キス
蒼。蒼。蒼。
心が、叫んでいる。
蒼はこの感情が薬のせいだと言ったけど、そんなわけないと…思う。
確かに、俺のこの気持ちが本当に性的な意味で好きかどうかなんてわからないけど。
「…(でも、)」
心が苦しい。
蒼のことを考えると、胸が痛い。
キスしてる場面を見た時だって、苦しかった。心臓が壊れるかと思った。
……これって、好きってことじゃないのか…?
俺には蒼が必要だから。傍にいて欲しいと思うから。
「…(いい)」
たとえこの感情を薬のせいだと言われたってかまわない。
間違いだって、勘違いだって言われても構わない。
あんなに嫌がってたくせに、自分からキスするなんておかしいって思う。
……でも、…それでも、こんな方法しか、俺には”彼”を繋ぎ止める方法がわからなかった。
自分の舌を、拒もうと唇を固く閉じようとする、その隙間から無理矢理差し込む。
「…っ待…ッ、…っ」
「ん…ッ」
鼻にかかったような甘い声。
温かい口内を舐めまわして、探り当てた舌先と絡めた。
相手の身体がびくんと震えたのが伝わってくる。
「…っ、ちょ、…ッ」
「…っ、ふ、ん…ぁっ」
その肩に手を当てて、押し倒す。
手を絡めて、逃がさないように床に押し付けた。
離す隙を与えさせまいと強く唇を塞いで歯茎をなぞる。
舌をからませれば、息が乱れてきて唾液が口の端からこぼれた。
全部蒼がしたことだった。
…俺に、したことだった。
「…あおい…」
「…っ、ふ…ッ、やめ…っ、まふ、ゆく…ッ」
彼は眉を寄せて苦しそうな表情で、俺の肩を掴んで身体を離そうとする。
”まーくん”
重なるように脳裏で響く俺の名を呼ぶ声。
でも、その違いには気づかないふりをして舌を絡めながら片方の手は繋いだまま、もう片方の手を下の方に伸ばす。
少しざらざらとした布の感触が指に触れる。
手探りでズボンのチャックを探り当てた。
ジーッとおろしていけば、さっきより強く肩を押される。
閉じていた目を開ければ、若干潤んだ目が見えた。
息が荒い。
その表情があまりにも色っぽくて、どくんと胸が跳ねる。
「だ、めだ、…って、…っ」
「…っ、ん…っ」
本当に突き放したいなら舌を噛めばいいのに、気を遣ってくれているのか困惑したような表情で俺を見上げる。
俺はその状況に甘えて、わざと淫音をたてながら、しゃぶるように相手の舌を舐めてから甘噛みした。
ぐにゅ、と肉を噛んだ感触がする。
「ぃ…ッ」
「ぁ…っ、ふ…ッ」
少し痛かったのか噛んだ瞬間、小さく震えて甘い吐息を零した。
一生懸命、舌を差し込んでよくされていたように、貪るように舌を絡める。
「あおい…っ、あおい…ッ、おれが、きもちよくしてあげる…」
口のなかが彼の感触でいっぱいになるくらい舌をまぜた。
唇を離して、蒼を見下ろす。
「…っ、ま、ふゆ…く…」
激しいキスのせいで、赤く染まって上気した頬が色っぽい。
見たことがないほど弱々しい、俺にされるがままの蒼。
そんな快感にゾクリと震えて、肩で息をするその白い首元に舌を這わせた。
チャックを一番下まで下げて、そこに軽く指で触れる。
「…っ、」
大きくびくりと震える身体に緩い笑みを浮かべて、下着越しにわかる性器の形をゆっくりと上から下になぞった。
小さく反応して、熱を持ち始めているソコに直接触れようと下着を下にずらす。
「まふゆくん待って、」
「………」
焦った制止の声には答えずに、自分の身体を少し下にずらして、その膨らみに口づける。
「…っ」
「…ちょっとおおきくなった…」
嬉しくて、ふわりと笑みを浮かべながら、下着の中のモノを取り出そうと手を差し込んだ。
……その次の瞬間だった。
「”まーくん、待って”」
聞こえてきた言葉に、身体がピタリと止まる。
「…ッ、」
俺を呼ぶ、声。
息を呑む。
大げさなほど、身体が跳ねた。
さっきより少し低めの、でもとても耳に心地よく響く凛とした声。
(…けど、違う。俺を呼ぶ声の…なにかが違う)
顔を上げれば、彼が相変わらず悲しそうに、困ったような、そんな表情をして俺を静かに見つめていた。
綺麗な二重で、穏やかな瞳が俺を見据える。
「…本当に、いいの?」
「え?」
予想もしない唐突な問いに、そんな呆気にとられた声が零れる。
”本当にいいの”って…、どういう意味…?
よく似てるのに、記憶の”蒼”のものとはどこか違うと感じるその表情。
ぴくりと眉を動かして戸惑う俺の髪に、ふ、と優しく笑みを零して手が伸ばされた。
その時の彼の顔は、”仕方ないなぁ”と駄々をこねる子供を見つめる親のような表情で、やっぱり”蒼”にそっくりで。
「本当は、わかってるんだよね?俺が、蒼じゃないってこと」
「…っ、わかってない、しらない」
首を横に小さく振って、ぎゅっと拳を握る。
ゆっくりと頭を撫でる手。
優しくて、温かくて、俺よりも少し大きな手。
もっと、撫でていてほしいと、離さないでいてほしいと、思う。
一度手に入れたものが消えてしまうことは、あまりにも怖い。
自分がどうなってしまうのかわからない。想像もしたくなかった。
「…あおいじゃないわけ、ない…っ」
「………」
そう言った瞬間、また困ったような顔をする。
困らせたいわけじゃない。
困らせたいわけじゃないのに。
……目の前の彼を…蒼、だと、思う。
思いたい。
でも、何かが脳内で違うと告げていた。
頭に触れるその手が遠ざかってしまうのが怖くて、ただ小さく俯いただけだった。
はぁと息を吐く気配に、びくりと身体が震える。
「真冬くん」と俺の名を呼ぶ声に、恐る恐る顔を上げた。
[back][TOP]栞を挟む