お風呂

***

風呂から出た後。


「…あーっと、拭こうか?」

「…ううん。自分で、できる。ありがとう」


ぼたぼたに雫の滴る俺の髪が気になったらしい。
風呂から出てきて、服を着替えた俺にそう声をかけてきてくれた蒼に、首を振って自分で髪をぐしゃぐしゃとタオルで拭く。

蒼の物らしいそのパジャマは袖が手より長くぶかぶかだった。
青色の水玉模様の柄の入ったパジャマ。
ズボンのすそを捲り上げて、足の手当てをしてもらう。

消毒をして、傷だらけの足に絆創膏を貼ってもらった。
「もう外を裸足で歩き回らないようにね」と注意を受け、何も言い返せる言葉もなくて、こくんと頷いた。


「落ち着いた?」

「…うん」


安堵したように、ふ、と笑みを零すその様子に、恥ずかしくて俯く。
ああ、もう居たたまれない。


「その、色々、ごめん」

「よかった」


歯切れの悪い俺の言葉に、彼は珍しいほど自然な表情で微笑んだ。
寂しい感じもない、辛い感じでもない。
とても、優しい自然な笑み。


(…蒼?)

また、違和感。


「………」


今までみたことのないような、何の歪みのない笑顔に目を驚いて目を瞬く。

…そういえば。
今日の蒼は、全然冷たい雰囲気がない。

それどころか、むしろ優しいお兄さんって感じで大人びた感じがする。

いや、いままでも大人っぽいって感じてた時はいっぱいあったけど、…なんというかそれとは違う大人っぽさというか。

あんなに蒼の辛い表情は見たくないって思ってたから、こんなに普通の表情をする蒼に、嬉しいはずなのに少し違和感を覚えてしまう。


(…自分でも何考えてるのかわからない)


「なんか、小さい子供みたいだね。真冬くんって」

「え?」


クスリと小さく笑いを零してそう微笑んだ蒼が、ふいにそんなことを言うから、その違和感にぴたりと固まった俺を見て、一瞬蒼もキョトンとした表情を浮かべた。

どうして、そんな他人行儀なんだ。


「”真冬くん”って…」

「あ、」


しまった、という焦りの色をにじませた彼に、首をかしげると蒼は「えーっと、」と気まずそうに俺から視線を逸らした。

諦めたようにはぁと息を吐いて、彼は意を決したような真剣な表情で俺をじっと見つめた。


「真冬くん」

「…っ」


真面目なその顔に、どきりと胸が嫌な音を鳴らす。

何を、言う気だ。
身体が強張る。
さっきまでの緩い雰囲気が消えた。


「いろいろ聞きたいことがあると思うんだけど、まず先に言っておかないといけないことがある」

「…待って…」


小さく首を横に振って、声を零す。
あまりにか細い声は、相手の耳に届かない。
その唇が言葉を紡ぐためにゆっくりと開いた。


「…俺、本当は――」

「待って、待ってやめて…!!」


身体が震える。
何かを言おうとする蒼の口を手でふさいで、そう声を張り上げた。

自分でも驚くくらい、悲鳴に近い大声になった。

その言葉の先を聞きたくない。
知りたくない。

”もう、二度と会わない”と言った彼の表情を思い出す。

それは、嘘をつくときの蒼の表情じゃなかった。


……だから。

どうして蒼があの屋敷ではなく、ここに住んでるのか。
どうして、あの時”ばいばい”と言った蒼がここにいるのか。
どうして、いきなりこんなに自然な笑みを浮かべることができるようになったのか。

……どうして、彼が”真冬くん”って呼ぶのか。

それを考えれば、その言葉の先なんてすぐにわかるはずなのに考えたくなかった。

知りたくなかった。


「蒼」

「…っ、」


言わせない。

同情のような、悲しみのような複雑な表情を浮かべる”彼”の腕を引っ張る。
驚いたように、その目が大きく見開かれた。

やっぱり、蒼だ。
蒼じゃないわけがない。
こんなに全部、蒼と一緒なんだから。
蒼じゃない、わけがない。
だって、もし蒼じゃないなら、蒼はどこにいるんだ。
蒼は俺がほかの人といることを許すはずなんてない。
もう、蒼と離れたくない。
もう、ばいばいだなんて、言われたくない。

込み上げる感情に押しつぶされそうになる。
ぐ、と唇を噛み締めて息を吸った。


「好き、好きだ…っ」


熱くなった眼球を堪えるように震える声で叫んで、唇を重ねた。
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