8

――――――――――――――

朝、蒼と登校中。


「まーくん」

「んー?何?」

「…顔色悪いけど、何かあった?体調悪い?」



心配そうな表情で蒼のひんやりとした冷たい手が、俺の額に触れて心地よい。
大丈夫だというように首を横に振って、へらりと笑う。


「大丈夫。ありがとう、心配してくれて」


…口先ではそう言ってみたけど、大丈夫じゃないって自分でもわかっていた。

もう何日も、眠っている間に追われる夢を見て、怖くて悲鳴を上げながら起きては寝ようとして、また悪夢を見るの繰り返しだった。
眠くて、身体がふらつきそうになる。
気を抜けば、一気に膝から崩れ落ちそうだ。


「何か、あるんだったら言ってほしい」


真剣な表情でそう言ってくれる蒼に、首を横に振って「なんにもないよ」と否定しても、彼は納得していないような表情で、俺をじっと見つめる。


「……じゃあ、なんで昨日あんなに急いで走ってたの?」


ぽつりと零されるその低い声音に、「へ?」と思わず疑問の声を上げた。
なんで蒼がそれを知ってるんだ、と目を瞬きながら見上げると、彼はどこか気まずそうな表情で俺から視線を逸らした。
珍しく口ごもっている。


「…昨日、まーくんを見かけたから」


蒼が、近くを歩いていたことなんて全然気づかなかった。
…でも、俺が走り始めてから家につくまでずっと一本道だったのに、…どうやって見えたんだろう。
疑問に思って首を傾げていると、蒼が寂しそうに瞳を伏せる。


「…俺じゃ、頼りにならない?」


そのワントーン下がった声音に、焦ってぶんぶん首を横に振った。
…蒼を悲しませてしまった。


「う、ううん…!!そんなことない…!!」

「…本当?」

「うん。蒼は、すごく頼りになるよ」


できるだけ安心してもらえるように笑顔を作ってみる。
本当の気持ちだった。
蒼がいたからすごく助かってるし、元気が出たこともたくさんあった。

昨日だって、今までのお礼も兼ねてネックレスを買いに行ったのに…、結局家に置いてきちゃったし…。

やめよう。

これ以上、暗いことを考えて蒼に心配させるわけにはいかない。


「でも、ほんとうに大したことじゃないんだ。それにたとえ、何かがあったとしても、…自分で解決しないといけないと思うから」


真剣に、蒼の目を見てそう言えば。

「まーくんは、いい子すぎるよ」と彼は呆れたような、そしてどこか悲しそうな笑いを零して、俺を抱きしめた。


「…っ、わ」


蒼にこうやって道中で抱きしめられるのは久しぶりで、ちょっとびっくりする。
幸い、周りに人の影はなかった。


「困ったときには呼んでほしい。すぐに行く」


耳元で囁かれる声音が優しくて、その言葉が嬉しくて、心があったかくなった。
小さくお礼を言えば、彼は少しだけ俺の身体に回した手に力を込めて、ゆっくりと離れていった。


「…俺は、まーくんが傷つくのを見たくないよ」


手が俺の頬に触れる。
蒼を見上げば彼はふ、と目を細めて微笑んだ。
その表情を見て、本当に俺のことを心配してそう言ってくれてるんだと感じる。

(…頑張ろう)

…俺は情けなくて、心が弱いからすぐに人に頼ったり、くじけそうになってしまう。

そうならないように、少しは自分も誰かに頼ってもらえるような人間になるために、これからはもっと頑張ろう。
へらっと緩い笑顔を浮かべながら、強くそう心に誓った。

その日は、勉強にも今まで以上に精を出した。
授業に集中して、他のことを考えないようにする。

そうして、なんだかんだで全部の授業が終わり、掃除を終えた後、「柊君!」と最近では聞きなれた声が聞こえてきて後ろから抱き付かれた。

prev next


[back][TOP]栞を挟む