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頬をはたくというより、殴るぐらいの勢いで叩かれた。

たたきつけられるように地面に身体が倒れこむ。
砂のような固い小さなものが皮膚にめり込んできて、苦痛に顔が歪んだ。


「…(…苦い)」


舌を噛んでしまった。


ガリ、と舌に歯が当たって、その直後口いっぱいに鉄分の味が広がってくる。

甘いような、苦いような、そんな味が唾液と一緒に喉に入ってきた。
うまく身体が動かなくて、起き上がれない。

頭が、痛い。

意識が遠い。

それでも、このまま寝転がっている方が怖くて、必死に肘を使って寒さと痛みに震える身体を起こした。
またさっき収まったはずの吐き気が込みあがってくる。


「えーっと、それで目ぇ覚めた?」

「みえない…っ、みえない…のは、ッ」

「んー、布で巻いてるから見えないのは仕方ねぇな」

「ぬ、の…」

「本当は目を抉ってもよかったんだけどな。流石にそんな家畜は、可愛すぎてすぐに殺しちゃいそうだったから」


冗談か本気か判別のつかない言葉。
軽い調子の声音で耳を疑うような発言をさらりと口にする。
正気じゃない。


「…だれ、ですか…」


聞き覚えのある声。

…でも、誰だったか思い出せない。

どれぐらい血を失ってるんだろうと思うほど、ずっと頭の上から流れてくる温かい熱に眩暈がする。

出血死。

そんな単語が脳裏をよぎる。
本能的に逃げようと手をついて後ろに下がった瞬間、すぐに壁のようなものに背中があたった。

ひんやりとした鉄の感触。


「あはは、やっぱりお前面白いな。殴りまくった後に起きて数分間のうちに、ちゃんとした言葉で質問できたのはお前が初めてだ。うん、合格」


おめでとう、とでも言いたげな口調。
クッと喉の奥で笑うような気配とともに、その足音が近づいてくる。

視界を塞がれている俺にはなすすべもなくて、全身を緊張させながら目の前で止まる音に恐怖で呼吸が止まりそうになる。

また、あの硬い物で殴られたら…。

そう思うと恐ろしい。
次、殴られたら確実に死ぬ。

嫌な予感に身を震わせてると、頬に触れた何かにビクッと身体が跳ねた。

その冷たい皮膚のような感触に、それが手だと気づく。

怯える俺を気にも留めてないらしく、頬にふれた手は離れることなく下に下がっていき、顎を掴まれた。


「久しぶりに遊び甲斐のある家畜かも」

「…え、…っ」


どこか聞き覚えのある言葉に茫然として声を上げると、唇を強く塞がれて口内を舐めまわされた。


「…っ、」


気持ち悪い。

口の中を荒らすにゅるりとしたソレの動きに抵抗しようとしても、殴られた場所がズキリと痛んで、抵抗するどころか相手の都合のいいように口を開けてしまう。

弱っているせいか浅い呼吸で酸素不足だったところに口を塞がれて、餌を求める鯉みたいに自然に口が開いて、その隙を狙って舌を弄ばれる。


「ん…ッ、ん゛ぅ…ッ、…っ、ふ…っ」


脳がしびれるような激しいキスに、ただでさえ薄い意識が飛びそうになった。


「…っ、!」

「飲め」

「…ッ、んぐ…ッ」


歯茎を舌先で引っかかれ、ドロリと口の中に入り込んできた液体の正体を知って吐き出そうとするとそれを許さないというように、顎を掴んで口を閉じられ、無理矢理飲み込まされる。

ごくんと喉が上下して、喉の奥からゆっくりと流れていく。

気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い――。

ぶるっと寒気がして、嫌悪感が全身を包む。

何が嬉しくて知らない男の唾液を飲み込まなければいけないのか。


「…っ、ぇ…ッ」


顎から手が離れた瞬間、吐き出そうとしても、もう飲み込んだ後では遅い。
床につく自分の手が怖いほど震えている。


「じゃ、またもう少し死にそうになったら来るから」


しばらく俺の口内を弄んだら満足したのか、ぱっと唇を離して、まるで久しぶりに会った旧友に別れを告げるような雰囲気でそう言った男はあっさりとそう告げた。

遠ざかっていく足音。

バタンと遠い場所で閉まる重い音を聞いて、やっと心の奥から安心して床に身を預けた。

―――――――――――

頭痛と吐き気と激痛と血の匂い。
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