11

***

教室に入り、他には目もむけずその場所に向かう。


「俊介」

「おう、真冬。どこ行ってたんだよ」


俊介の前まで行って声をかけた。
保健室でずっと寝ていたせいで、午後の授業を出れなかったけど。


…どうしても今日俊介に聞きたいことがあったから皆が帰る準備をしている時に教室に戻ってきた。

にかっといつも通りに笑って手を振る俊介に、問う。


「…あの、俊介ってさ」

「おう」


その爽やかな笑顔を見て、余計になんであんなことを言ったのかが不思議でならない。
最初から疑ってかかるのも悪いと思って、言いにくいことなのもあって口ごもる。

……それは、もしかしたら俊介を怒らせることにもつながるかもしれない。


「蒼に、何か言ったり、した?」

「…一之瀬に?何かって?」


そう問えば、俊介は怪訝そうに眉を寄せる。
その教科書をしまう俊介の手が、ぴたりと止まった。
聞きづらいなあと思わずへらりと笑って、ちょっとふざけた感じで聞いてみる。
真剣な口調で聞くのは、恥ずかしすぎる。


「その…俺が俊介のことを、…そういう意味で好きだって言った…とか」

「もしかして、一之瀬とさっきの時間一緒にいた?」


途端に俊介の目が不機嫌に鋭くなる。
あれだけ泣いて、俊介に慰めてもらって迷惑をかけたんだから、怒るのが当然というものだ。

…それに授業も結局さぼったようなものだったし。


「あ、…の、1時間くらい…は…いた。残りの時間は保健室、に」


俊介もそんなに蒼のことを良く思ってないんだったと慌てて、でも誤魔化してもどうせばれるだろうと事実を口にした。


……けど、


「はぁ?!」


いきなり大きな声を上げて信じられないという顔をする俊介に、怯む。
でも、その反応が当然なのかもしれない。


「また何かされたんじゃないだろうな…!?前から言ってるだろ!あいつは危ないって」

「…っ、でも、蒼も謝ってくれた、から」

「お前は…っ、謝られたら何されてもいいのかよ…!!」


ばかと強く怒られて、う、と言い返す言葉もなくて俯く。

焦ったような表情で、俺の身体の安全を確かめるかのようにじっと俺の全身を眺めてぺたぺたと触ってくるから、急いで首を振る。

すごい心配してくれているらしい。
なんか本当に俊介の弟になった気分だ。


「何もされてない。今回は本当に話しただけだった」


キスはされたけど、黙っておこう。
言っても仕方がないことだし、忘れることにする。


「…それで、何か用事があったから戻ってきたんだろ?なに?」


納得していなさそうな表情で真剣な口調でそう問われて、反射的に俯く。

なんか、これが一番怒られそう。

俊介が俺から蒼を引き離したくてあのことを言ったんだとすれば、こうやって蒼と一緒にいることを選択した俺はとてつもなく余計なことをしでかしたことになる。

もし蒼の言ったことが本当ではなかったら、俊介を疑ってかかったと傷つけることにもなるし。
もし蒼の言ったことが本当だったら、それは、俺にとって簡単に見過ごしづらい状況になってしまう。


「…その、違ったらごめん。それで、もしかして、俺が俊介のことを好きだって言ったって蒼に、言ったり、したのかなーなんて……」


ちらりと俊介を見上げると彼は、俺から視線を逸らした。
気まずそうな表情。
どきどきと緊張しながら答えを待っていると彼は小さく頷いた。


「…言った」


その言葉に、わなわなと唇が震える。

蒼が嘘をついていなかったと分かって安心すると同時に、俊介がなんでそこまで嘘をついてまで蒼にそんなことを言ったのかが理解できない。


「…っ、なんで、そんなこと、」

「――真冬は知らないんだよ。あいつが、真冬の知らないところで何をしているか」


歯を食いしばってそう呟く俊介に、思わず呆気にとられて口が開く。
教室にはもう既に俺たち以外誰もいなくて、夕陽が教室の中をオレンジ色に染めていた。


「…へ?何を、してるかって、」

「真冬に関わった人間が、いつの間にか消えていたことってなかったか?」


俊介の問いに不意を突かれて狼狽する。
周りの誰かが、消えた…?


「…っ、」


ズキリと頭が痛んで、身体がふらつく。
その痛みが強くて、それ以上何も考えられなくなった。


「たぶん、そんなことがあったならそれは全部一之瀬のせいだと思う」


俊介の言葉を聞いて、凍ったように身体が動かない。

誰か、いなくなったっけ…?そもそも、中学の時だって友達と言えば蒼と依人くらいしかいなかった…はずだ。

(―――……)


瞬間、脳裏に誰かの名前がよぎって、頭痛が余計に酷くなる。

…あれ、それって…誰だったっけ。

ふらりと身体がよろめいて、ふいに何かが肩に触れて倒れないように支えてくれた。


「まーくん、そいつの言うことに耳を貸したらだめだよ」


すぐ後ろで、蒼の声がする。
振り返れば、いつの間に来ていたのかすぐ後ろにいた彼はふわりと微笑んだ。


「そんな大げさになりそうなことがあったら、まーくんが知らないはずないんだから」


問うように、同意を求めるように「そう思わない?」と首を傾げる蒼に、こくんと頷く。

…蒼の言う通り、そんなことがあれば大事件でニュースになっていてもおかしくないだろう。

でも、そんな噂、聞いたことも見たこともない。
誰も消えた人なんかいなかったはずだ。

俊介が俺から蒼に視線を映した。
睨むような鋭い視線が俺の後ろに向けられている。


「…一之瀬、お前の真冬への感情は異常だと俺は思う」

「………」


いつか、俺にも言った俊介の言葉。
戸惑って蒼を見上げれば、その眉がぴくりと反応したのを見た。


「一之瀬の真冬への感情は、愛情でも友情でもない」

「…っ、」


その台詞に、俺は何も言えなくて俯いて拳を握った。
俊介から見て、蒼が俺に向ける感情が愛情でも友情でもないのだとしたら。
俺の言葉を受け入れて、一緒にいてくれようとする蒼は、一体どんな感情を俺に抱いているというんだ。


「…それ以外に何があるんだよ」


無感情にぽつりとそんな言葉を零す蒼を見上げても、その表情からはどんな感情も何も読み取れない。
そんな蒼に、俊介がため息の混じりの吐息を吐く。
なんでわかってないんだとその顔を歪ませた。


「お前達は二人とも、自分の感情を把握できてないのが一番問題だなぁ」


お前”達”と彼は言った。
蒼に対してだけではない俺にも、言った。
俊介には、全部わかっているというのだろうか。

蒼のことも。
俺のことも。
なんで、わかるんだろう。


「…何も、知らないくせに…」

「……あおい?」


怒りの色で瞳を染めて、俊介を睨み付ける蒼が尋常ではない雰囲気を醸し出している。


「勿論お前らの過去は何も知らない。でも、見てたら、お互いをどう思ってるかくらいはわかるんだよ」


怯むことなくそう言い放った俊介が不意にこっちを見て真剣な表情をする。


「一之瀬と一緒にいれば、これから傷つくことが沢山あると思う。たとえ真冬が俺のことを友情以外で好きじゃないって思ってるなら、それでも、真冬が傷つかないように支えることくらいはできる」


「少なくとも、一之瀬よりはマシに真冬と一緒にいれる」と何の迷いもなくそう言い放つ俊介に、どう答えればいいかわからなくて、目を瞬く。

あまりにもまっすぐに俺を見つめるから、どうしていいかわからない。


「だから、一之瀬と引き離した方がいいと思って、付き合ってって言った」


真剣なまなざしに、そういえばまだ俊介にそのことの返事をしていなかったことを思い出して、口ごもる。


「…俺、は」


俊介と一緒にいたいとは思うけど、でも。
だからって、蒼と離れるなんて選択もできない。
都合がいい考えかもしれない。
後で、俺自身がこの選択に苦しむかもしれない。
でも、今この場でどうするかなんて決められなくて俯く。


「今はいいや。なんとなく、迷う真冬の気持ちもなんとなくわかってるから、保留にしといてやるよ」


「俺昔っからなーんとなく、周りの人間の考えてることとかわかっちゃうんだよなー」と鞄を肩に下げて、ふざけたように笑った俊介に、空気が緩むのを感じてほっとする。


「優柔不断で、ごめん」と謝れば彼は首を振って、「今日はこのまま帰ってやるよ。一之瀬も機嫌悪そうだし」と楽しそうに笑った。


「また明日な」と手を振る俊介に頷いて別れの挨拶を言うと、彼はすごく満足げな笑顔で教室を出ていった。


「…じゃあ、俺達も帰ろっか」


シンと静まり返った教室に耐えられなくて、振り返る。

…と、さっきまで怒りの色を宿していた蒼の瞳は、まだ俊介のいなくなった方を見ていた。

でも、それは戸惑った表情を浮かべた俺と目が合った瞬間に優しい色に変わる。


「……うん。帰ろう」


緩く微笑んだ蒼が俺に笑う。

―――――――――――――

ようやく、前の日常に戻った気がした。

その光景を誰かの目が見ていることも知らずに、俺は酷く安心して笑っていた。
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