13

「私があの人にあの子のことを告げ口をしなければ、一之瀬様ご夫婦が私たちの家にくることもなかったし、あんたはあの息子さんと離れずに済んだんだものね…今も、ずっとここで楽しくお遊びしていられたんだものね…」

「………」


言いようのない感情が溢れてきて、瞼を伏せる。
そんなことない、とは言えなかった。
いつもみたいに、おかあさんのせいじゃない、なんて嘘でも言葉に出来なかった。

おかあさんがお父さんにばらさなかったら、もっと多分長く一緒にいれたはずだから。

否定も肯定もしないおれに苛立ったらしく、さらに首を絞める指の力は強まる。


「でも、でもね…っ…お母さんも苦しいのよ…っ、どうすればよかったの…!!あんな恐れ多い家の息子さんをずっと家においておくなんてできるわけないでしょう?!勝手に、勝手に余計なことして…っどれだけ大変だったと思ってるの…!!」

「…ぁ゛…ッ」


首の血管を押しつぶすように、丁度お母さんの指がその部分を押す。
爪の感触が、皮膚を刺す。
苦しくて、涙が零れる。


「あんたが、あんたが…よりによってあの一之瀬様の息子さんをこの家にさえ上げなければ…っ私は今日あんなに怒られずに済んだのに…あの人にあんな目で見られることも罵声を浴びることもなかったのに…一之瀬様達に、あんなに言われることはなかったはずなのに…辛かった…すごくつらかった…」


長くてぐちゃぐちゃに荒れた髪が、顔にかかってくる。
獣みたいに喚き散らかすおかあさんは、壊れた人形のように笑った。
やっぱり、今日のお母さんはいつもと違う。
雰囲気が、全然違う。

そんなに、お父さんと一之瀬の人にキツく言われたのかな…。

自分のせいだと思うと、罪悪感に襲われてお母さんの顔を見れない。


「…ごめ、なさ…っ、…」


首を絞める苦しみに耐え、泣きながら小さく謝れば、そんなおれの様子に機嫌を良くしたらしく、声が若干高くなった。
人をけなして笑おうとする歪な笑い声。


「あはは、お前もバカな子…元々格の違う家の子と楽しく友情ごっこなんてそんなもの続けられるわけないのよ」

「……っ゛、…」


(…ゆうじょう、ごっこ…?)

その言葉に、ピクリと眉が動く。
嘲るようなお母さんの声音に、微かにいつもと違う感情が胸を掠めたような気がした。
さっきまで感じていた罪悪感が吹き飛んで、全身から血の気が引く。


…おれとくーくんのことを、ゆうじょうごっこって言った…?


「そうよ。自分が本当にあんな家の子と仲良くなれると本気で思ってたの?ばかじゃないの。あんたは蔑まれてただけよ。あの子だって、きっと自分よりもお金がなくて可哀想な真冬を見て優越感に浸ってただけだわ」



”…なんで、そんなことまでされて我慢してるの?”


くーくんの声。


おれが「お母さんのこと好きだから」って答えたら、くーくんはすごい不機嫌な顔をして口をきいてくれなくなった。
…でも、他の友達みたいにおれに愛想をつかすわけでもなく、軽蔑するわけでもなく、言葉は交わしてくれなかったけど、離れていっちゃうこともなくてただずっと傍にいてくれた。


”ほんとうに、…ばかだな。まふゆは”


ぶっきらぼうにそう言いながらも、その不器用な優しさで、ずっとおれをあんしんさせてくれた。

くーくんは絶対におれを見下したり、憐れんだりしなかった。


「元々あの子嫌いだったのよ。真冬を躾けてる時にあの子には関係ないくせに何度も何度も出しゃばってきて反抗してきて…何よりあの嫌悪の混じった目。あの目が一番嫌いだった。家柄が良くてもあんな出来そこないの子が育つこともあるのね。気に入らなかったからいなくなって心底清々したわ」

「……っ、」


トクン、鼓動が小さく鳴る。


「聞いたところによると、あの子、家でも問題ばかり起こしてるらしいじゃない。だから教育が大変なんだって一之瀬様が仰ってたわ。今回だって勝手に親に内緒で家出して困らせて…困った子どもを持つと大変よね」


ドクン、さっきよりも少し鼓動が大きくなる。


「あはは、どこの家も面倒な子供には苦労させられるのね…っ素直に従わない、いい子じゃない子が悪いのに…子がおかした責任は親がとらなくちゃいけない…。そのためにはちゃんとした教育を施さなくちゃいけないのに、貴方たちはその教育に反抗的だものね。…ああ、そう…わかった。…もしかして面倒な子同士で傷をなめ合ったりしてたのかしら?だからあんなに仲良くなれたのね?」


首を絞める力なんて気にならない。
ドクドクとなっているはずの血管の音が遠ざかる。
それぐらい、頭蓋骨を割るような耳鳴りが酷かった。

うるさいくらい、響く何かの音。


「…やめ、て…」


首をぎりぎりと握る手にあらがい、ぽつりと喉の奥から言葉が漏れる。


…いい。

おれなんかどれだけばかにされたっていい。
おれ相手にだったら、ころされようと、しねっていわれようとどうでもいい。


(…でも、)


でも、くーくんをばかにするなら、たとえおかあさんでもゆるせない。


何も知らないくせに。
何も知らないくせに。
何も知らないくせに。
何も知らないくせに。


くーくんがどれだけ辛くて、痛くて、苦しいって思ってるのか。


(…何も知らないくせに)


ガンガンと耳鳴りと頭痛が激しい。
prev next


[back][TOP]栞を挟む