19
喉の奥から悲鳴が上がった。
「まーくん、怪我してない?」
「…っ、あお…ッうで…っ血が…っ!!」
「大丈夫、慣れてるから」と僅かに辛そうに表情を変化させただけで、蒼は躊躇うことなくそのナイフを引き抜いた。
傍から見てるだけでもすごい出血の量で、カーディガンが濃い赤に染まっていく。
「…なっ、」
信じられない。
躊躇のないその行動に、面食らう。
痛いのに、痛いはずなのに。
ナイフを抜いた瞬間に流れだした血にああどうしよう。こういう時はどうすればいいんだっけ。と慌てながら、とりあえずハンカチを取り出して当ててみる。けど、みるみる間に真っ赤に染まってしまった。
「…ぁ…あおい…っ、どうしよう…っ、どうすれば…ッ、おれ、どうすれば…っ」
「だいじょうぶだよ。だから、そんなに泣きそうな顔しないで」
「っ、こんな時まで、」
どうしてそこまで冷静でいられるんだ。
俺なんかを気遣おうとするんだ。
血の気の引いた顔で笑みを浮かべる蒼がよしよしと俺の頭を撫でる。
それがあまりにも優しくて、こんな状況なのに俺が泣いてる場合じゃないのに、涙腺が刺激されてしまう。
手とハンカチでとりあえず傷を塞ごうとする。
ぬるりとした感触が手にべったりと触れて、血の多さと匂いに思わず眩暈がしそうになった。
血が次から次にあふれ出してくる腕にハンカチを当てて、悲しくて唇を噛み締めながら、謝る。
「ごめん…っ、俺を庇ったせいで…っ、本当にごめん…ッ」
謝ったって、なにも変わらないことなんてわかってる。
でも。
でも、俺が刺されればよかったんだと、俺が今苦しんでればよかったのにと思う。
蒼の顔からは血の気が引いていて、額には汗が見える。
こういう時のちゃんとした処置の方法もわからない。
…俺、本当に役立たずだ。俺のばか…こんな時に泣くな。
必死に何度も謝りながら、どうすることもできずにとりあえずそれをハンカチでおさえながら、「きゅ、救急車、はやく、呼ばないと、」と震える手で携帯を取り出した。
けど、その手をおさえられ、何故か首を横に振られる。
「まーくん、」と俺の名を呼ぶ蒼を見上げれば、彼は血の気の引いた顔で儚げに微笑んだ。
「これでわかってくれた?まーくんには…俺以外の友達なんか必要ないって」
「こんな時に、何言って、」
これ以上ないって程つらいはずなのに。
どうしてそこまでして、そんなことにこだわるんだ。
「この前だってストーカーに襲われて、今日だってもしかしたらまーくんはヤられてたかもしれない。……俺が来なかったら殺されてたかもしれないってわかってる?」
「まって蒼…っいいから、とりあえず救急車呼んでから、」
「いらない」と頑なに拒否する蒼に、なんで、と戸惑う。
いやだ。蒼に何か嫌なことが起こるなんて。
蒼が、死んでしまうかもしれないなんて。
……庇ってもらったくせに何もできない自分が、どうしようもなく歯がゆい。
「だめだよ。今やらないといけないことが、まだ残ってる」
「やらないと、いけないこと…?」
こんな状況になってまでやらなければならないことって、何だ。
考えてみても、わかるはずもない。
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