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彼は、熱の籠った声で、呟く。
「今日は、まーくんに大事な用があって会いに来たんだけど、…聞いてくれる?」
「なに?何かあった?俺に出来ること?」
「…うん。まーくんにしか、できないこと」
何か出来ることがあれば遠慮なく言って。と頷きながらも、そのぼたぼたと地面に垂れる液体に、ああもうどうしよう、なんとかしないと、と焦る。
ハンカチでおさえても、これ以上ないってほど血が止まらない。
一度なにかを言い出したら、蒼は俺の言うことなんて聞かなくなるから、とりあえず早口でその用事を聞こうと決めた。
……けど
「――あの日、『真冬』とした約束をやっと守れるよ」
「やくそく…?」
何故か酷く幸せそうで、愛しそうな表情で切ない笑みを零す蒼に、わけもわからずに胸が苦しくなる。
……真冬、なんて蒼に呼ばれたことないのに。
疑問に思っていると、蒼が何かをポケットから取り出して包みのようなビニール袋を捨てた。
「…?なに、そ」
「…っ、…長かった。この日をずっと待ってた」
背中に回された腕で、抱き締められる。
震える声で、泣きそうに言葉を零す彼に、戸惑うばかりで何も返せない。
「蒼、…?どうしたの?一体何の話を、」
「…ごめん」
「っ、…ふ、?!」
謝罪の言葉とともに身体が離され、黒い布で鼻と口を覆われる。
肌に触れる布のような感触と、一気に入ってくる甘い香りに息がつまりそうになった。
吸った途端に、頭痛と途方もない眠気が襲ってくる。
蒼の血の気の引いた顔に浮かぶ、泣きそうに微かに眉を寄せた綺麗な微笑みだけが、目に映る。
「…どう、して…っ」
酷く、身体が怠い。
気を抜けば、すぐに瞼が閉じてしまいそうだ。
身体を支えられなくなって、ふらりと倒れかけた瞬間抱きとめられる。
ぎゅっと背に回った腕に、強く抱きしめられた。
吐息まじりの、熱の籠った声。
「――…もう離さない。触らせない。誰の目にも映させない。あの日の真冬の望み通り、俺が世界から切り離して、大切に守ってあげる」
「………ぁお…、い………?」
目が合えば、彼は今にも倒れそうな顔で、酷く嬉しそうな表情で熱に浮かされたように薄く整った唇で微笑んだ。
「やっと、手に入れた。俺だけの、可愛い可愛いオヒメサマ。これで、ずっと一緒にいられる」
『真冬』
もう一度、その名前を呼ぶ声は
今まで聞いたことがないほど愛おしそうで。
――――――――
”…あの時守れなかった約束を、今度こそ守ってみせるから。”
そう小さく耳元で囁かれた言葉は、すぐ近くにいる俺ではなく、きっと別の誰かに向けられていた。
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