
(…そういえば、)
(蒼に苗字で呼ばれたのって、はじめてだ)
――――――――
胸が痛い。
嫌いなら、優しくしないでほしい。
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