9

「板本君」


流石にもう驚かなくなって、冷静に振り返る。


「一時期一緒じゃなかったのに、朝、蒼様と来るようになったんだね」

「…うん」


多分蒼のことを好きで、しかも一度それで「近づくな」って言ってきた人に、それを言うのも気が引けて少し怯えながら頷けば彼はにこっと笑う。


「そうなんだ!よかったね!」

「その…、板本君は、蒼のこと…恋愛的な意味で…、好きなんだよな…?」


何の嫌な顔もせずそう笑う板本君にほっと息を吐いて、おずおずと尋ねる。
でも、彼は笑って首を横に振った。


「前は多分そうだったけど、今はもう変な意識はしてないよー。僕、あの時どうかしちゃってたみたい。そんなことよりも、今は柊君と友達になれたことが嬉しくて、蒼様のことはそんな風に思わなくなったんだ…」


最後の言葉は尻すぼみになって、俯いていた。
本当に、吹っ切れたらしい。
ぱっと顔を上げて俺に確認するように上目遣いで尋ねてくる。
手でもじもじとさせて、どこか緊張しているような瞳。


「…ねえ、僕と真冬君はちゃんと友達、…だよね?」

「うん。友達だよ」


流石にこんなに何週間も何もなかったら、もう多分信用してもいいんじゃないかって思う。
躊躇いなく頷くと、彼は嬉しそうに笑って「じゃあ、またね」と手を振りながら去っていった。

ああいう可愛い無邪気なタイプ友達にいなかったから、新鮮だな…。
やっぱり、友達が増えるっていいことで嬉しいな、なんて思った。

――――――


帰り道、また蒼に家の前まで送ってもらった。
その心配そうな表情に苦笑しながら「大丈夫だよ」って安心させるように言う。

それでも帰るのを躊躇っているようで、「もう、蒼は心配し過ぎなんだって。蒼が帰らないと、ずっと俺もここにいることになっちゃう」とわざと困ったような口調で言ってみても、蒼はしばらく帰ろうとしなかった。

学校が終わった後俺の家まで送ってもらったから、今から反対方向にある家に蒼が帰るには、既に充分暗い時間帯だった。

蒼は自分の外見が恐ろしいほど整っていることを自覚してほしい。
誰か危ない人に目をつけられたり襲われたりしないかしないかと俺の方が心配になってしまう。


「あ、そうだ」


思い出して、「ちょっと待ってて」と声をかけて家の中に入る。
机の上にあるソレを手に取り、キョトンとした顔をしている蒼の前まで戻った。


「……(う、)」


やっぱり一言くらい言っておけばよかった。
もう既に買ってしまったくせに、男が男にネックレスなんて気持ち悪いと思われたらどうしようなんて今更心配になってどきどきしてきた。

紙袋を持ったまま、ぐいと蒼に押し付ける。


「あの…っ、これ、いつもありがとうってお礼と、あの時庭を見せてくれたことのお礼…です」


緊張で声が上擦る。

多分蒼なら受け取ってくれるとわかってる。

……でも、それでも怖いものは怖い。
紙袋を持つ手に、力が入る。


「…まーくんが、俺、に…?」

「うん。蒼に貰ってほしいと思って、…、ネックレス、なんだけど」


驚きを含み、僅かに震えている声にこくこくと頷く。
受け取ってくれるかなと恐る恐る顔を上げた。


「…まーくんが、俺のために…買いに行って…、くれた…」

「…うん」


まだ信じられないというような表情で呆然としてそう言葉を零す蒼に、照れくさくなってへらっと笑ってしまう。

やっぱり、恥ずかしいな。


「まーくん、が…」

「……?」


でも、何故か反応が想像していたよりも鈍くて、首を傾げる。


「蒼?」


声をかければ、彼は俺の背中に腕を回し、縋るようにして抱き締めてくる。
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